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2026年

6月

12日

内田樹さんの「憲法九条と国連」 ☆ あさもりのりひこ No.1886

日本は十分な「自衛力」は持っている。国防予算の規模で日本は世界9~10位に格付けされる「軍事大国」である。

 

 

2026年5月20日の内田樹さんの論考「憲法九条と国連」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 中高生に時々オンラインで授業をしている。先日は憲法九条について話をした。事前にテーマを告知して、それについての生徒たちの意見をまず聞いて、それを読んでから授業をする。

驚いたのは、回答した9人のうち6人が「改憲賛成」だったことだ。「戦力を持たないと中国や北朝鮮が攻めて来た時に抵抗できない」「他の国が戦力を持っているのに、日本だけ戦力不保持というのは不公平だ」と書かれていた。

 どうやらこの幼い改憲派たちは基本的な事実を知らないまま改憲の当否について判断しているようだ。

 授業ではまずその認識を正してもらった。

 第一に、日本は十分な「自衛力」は持っている。国防予算の規模で日本は世界9~10位に格付けされる「軍事大国」である。第二に、他国に侵略された場合の自衛は「個別的自衛権」として国連憲章で認められている。生徒たちの「他国からの武力侵攻に対して日本は無力」というのは、軍事についてだけ言えば失当なのである。

 ただ、別の意味で日本が「無力」なのは事実である。食料自給率もエネルギー自給率も低い。海上封鎖されたらすぐに干上がる。海岸線に原発が並んでいる点も致命的である。だから、外交努力によって決して武力侵攻されないような立場を保つ必要がある。

 さいわい日本には憲法九条があり、戦後81年間、日本の軍人が他国民を殺傷するということは起きていない。だから、「日本がわが国を武力侵攻する意図を持っている」という根拠で日本を先制攻撃するというロジックは成り立たない。これは安全保障としては軍事力よりもはるかに効果的だと私は思う。

 改憲派の生徒たちが国連憲章51条について知らなかったのはなぜだろう。

 彼らに改憲論を吹き込んだ大人たちはそのような基礎的事実も教えていないらしい。理由はわからないでもない。おそらく改憲派の大人たちは「国連憲章51条は空文だ」と考えているのだろう。国連軍はたしかにこれまで戦争の抑止に効果的には寄与して来なかった。だから、国連憲章は憲法九条と同じように「理想を語るだけの空語」なのだと言うことは可能である。

 だが、1946年憲法制定時点において、起草者たちはこれからは国連が世界政府となり、国連軍が世界最大の軍事力となって、加盟国間の紛争を実力で解決することになるだろうと予測していた。というのも、もし次の世界大戦が起きれば、それは核戦争になり、そうなれば人類は滅亡する。だから、合理的に思考すれば、世界的な規模の「公共」を立ち上げる以外に人類が生き延びる道はない。その時には世界のすべての国が憲法九条のような戦力放棄条項を持つようになる。なぜなら、紛争の理非を判定し、非ある国を処罰できるだけの実力を持った国連軍が存在する以上、加盟国は「私讐」を禁じられるからである。

 かつてロックやホッブスは、私人が私権の一部を私財の一部を供託することで「公共」を立ち上げ、「万人の万人に対する戦い」に終止符を打つことができるというロジックを立てた。同じロジックで「万国の万国に対する戦い」を阻止するためには強大な実力を持つ「世界政府」を立ち上げるしかないというのは、近代市民社会論を踏まえるなら、ごく合理的な推論だったのである。

 

 それがなぜ失敗したのかについて長い話を語らなければいけない。私たちに言えるのは、憲法九条の現実性と国連の現実性は相関しているということである。九条が空語だと言われるのは国連が機能していないからである。逆に言えば、国連が機能を回復すれば、九条は空語ではなくなる。そんな話を生徒たちにした。(『週刊金曜日』5月13日)

2026年

6月

11日

奈良マラソン2026への道 その10 ☆ あさもりのりひこ No.1885

5月29日(金)早朝、雨なので室内トレーニング。

 

5月30日(土)早朝、ジョギング、54分45秒、7.74㎞、平均ペース7分04秒/㎞、総上昇量174m、消費カロリー540㎉。

1 6分59秒

2 7分12秒

3 7分44秒

4 7分04秒

5 8分00秒

6 7分14秒

7 6分02秒

8 6分05秒(740m

 

5月31日(日)、休足。

 

6月1日(月)早朝、階段641段、52分21秒、6.26㎞、平均ペース8分22秒/㎞、総上昇量86m、消費カロリー471。

7分58秒、8分50秒、8分23秒

8分25秒、9分10秒、7分53秒

6分33秒(260m

 

6月2日(火)早朝、室内トレーニング。

夜、トレッドミルでパワーウォーク、30分、3.37㎞、時速6.8㎞(9分30秒/㎞)、傾斜0%、消費カロリー208㎉。

 

6月3日(水)早朝、雨なので室内トレーニング。

 

6月4日(木)早朝、目覚める直前に右脚の脹ら脛が攣った。

痛みはそれほどでもないので、軽めの室内トレーニング。

 

6月5日(金)夜、左脚の脹ら脛が攣った。

 今回は、強烈に痛かった。

 ほとんど「肉離れ」である。

びっこをひいて歩いていた。

 

6月6日(土)、休足。

左脚の脹ら脛の痛みは、だいぶ治まった。

 

6月7日(日)早朝、室内トレーニング。

 

6月8日(月)、早朝、ジョギング、49分07秒、6.97㎞、平均ペース7分03秒/㎞、総上昇量146m、消費カロリー508㎉。

1 6分50秒

2 7分12秒

3 6分28秒

4 7分42秒

5 8分09秒

6 5分54秒

7 7分03秒(970m

 

6月9日(火)早朝、室内トレーニング。

夜、トレッドミル(パワーウォーク)、30分、3.37㎞、時速6.8キロ、傾斜0%、消費カロリー208㎉。

 

