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20年後 ☆ あさもりのりひこ No.40

 2010年4月から2011年3月まで,私は奈良弁護士会の会長でした。

 会長になると,就任の挨拶文を奈良弁護士会の会報に載せます。

 このウェヴサイトの私の自己紹介の文章は,実は,会長就任の挨拶文の一部を使っています。

 

 会長をやめると,退任の挨拶文を奈良弁護士会の会報に載せます。

 私も退任の挨拶文を書きました。

 しかし,オリジナルの文章はそのまま会報に載りませんでした。

 

 本邦初公開!

 私が奈良弁護士会の会長をやめるときに書いたオリジナルの挨拶文です。

 とくとご覧あれ!!

 

 

 20年後

 

              奈良弁護士会 前会長 朝守令彦

 

 はじめまして,84期司法修習生の朝守です。修習地は札幌で,現在,弁護実務修習中です。

 本年(2031年)4月1日,父朝守令彦が北海道川上郡標茶町虹別の自宅近くの原野で愛馬「ニュウドウグモ」に乗馬中,落馬して死亡しました。71才でした。

 札幌弁護士会会長の菅原直美さんが父をご存じだということで,菅原会長から連絡をいただいて,奈良弁護士会会報に載せていただくこの文章を書いています。

 今から20年前,父が2010年度の奈良弁護士会会長を務めたことは僕も覚えています。僕が弁護士をめざすようになって,父はよくそのころの話を語って聞かせてくれました。忘れてしまったことも多いのですが,今でも覚えている父の話をいくつか書いてみます。

 

 もう死語になりましたが「取調べの可視化」という言葉を父からよく聞きました。父は,取り調べの全過程を録画する運動にかかわっていた,と熱く話していました。20年前は,取り調べのごく一部だけしか録画されなくて,検察・警察が全過程の録画にしつこく反対していたそうです。現在,被疑者はもちろん参考人から被害者にいたるまですべての取り調べのすべての過程が録画されています。20年前,検察・警察は,被疑者との信頼関係が築けなくなって取り調べができなくなる,治安が悪くなる,などといって反対したそうですね。いま,検察官や警察官が,取り調べの全過程を録画することがいかに有益であるか,を力説するのを聞いていると,そんなお粗末な理由で反対していたなんて信じられません。

 そういえば,20年前は,被疑者の勾留期間が20日間もあったそうですね。それって,被疑者に自白させるためですよね。刑事訴訟法がそんなに長い勾留期間を定めていたことも驚きですが,裁判官がそんなに長い勾留期間をやすやすと認めていたなんて,アッとおどろくタメゴローですよ。ご存じのように,現在では,原則として,逮捕・勾留合わせて24時間しか身体を拘束することは認められません。20年前は,被疑者にとっても弁護人にとっても暗黒時代だったんですねぇ。

 

 司法試験の合格者を何人にすべきか,という問題も弁護士会でずいぶん議論があったと父は話していました。20年前,司法試験の合格者が2000人を超えて,その大半が弁護士になって,弁護士の質や就職難なんかが問題になったそうですね。その後,弁護士の数は足りていることがわかりましたが,裁判官と検察官の人数が足りないことが問題になりました。それまで,司法試験の合格者を増やしたのに裁判官と検察官の人数は増やさなかったことや地方で裁判官と検察官が足りない地域があるのに,裁判所も検察庁もほったらかしにしてきたことに対して,市民が怒ったんですね。それから,裁判官と検察官の人数が増えていきました。現在も司法試験の合格者は2000人くらいです。そのうち,弁護士になるのが1000人,裁判官が500人,検察官が500人,ってとこです。それでも,去年,弁護士の数が5万人を超えました。いまも,就職難は続いているし,弁護士の質は問題です。弁護士の破産も珍しくありません。僕は,弁護士志望ですが,この業界の未来は明るくないですね,ハハハ・・・

 

 最後に,僕は84期司法修習生として,給費を受け取っています。20年前に一度だけ貸与制が実施されたことがあると父から聞いたことがあります。ほんの1か月ほどの期間だったそうですが。父は,司法修習費用の給費制を維持する運動もした,と言っていました。そのころ,裁判所と検察庁が給費制の維持に全く取り組まないで,ないがしろにしたことから社会の非難を受けたそうです。裁判所や検察庁は,若い裁判官や若い検察官を育てることに取り組まないでなおざりにするのか,と批判されたんですね。この社会の動きがさきほどの裁判官の人数や検察官の人数に対する非難につながっていったそうです。2011年に裁判所法が改正されて,それ以来,給費制が続いていますし,現在,給費制に反対する意見はありません。

 

 父令彦は,2020年に北海道川上郡標茶町虹別に引っ越して,釧路弁護士会に所属していました。父が亡くなって,母が虹別の自宅でひとりで暮らしています。母はいたって元気ですが,去年還暦を迎えましたので,これからはそばにいてあげたいと考えています。僕は,二回試験に合格したら釧路弁護士会に登録して,父とはひと味違った弁護士になりたいと考えています。

 奈良弁護士会のみなさん,父朝守令彦がお世話になりありがとうございました。

 

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コメント: 2
  • #1

    菅原直美 (木曜日, 31 10月 2013 09:31)

    この文章を書かれた当時、わたしは札幌弁護士会に所属していたんですよね~
    その後、当事務所に入れて頂くことになるとは・・・!

    2031年、わたしはどこかの弁護士会の会長に
    なっているのかな~☆

  • #2

    朝守令彦 (木曜日, 31 10月 2013 12:23)

    奈良弁護士会会長やな(^_-)