6月10日(水)早朝、室外トレーニング。

 

6月11日(木)早朝、ジョグ・全力(1㎞)・ジョグ・全力(2㎞)、42分13秒、6.21㎞、平均ペース6分48秒/㎞、総上昇量92m、消費カロリー429㎉。

1 7分16秒(610m

2 5分39秒

3 7分58秒

4 7分33秒

5 7分41秒(560m

6 5分50秒

7 6分12秒

8 6分47秒(30m

 

 

2026年

6月

10日

内田樹さんの「戦争の余波」 ☆ あさもりのりひこ No.1884

短い会話から二つのことがわかった。一つは、日本の建設現場はアジアからの作業員がいなければ回らない状態になっていること。もう一つは材料不足で建築関係の仕事が進まないでいること。

 

 

 

2026年5月20日の内田樹さんの論考「戦争の余波」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 東京にセカンドハウスを借りている。2019年頃からオーバーツーリズムが始まり、東京の定宿が予約できなくなってしまった。前は直前に予約を入れても泊まれる気楽なクラブハウスだったのが、いつ電話しても満員だと言われるようになった。いくつかホテルを転々としたが、うるさかったり、狭かったり、遠かったりで、どこも落ち着かない。覚悟を決めて部屋を借りることにした。

 部屋があると便利なのは、着替えを置いておけることである。洗濯もできるし、自炊もできる。大荷物を持たずに東京に旅ができるようになってずいぶん助かった。コロナ禍の時は何カ月も使わないことがあり、無人の部屋に家賃だけ払うという虚しい思いをしたけれど、トータルでは借りて正解だったと思う。

 半月ぶりにその部屋に行ったら、建物の周りに足場が組んであって覆いがかかっている。外壁の補修工事らしい。エレベーターで作業員と一緒になったので、「工事、長くかかるんですか?」と訊いたら、「材料が来ないので、いつ終わるかわかりません」という返事だった。教えてくれたのは上手に日本語を話すアジア系の人だった。「シンナーがないんですか?」と訊いたら「そうです」と教えてくれた。

 短い会話から二つのことがわかった。一つは、日本の建設現場はアジアからの作業員がいなければ回らない状態になっていること。もう一つは材料不足で建築関係の仕事が進まないでいること。

覆いのせいで部屋は薄暗い。べランダの外を頻繁に作業員が通るので、洗濯物を干すことができない。女性の住民たちはたぶんカーテンを閉め切って暮らしているのだろう。これがいつまで続くかわからない。私は月に二、三度来るだけだから我慢できるが、定住者にとっては耐えがたいことだろう。 

 イラン戦争の余波がこんなかたちで生活にかかわってくるとは予測していなかった。

(信濃毎日新聞5月13日)

 

 

2026年

6月

09日

卵よりお肉。韓丼で昼食を@事務局より

皆さんこんにちは。今日は事務局担当日です。

 

今日、6月9日は、卵の漢字が数字の「69」に似ていることと、

夏前に卵の栄養を取って健康増進を図ってもらいたいという願いから、

たまご🐣の日」とも言われています。

 

我が家の103歳になる祖母も、3~4月頃から少し食欲が落ちていて

ご飯の量が少なくなっていたところ、何年ぶりかの褥瘡ができまして。

毎日看護婦さんに消毒に来てもらいつつ、先生からは、早く治すには卵がいいから、

毎日食べさせてあげてくださいとの指導を受けました。

 

しかーし。

昔あれほど卵が好きで、毎日ゆで卵を作って食べていた祖母が、

今やぷいっと見向きもせず・・・。

卵焼きも一口ほど。野菜などと一緒に炒めても少しだけ。

卵豆腐やオムレツなら柔らかいでしょと出してもちょびちょび。

スクランブルエッグで卵サンドにしてみたり、あれやこれやと工夫しても、

なかなか食べてくれず。

その癖、ヘルパーさんの前だと「私は好き嫌いないから何でも食べる」とか、

物わかりのよいおばあちゃんを装ってみたり。

家族からするとちょいちょいイラッとすることも。

年寄りを監護しているご家庭ならあるあるだと思います😓

 

連日の卵料理に、こっちは卵に嫌気がさしてくるし、

私は卵よりがっつりお肉が食べたいんだぁぁぁぁーーー!!!(笑)

 

ということで、今日は、橿原市葛本町の「カルビ丼とスン豆腐専門店 韓丼 橿原店」で

テイクアウトしてきました。

 

 

「カルビ丼とスン豆腐専門店 韓丼 橿原店」

 

住  所 奈良県橿原市葛本町734-1

     近鉄大和八木駅から車で7分

 

 電話番号 0744-47-0818

 営業時間 11002330

 

 定 休 日  月曜(祝日の場合翌平日が定休日)

 

お店は中和幹線沿いにあり、以前あったローソンの跡地に2025年の4月に

オープンしています。

事務所からも近く、今までお店横を通ることはあっても入ったことがなかったのですが、

今日はお肉の口になっているので(笑)、テイクアウトに走ってきました。

 

こちらの名物は、お店の名前でもある「カルビ丼」や「スン豆腐」のようですが、

今日は「温玉カルビ丼」「カルビビビンバ」「韓国冷麺」をテイクアウトしました。

ちなみに私一人分ではありませんよ(笑)

 

う~ん!カルビ丼の甘辛い味付けが食欲をそそる!!

写真では卵が写ってないですが、半熟温玉とお肉を絡めて食べるのもいいし、

ちょこっとマヨネーズで味変しても美味しい😋

そして、お肉を食べた後に、韓国冷麺のお酢が効いたさっぱりスープを頂くと

後口もすっきり!

これから猛暑で食欲がない時にも食べやすくて良いかもしれません♪

 

今日は断念したもう一つのオススメ料理の熱々スン豆腐も気になるので、

また同僚を誘って昼食テイクアウトしてみようっと(・∀・)v

 

 

あっ、ちなみに、祖母の褥瘡は徐々に治ってきているのですが、

結局一番食べるのは「プリン」でした・・・。

先生からは、何でもいいよとサラッと言われて拍子抜け(゚◇゚)ガーン

 

2026年

6月

08日

内田樹さんの「日韓連携論」 ☆ あさもりのりひこ No.1883

「日米同盟基軸」と呪文のように唱えて「ポスト・アメリカについてノープラン」というのは世界でもたぶん日本だけである。

 

 

2026年5月20日の内田樹さんの論考「日韓連携論」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 今、本を8冊同時並行で書いている。そういう曲芸的なことをしなければならなくなったのは、一つには私のような病後の老人に仕事を依頼してくる非情な編集者がいるからであり、一つには私がつい依頼を受けてしまうからである。

 編集者たちが非情になったのには理由があって、先年私がすい臓がんを患ったからである。「内田ももう先が長くなさそうだ。ならば生きているうちに書かせてしまおう」という焦りが彼らの督促を切迫したものにしている。こちらも生きているうちに言いたいことは言い尽くしておきたい。だから、8冊同時並行という椿事となった。

 中に「韓国もの」が3冊含まれている。一つは『日韓連携論』。これは医療経済学者の兪炳匡早稲田大学教授との対談本。一つは『街場の韓国論』。これはロング・インタビュー。もう一つは韓国の政治哲学者ペ・セジン氏との往復書簡。三冊に共通する論件は「日韓連携」である。

 「日韓連携」は皆さんには見慣れない文字列だと思うが、私はポスト・アメリカの外交安全保障戦略の基本はこれしかないと考えている。

 「ポスト・アメリカ」というのは「アメリカ抜きの」という意味である。NATOはつとに脱アメリカの集団安全保障構想にシフトしているし、アジア諸国は中国との連携強化シナリオを検討し始めている。「日米同盟基軸」と呪文のように唱えて「ポスト・アメリカについてノープラン」というのは世界でもたぶん日本だけである。

 日韓連携はノープランの日本にとっての「プランA」である。

 日韓が連携すると、人口は1億7400万人、GDPは6.3兆ドルでドイツを抜いて世界3位。軍事力もインドを抜いて世界3位と言われている。巨大な政治経済圏が東アジアにできる。兪先生と私のアイディアは、日韓が一国二制度で連携して、米中の間に中立地帯を形成し、西太平洋地域を安定させるというものである。

 遠く明治の樽井藤吉の『大東合邦論』、大正の末永節の高麗国構想、出口王仁三郎の満蒙連邦構想と同根のものである。日韓連携については明治から昭和までさまざまなアイディアが提示されてきた。当初は対等合邦論だったが、それまで朝鮮に対して友好的だった福澤諭吉が「脱亜論」に転ずるに及んで、朝鮮蔑視の機運が醸成された。そして、1910年の日韓併合という植民地主義的な解に流れ込み、日韓連携構想は思想的にも政治的にも破産したのである。

 今は国力において日韓の間には一方が他方を併合するというほどの差がない。今度こそ「対等合邦」の夢を果たしたいと在日コリアンの兪先生と私の二人で妄想を逞しくしているのである。

 日韓連携論は日本のメディアではまず論及されることのない論件である。これまでお会いした政治家の中で、日韓連携論に肯定的に反応してくれたのは鳩山由紀夫元首相ひとりである。

 

 一方、韓国ではこの論件についての反応がまったく違う。ここ数年、韓国に行く度に「日韓連携」について取材を受け、講演を求められる。聴衆は熱心に聴いてくれるし、新聞も報じてくれる。「日韓連携」が現実的な解であるかどうか、韓国の人たちは冷静に思量し始めている。日本人も潮目の変化に気づくべきだ。(中日新聞「視座」5月号 5月13日)

2026年

6月

05日

内田樹さんの「クレーマーについて」 ☆ あさもりのりひこ No.1882

彼らが匿名で発信するのは、実名が明かされ、勤務先が知られることを恐れているからであろう。

 

 

2026年5月20日の内田樹さんの論考「クレーマーについて」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 15年ぶりにスーツを着て、ネクタイを締めて出勤する身となった。また「看板」を背負わなければならない。それが悩みの種である。

 大学在職中は「大学教授ともあろうものが」というマクラを振って食ってかかる人がたくさんいた。子どもの頃から少数派で、「内田の言うことは変だ」と言われ続けていたから、「変なことを言うな」と言われても別に気にはならない。だが、クレームが大学宛てに来るとなると話は違う。苦言に対応するのは職員さんたちである。彼らに無用のストレスをかけるのは私の本意ではない。だから、早く大学の看板を下ろしたかった。早期退職したのはいくぶんかはそのためである。それがまた看板を背負うことになった。

 就任早々、会議で炎上案件が報告された。私の投稿がネット上で炎上していたらしい(知らなかった)。学院はクレームには一切対応しないということで話は済んだ。「炎上」は私には日常茶飯事だが、また職員さんたちに迷惑がかかるのかと思うといささか気鬱になる。

 クレーマーたちは「この内田の発言は学院の公式見解と受け取ってよろしいのか」という言いがかりをつけてくる。そんな理屈が成り立つはずがないではないか。学校には多数の構成員がいる。一人一人に自分の意見を発表する言論の自由がある。学院にそれを検閲したり規制したりする権利はない。「検閲しない」を「公式見解とする」に読み換えるためにはかなりの論理の飛躍が必要だと私は思うが、クレーマーたちはそうは思っていないらしい。

 彼らが匿名で発信するのは、実名が明かされ、勤務先が知られることを恐れているからであろう。誰かが身元を探り当てて、勤務先に電話して、「お宅の会社の何某はこんなことをネットに書き込んでいるが、これは御社の公式見解と受け取ってよいのか」とクレームをつけてきたら「大変なことになる」と思っているからである。自分なら上司に糺されたらたちまち叩頭し「二度としません」と泣訴する。そう思っているからこそ、このようなクレームが有効だと信じられるのである。

 

 でも、世の中はそんな人間だけで構成されているわけではない。(AERA 5月13日)

2026年

6月

04日

2026年5月のラディ、タニタ、ガーミン ☆ あさもりのりひこ No.1881

2026年5月の放射線量と体組成とランニングについて書く。

 

まず、奈良県橿原市の環境放射線量(ガンマ線)から。

2026年5月の平均値はつぎのとおり。

室内1メートル 0.0461μ㏜/h

室内0メートル 0.047μ㏜/h

室外1メートル 0.0576μ㏜/h

室外0メートル 0.0676μ㏜/h

いずれも低め。

 

つぎに、朝守の身体について。

2026年5月30日の数値はつぎのとおり。

体重 73.55㎏

BMI 23.

体脂肪率 18.4%

筋肉量 56.95㎏

推定骨量 3.1㎏

内臓脂肪 13.

基礎代謝量 1642/

体内年齢 51才

体水分率 56.4%

断食を4月と5月に2回やった。

少しずつ体重が減っている。

 

最後に、2026年5月のランニングの結果。

走行時間 16時間42分26秒

走行距離 125.84㎞

累積上昇 2376m

 もう一息だね。

 

 しかし、これから暑くなると長く走れないな。

2026年

6月

03日

内田樹さんの「性善説組織論」 ☆ あさもりのりひこ No.1880

人間の欠点は補正できない。周りの人にできるのは、その人の長所を伸ばして欠点を目立たなくすること、それだけである。

 

 

2026年5月20日の内田樹さんの論考「性善説組織論」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 この四月に学校法人の理事長に選任された。まさか自分がこの歳になって経営者になるとは思っていなかった。会議がいやで早期退職したのに、またネクタイを締めて出勤する身となった。

 組織の長になってみて改めて身にしみてわかったのは、日本の組織がここまで非効率で非生産的になった最大の理由は、組織の最優先課題を「欠点の補正」にしてきたからだということである。

 本校でも、メンバーたちの多くが「問題点の摘示と取り組み」に膨大な時間とエネルギーを割いている。正直言って、そんな暇があったら教育・研究に用いればいいのにと思う。

 私が会議を好まないのは、会議をすると必ず「この組織の欠点」を摘示する人が出てくるからである。そして、一人が言い出すと次々と「実はこんな問題もあって...」と後が続く。まるで解決不能の問題点のリストを長くすることだけが問題解決の道だと信じているかのように。

 でも、それは違う。勘違いしている人が多いが、問題点をいくら摘示しても問題は解決されない。

 人間のことを考えればわかる。

 皆さんの配偶者でも子どもでも友だちでも、その人の欠点の長大なリストを作って「はい、これ読んでね」と差し出せば欠点が補正されると信じている人はいないだろう。ふつうは怒り狂ってリストを破り捨てて、剣呑な事態になるだけである。だって、「そんなこと自分だってわかっている」からである。だらしがないのも、せっかちなのも、人の話を聴かないのも、全部わかっているのである。でも、人には言われたくない。 

 人間の欠点は補正できない。周りの人にできるのは、その人の長所を伸ばして欠点を目立たなくすること、それだけである。長所がもたらすベネフィットを最大化して、欠点のもたらすダメージを最小化する。

 不思議なもので、人が成長して、長所が開花して「あれはなかなかの人物だ」ということになると、「だらしがない」が「鷹揚」に見え、「せっかち」が「先見性」に見え、「人の話を聴かない」のが「軸がぶれない」に見えてきたりするのである。ほんとうに。

 組織も同じである。人間における欠点に当たるのが「フリーライダー」、長所に当たるのが「オーバーアチーバー」である。長く組織人として生きてきて確信を込めて言えるのは、フリーライダーを探して、説教したり、叱責したり、処罰したりしても、組織のアウトカムは全く向上しないということである。「フリーライダー捜し」や処罰は組織にいかなる利益ももたらさない。そんな暇があったらオーバーアチーバーたちが気持ちよく仕事ができるように環境を整備する方がはるかに効率的である。彼らが望むのは要するに「好きにさせてくれ」ということに尽きる。だったら好きにさせてあげればいい。「管理されたり、査定されたり、報告書を書かされたりするのがキライなの」と言うなら、言う通りにすればいい。

 つまり組織マネジメントの要諦は「管理しない」ということになるのである。性善説(というか「ほとんどの人間は本性的に働き者である説」)で組織を運営することである。管理しなくても、命令しなくても、みんながその任にふさわしい働きをしてくれるようにすればいい。それほど難しい話ではない。「こういう組織にして、こういうミッションを果たしたい」という「理想」についてリーダーが解像度の高いイメージを提示することができればいいのである。果たすべき使命についてのメンバーたちが確かな共通理解を持っていてくれるなら、極端な話、管理や査定は不要である。

 

 こんなことを書くと「ふざけたことを言うな」と青筋を立てる人がきっといると思う。反論は現実を以て示したい。(『週刊金曜日』5月3日)

2026年

6月

02日

紫陽花が与えてくれるもの

今日は台風6号と梅雨前線の影響で、朝からしっかり雨です。

夕方から明朝にかけては荒れ模様になる予報で、外出するのも少し気が重くなる一日です。

正直、雨の日って好きな人は多くないですよね。

私も傘をさすのがあまり得意ではなく、近い距離なら小走りで済ませてしまうタイプです。

でも、そんな私がこの時期だけは雨を歓迎したくなる理由があります。

 

それが、紫陽花です。

今、周りの紫陽花は、ほぼ満開です。

雨粒をまとった花びらは、晴れの日とはまったく違う表情を見せてくれます。

しっとりと光を吸い込んで、まるで宝石みたいな輝きをみせてくれます。

紫陽花の魅力といえば、やっぱり色の変化。

別名「七変化」と呼ばれるほど、咲き進むにつれて表情が変わっていきます。

土壌の酸性度で色が変わるというのは有名ですが、毎日少しずつ移り変わる色合いを眺めていると、自然のゆっくりとした時間に寄り添っているような気持ちになります。

我が家の紫陽花も、まもなく開花するとおもいます。

 

年に一度か二度の剪定だけで、毎年しっかり咲いてくれる手のかからない優等生です。

紫陽花は「花が集まって咲く」姿から、日本では前向きな花言葉が多いのも特徴で、「家族団らん」、「団結」、「平和」そして「友情」などで、今の海外情勢に必要な言葉ですね。

雨の日に少し気持ちが沈みがちな時でも、紫陽花を眺めていると、ふっと心がほぐれていくような気がします。

憂鬱になりがちな梅雨の季節ですが、こんな日だからこそ見られる美しさがあります。

 

雨に濡れた紫陽花の色の変化を楽しみながら、少しでも前向きな気持ちになれますように。

2026年

5月

29日

内田樹さんの「憲法九条のおかげです」 ☆ あさもりのりひこ No.1879

トランプは激怒し、ホワイトハウスのHPは、高市がトランプに卑屈なほどおもねるところと、まともな英語が話せないところと、真珠湾をギャグにされてもぼんやりしていたところだけを切り抜いて「日米首脳会談」の動画を作成した。「無能で、卑屈な政治家」というイメージを公式に配信したのである。

 

 

2026年4月30日の内田樹さんの論考「憲法九条のおかげです」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 日米首脳会談では憲法九条のおかげで日本はホルムズ海峡に自衛艦を派遣しろというトランプ大統領の要請をかわすことができた。戦争に巻き込まれずに済んだのは九条のおかげである。でも、「日米首脳会談、大成功」と大本営発表を垂れ流すだけのメディアはそうは報道しないし、もちろん高市首相自身も「九条のおかげです」とは決して言わない。なにしろそれを廃棄することが彼女の悲願なのだから。

 では、どうして「九条のおかげで派兵をまぬかれたこと」を外交的成果として称えながら、その当の九条は「もう時代に合わない」という理由で廃絶することを目指すことができるのか。論理的にはこれは成立しない。論理的に考えれば、これは「九条があるせいで派兵できなかった」ことを高市首相自身は「外交的失敗」と総括していたということである。

 高市首相自身は渡米して、トランプ大統領に「ただちに米軍、イスラエル軍と共に戦うために自衛隊を派兵します」と約束したかったのだと思う。国際的に孤立しているトランプにとってこの「援軍」はどれほどうれしいものだっただろう。おそらくトランプは高市を「世界最高の指導者」と持ち上げ、「アメリカを救った英雄」とほめあげ、高市に名誉勲章くらい授与したかも知れない。

 でも、そうならなかった。高市が「でも、九条があるので、すぐには派兵できません」という条件を付けたからだ。「帰国したらただちに改憲に取り組みます」と約束した。トランプは最初はそれを「すぐに自衛隊が駆けつける」ことだと解釈した。だから翌日に「日本が支援に来る」と語り、ウォルツ国連大使も「日本の首相は海軍を出すと約束した」と明言したのである。でも、そのあとにホワイトハウスのアナリストが大統領に「あの~、大統領。日本の政治家が『可及的すみやかに』とか『最大限のスピード感をもって』とかいうのは、ふつうは『すぐにはやらない』という意味ですよ」と耳打ちした。トランプは激怒し、ホワイトハウスのHPは、高市がトランプに卑屈なほどおもねるところと、まともな英語が話せないところと、真珠湾をギャグにされてもぼんやりしていたところだけを切り抜いて「日米首脳会談」の動画を作成した。「無能で、卑屈な政治家」というイメージを公式に配信したのである。高市が「即時派兵」のようなことを言いながら、実行することを確約できないでいることにトランプはものすごく怒ったのだ。まあ、そういうやつである。

 あの時もし「即時派兵」をトランプに確約して帰国したら、高市は「米大統領に確約した。この誓約を裏切れば、国際的な信義を裏切ることになり、日米同盟は終わる。それでもいいのか」と自民党議員を恫喝することができた。改憲は後回しにしても「存立危機事態」を宣言して、閣議決定だけで戦場に自衛隊を投入するというような展開になっていただろう。

 それこそ高市の「大勝利」だったのだ。日本の民主主義と平和主義はその時終わり、国際社会から「世界最強のならずもの国家」アメリカに追随する「せこいならずもの国家」認定されて、ネトウヨたちの悲願であった「大日本帝国の劣化版」が実現するのであるから。九条のおかげで日本は救われた。

 

 でも高市首相は「アメリカの尻について戦争ができる国」を実現する努力をこれからも止めないだろう。当のアメリカ人たちがトランプの始めた戦争にうんざりしているのに。(週刊金曜日4月15日)

2026年

5月

28日

奈良マラソン2026への道 その9 ☆ あさもりのりひこ No.1878

5月22日(金)早朝、テンポ走、41分02秒、6.22㎞、平均ペース6分36秒/㎞、総上昇量88m、消費カロリー433㎉。

1 6分57秒

2 7分11秒

3 6分10秒

4 6分43秒

5 6分09秒

6 6分28秒

7 6分28秒(220m

 

5月23日(土)早朝、ジョギング、56分16秒、7.74㎞、平均ペース7分16秒/㎞、総上昇量190m、消費カロリー558㎉。

1 6分55秒

2 7分09秒

3 7分58秒

4 7分02秒

5 7分43秒

6 8分21秒

7 6分23秒

8 6分24秒(740m

 

5月24日(日)、休足。

 

5月25日(月)早朝、坂道駆け上がり、53分19秒、6.84㎞、平均ペース7分48秒/㎞、総上昇量121m、消費カロリー479㎉。

6分59秒、7分11秒、7分15秒(560m

2分52秒1(7分14秒/㎞)

2分49秒6(7分05秒/㎞)

2分43秒5(6分51秒/㎞)

8分32秒、7分17秒、6分53秒(130m

 

5月26日(火)早朝、室内トレーニング。

夜、トレッドミル(パワーウォーク)、30分、3.51㎞、時速6.0~7.4㎞/h、傾斜0%、消費カロリー301㎉。

 

5月27日(水)早朝、室外トレーニング。

奈良マラソン2026を奈良県民枠でエントリー完了。

レースはエントリーから始まる。

 

5月28日(木)早朝、スキップ50歩×2本、ダッシュ10歩×10本、40分41秒、5.2㎞、平均ペース7分49秒/㎞、総上昇量75m、消費カロリー351㎉。

1 7分27秒

2 7分50秒

3 9分15秒

4 7分04秒

5 7分43秒

6 6分54秒(200m

 

 

2026年

5月

27日

内田樹さんの「祖父母の家業を継ぐこと」 ☆ あさもりのりひこ No.1877

調べてみたら、農業従事者の平均年齢はずっと高齢化を続けてきていたのですが、2025年は前年の67.8歳から67.6歳に低下していました。

 

 

2026年4月30日の内田樹さんの論考「祖父母の家業を継ぐこと」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 凱風館の書生の一人が故郷に戻って祖父母の農地を継ぐことにしましたと報告に来ました。聴いてびっくりしました。同じような話を立て続けに聴いたからです。

 少し前に山形県にある東北農林専門職大学の市民講座の講師を頼まれました。神戸まで出講依頼に来てくださった先生に伺ったら、この大学はできて2年目。農業経営の学科が32名、林業経営の学科が8名の一学年40人という小さな大学です。大学が募集停止になったり、統廃合されたりしているご時世に新しい大学を創るというのはずいぶん冒険的なことですから、興味が湧いて、「どんな人が入学してくるんですか」訊いたら、「祖父母が農林業を営んでいる家の孫たち」が目立つと教えてもらいました。

 農林業は前から「跡継ぎがいない」と言われていました。子どもたちが家業を継ぐのを嫌って都会へ出てしまったため農業従事者が高齢化していることは、みなさんもご存じだと思います。跡継ぎがいないまま高齢化した農林業の従事者たちが、もうこれ以上は体力的に無理だから、土地を手放すつもりになったところで、思いがけなく、孫が「私が跡を継ぐよ」と手を挙げるというケースが出て来たのだそうです。

 さらにそのすぐ後、今度は九州に講演に行った時に、二十歳の女性から「祖父が丹精して守ってきた森を継ぐことにした」という話を聴きました。彼女が生まれた時に祖父が苗を植えて育てて来た木々が今ではきれいな森になっている。親たちは別の仕事をしていて農林業を継ぐ気がないので、孫である彼女が森を守ることにしたのだそうです。森に案内してもらって、地面に寝転んで、枝の間から青空を眺めながら、「いい話だなあ」と思いました。

 調べてみたら、農業従事者の平均年齢はずっと高齢化を続けてきていたのですが、2025年は前年の67.8歳から67.6歳に低下していました。これは離職者が増えて、農業従事者が減ったせいで起きた現象で、別に若返ったわけではないと説明が書いてありましたけれど、それだけではないような気がします。だって、わずかの間に「孫が家業を継ぐ」という事例を三つ続けて聴いたんですからね。

 こういう「潮目の変化」というのは統計的に顕在化するより先に、「時代の気分」として何となく感知されるものです。僕は「時代の気分」の変化にはかなり敏感な方です。メディアで大々的に報道されて、天下周知の事実になった後になって、その現象の説明をばたばたしていたんじゃ、「物書き」は務まりませんからね。でも、それは単にわずかな変化の兆候を感じ取るというだけじゃないんです。「そういうことが起きたらいいな」という思いがそういう事例についての情報を引き寄せるんだと思います。だって、僕が聴いた三つの事例は、うちの書生からと、僕に出講依頼してきたところからなんですからね。僕が日ごろどんなことを考えているかを熟知している人がわざわざ教えに来てくれた。偶然耳に入った話じゃない。僕が引き寄せた話です。こんな話を聴かせたら、内田はきっとうれしがるだろうと思った人が教えてくれたんです。ですから、これから似た話がどんどん僕の耳には入ってくると思いますが、みなさんがメディア経由でこの話を知るのは、たぶんまだだいぶ先の話だと思います。

 

 でも、どうです。この話を知って、いま「親は祖父母の家業を継がなかったけれど、私はやってもいいかな・・・」とちょっと思った人、いませんか? 二人でも三人でもいたら、この原稿を書いた甲斐があります。(蛍雪時代4月号、3月24日)

2026年

5月

26日

心の持ち方

みなさん、こんにちわ。本日は事務局担当日です。

先週はずっと雨予報、の予定だったのが、

晴れた日も多かったですね(・∀・)

この週末も雨予報が一転、晴天となりました。

日曜日に舅の法要があったのですが、

日本一(!?)の晴れ男のおかげでお天気に恵まれました😄

 

私は、そんなに信心深いわけではなく、

常に心の中で故人を思うことが一番大切、というスタンスなのですが

法要で、ご住職からご紹介されたお話がいいお話だったので、少しご紹介したいと思います。

苦しいとき悲しいとき辛いとき

私たちは、仏様助けて下さい、お救い下さいと心の中でおすがりします。

仏様はそういった「私」の願いは叶えて下さいません。

 

善人なほもつて往生をとぐ。いはんや悪人をや」という歎異抄の有名な言葉がありますが

悪人とは、煩悩まみれの人、つまりは普通の一般の人のことを言います。

特別に悪いことをした人のことではありません。

 

 

仏教では、ゴミを拾う、困っている人に手を差し伸べるなど

他者を癒していく行いことを善い行いとします。

 

自分自身が、悪を慎み善を行っていく正しい生き方が出来ているかどうかが、大切です。

仏様は常に私たちに寄り添ってお救い下さいます。

あなたと共にいて下さいます。

 

 

昔、あるとても賢い中学生が2人いました。

2人とも有名な高校に合格が確実と言われていました。

A君は常に一番、B君は常に2番だったのですが、

A君が不合格となり、B君だけ合格してしまいました。

 

A君は誰にも会いたくないと家にひきこもっていたのですが、

ある日B君が訪ねてきました。

A君のお母さんはB君の来訪を告げましたが、A君が会いたくないといったところ

「せっかく会いに来てくれた友だちをお母さんは追い返すことはできません。

あなたたちの友人関係はそんなつまらないものだったのか。会いたくないなら自分で断りなさい」とB君を部屋にあげました。

B君は、A君の顔を見るなり号泣して「ごめんね」とだけ告げて帰宅しました。

 

B君が帰宅したあと、A君は自分の傲慢な心に気がつきました。

常に一番だった自分が不合格になるはずがないと思っていたおごり。

B君を自分より下に見ていたこと。

不合格になることでそうした自分の闇に気がつけてよかった、と。

これが、仏様の「救い」なのです。

 

思えば、私は母から「自分を振り返りなさい」と常に言われてきました。

自分はどうだったか、と思い返せば、あまり人に対して悪感情を持つこともなかったように思う・・・・と言いたいところですが、

まだまだ煩悩の塊で、人生修行中です💦

2026年

5月

25日

内田樹さんの「中国の親子」 ☆ あさもりのりひこ No.1876

「生きていてくれさえすれば、それでいい」というふうに親切に子どもを育てる方が、結果的には親も子も幸せになれる。

 

 

2026年4月30日の内田樹さんの論考「中国の親子」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 北京在住の友人のジャーナリストである斎藤淳子さんが定期的にレポートを送ってくれる。中国の方と結婚して、北京で子どもを育てているので、ふつうの新聞記事では読むことのできないディープな中国社会の内側を教えてくれる。最近送ってくれたのは中国青少年の「うつ病」についての記事だった。

 ご存じの通り、中国は激烈な競争社会である。幼少の時からとにかく勉強を強いられる。成績のよい子は中学から「超級学校」と呼ばれる都市部の全寮制の進学校に送り込まれて、朝から夜まで、休みなく受験勉強をさせられる。成績の悪い子は地元の「県中」に進むが、この段階でキャリアパスが終わってしまう。もう出世は望めない。子どもの自己評価は下がる。一度出世コースから外れると、「立身出世主義」イデオロギーにどっぷり染まった親や教師からはもう十分な感情的ケアが受けられない。そうやって、成績の良い子も、悪い子も、精神的な傷を負うことになる。

 公式統計によると、18~24歳の若年層のうつ病リスクは24.1%。高校生のうつ病検出率は40%、中学生で30%、小学生で10%とうつ病患者は増加し、かつ低年齢化している。不登校も、自傷行為も、自殺も増えている。この問題をリサーチしてきたある研究者は「中国社会はいまだかつてない精神的危機に直面している」と警鐘を鳴らしている。

 斎藤さんは母親らしく、この危機の本質を「子どもを愛することのできない親」の問題としてとらえている。この着眼点には私も賛成である。子どもをその「あるがまま」で承認することができない親がいる。そういう親は「これこれの条件をクリアしたら子どもとして愛するが、それができなければ愛さない」という「条件つき承認」を突き付け、子どもが「親から愛されないことの恐怖」に駆動されて必死で勉強するように仕向けようとする。愛情と承認を兵器化して、子どもの行動をコントロールしようとするのだ。

 斎藤さんが紹介しているある高校生は二歳から塾通いを始め、北京のトップ高校に受かったが、高校1年で起床困難になり、うつと診断され、2年間服薬治療を受ける。のちにこう述懐している。「学校では授業と宿題、家はその延長でまた宿題。パパとママは学校よりも厳しかった。僕の生活には登校と宿題しかなかった。」

 ある名門大学生はこう語る。「私たちの世代は競争は教え込まれたけど、親しい関係については教わらなかった。どうやって人と自分を愛するのかも教わったことがない。」(斎藤淳子、「『そのままで愛される』価値が消えるとき」、『世界経済評論』2026年、5~6月号)

 この言明の中で最も重要なのは「自分を愛する」仕方を教わったことがないということだと思う。キリスト教の重要な教えに「あなた自身を愛するように隣人を愛しなさい」という聖句がある。「隣人を愛する」ためには「自分を愛する仕方」を適用しなさい、と。でも、「自分を愛する仕方」は誰が教えてくれるのだろう。そんなことは自明過ぎて、教えるまでもないのだろうか。私は違うと思う。自分を愛するのはそれほど簡単なことではない。実際に毎年たくさんの人が自殺している。病んだ自分や貧しい自分や虐げられている自分を愛することができないから死を選ぶ。自分自身を内省してみても、卑屈であったり、病弱であったり、不器用であったり、無能力であったりする自分を恥ずかしく思うという人はたくさんいる。彼らは自分を愛することができないでいる。自分を愛することのできない人が隣人を愛せるだろうか。

 私たちが自分を愛する仕方を学ぶのは、親に愛されることを通じてである。私はそう思う。親から無条件の承認を与えられることで、「愛されるに値するもの」として自分を認識する。その時初めて「愛する」という行為の主体は立ち上がる。そういう順序だと思う。

 私自身は子育てに際して子どもには「生きていてくれさえすれば、それでいい」という方針を採った。子どもが何をしても、何を求めても、すべて承認することに決めた。子どもの要求に私が是々非々で対応して、「これはOK」「これはダメ」と判断していると、子どもは私に判断を丸投げして、自分の欲望を自己点検しなくなる。だから、何を求めてきてもすべて承認することにした。「たとえ借金しても君が欲しいというものは全部買ってあげる」。そう宣言したら、それまで「あれ買って、これ買って」とうるさく要求してきた子どもがぱたりと口をつぐんだ。自分がほんとうは何を求めているのか、それを自分で考えるようになってくれたのである。

 無条件の承認は子どもをスポイルすると思っている人もいると思う。でも、そうでもない。「生きていてくれればそれだけでいい」というのは親の真情である。私は6歳のときに重篤な心臓疾患を患って死にかけたことがある。さいわい新薬が効いて一命をとりとめた。その後も8歳の時、10歳の時に長く入院した。だから、両親は私が「朝起きてきて、三度のご飯を食べて、機嫌よく暮らしていれば、それで十分」だと思ってくれた。子どもにとってこれほど楽なことはない。おかげで私は「無根拠な自信」を持って生きられるようになった。別にたいしたことを成し遂げる必要なんかない。私が生きていれば、とりあえず両親は安堵してくれる。だったら何でも好きなことをしよう。そう思って生きて来たら、75歳の機嫌のよい老人になっていた。両親は疾くに鬼籍に入ったが、無条件の承認は生き続けたのである。

 

 中国の子どもたちのことが心配だけれど、それより私は親たちのことが心配である。「生きていてくれさえすれば、それでいい」というふうに親切に子どもを育てる方が、結果的には親も子も幸せになれる。そのことを中国の人たちにアナウンスしたいけれども、声を届ける手段がない。(JA:COM 4月20日)

2026年

5月

22日

内田樹さんの「永井陽右君のこと」 ☆ あさもりのりひこ No.1875

それなのに日本はその平和主義を捨てて、アメリカに追随して戦争ができる国になることに前のめりになっている。永井君たちが命がけで築いてきた「平和主義の日本」という世界的な評価は一度失われたらもう二度と取り返せない。

 

 

2026年4月30日の内田樹さんの論考「永井陽右君のこと」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 アフリカや中東で人道支援活動をしている永井陽右君が凱風館に遊びに来てくれた。三年ぶりくらいである。この間どんなことをしてきたのか、私一人で聴くのではもったいないので、門人やゼミ生たちに声をかけて30人ほどの前で報告会をしてもらった。

 前に来た時はソマリアのイスラーム過激派組織アル・シャバーブからの投降兵の受け入れ活動に従事しているという話をしてくれた。殺し殺されということに疲れた少年兵たちに寝食を提供し、文字を教え、イスラームの教義も多様であることを教え、手に職をつけさせる。

兵士に投降を進めるのだから過激派組織からは敵認定される。命がけの仕事である。お金にもならない。でも永井君は「誰もやらない仕事だから僕らがやる」とさらりと言い切る。その辺の肚の座り方が常人ではない。

 そんな活動を十数年続けているうちに、世界のイスラーム過激派ネットワークに「アフリカや中東で支援活動をしている変なアジア人がいる」ということは伝聞で広まったのだそうである。

「この仕事では日本人であるということが大きなアドバンテージなんです」と永井君は言う。日本は平和憲法を持つ国家で、アフリカにも中東にも植民地主義的な侵攻をしたことがない。だから、過激派の諸君も永井君を見て、「変なことをするやつ」だとは思っても、帝国主義国家のエージェントではないかとか、植民地化の下心があるのではないかといった疑念は持たずにいてくれる。

 「僕がアメリカ人やイギリス人だったら、彼らは絶対に信用してくれません。」

 

 それなのに日本はその平和主義を捨てて、アメリカに追随して戦争ができる国になることに前のめりになっている。永井君たちが命がけで築いてきた「平和主義の日本」という世界的な評価は一度失われたらもう二度と取り返せない。(信濃毎日新聞4月17日)

2026年

5月

21日

奈良マラソン2026への道 その8 ☆ あさもりのりひこ No.1874

5月15日(金)早朝、ジョギング、51分54秒、7.79㎞、平均ペース6分40秒/㎞、総上昇量184m、消費カロリー563㎉。

1 6分46秒

2 6分48秒

3 7分07秒

4 6分21秒

5 7分22秒

6 7分05秒

7 5分43秒

8 5分58秒(790m

 

5月16日(土)早朝、ジョギング、46分07秒、6.94㎞、平均ペース6分39秒/㎞、総上昇量117m、消費カロリー500㎉。

1 6分49秒

2 6分57秒

3 6分09秒

4 7分29秒

5 7分17秒

6 5分37秒

7 6分12秒(940m

 

5月17日(日)午前、階段1762段、3時間00分06秒、19.55㎞、平均ペース9分12秒/㎞、総上昇量433m、消費カロリー1411㎉。

1 8分05秒

2 8分39秒

3 7分07秒

4 6分43秒

5 7分29秒

6 9分12秒

7 8分56秒

8 8分08秒

9 12分09秒

10 6分58秒

11 8分51秒

12 6分51秒

13 7分48秒

14 8分23秒

15 8分48秒

16 12分37秒

17 13分09秒

18 10分06秒

19 13分05秒

20 12分40秒(550m

 

5月18日(月)、休足(断食)。

夕食を抜いた。

 

5月19日(火)、休足(断食)。

朝食と昼食を抜いた。

32時間、絶食。

今年2回目の断食完了。

32時間ぶりの食事は、お粥である。

断食明けは、胃が空っぽなので、消化のいいものを食べるようにしている。

 

5月20日(水)、休足。

3食抜いた後、3食食べて、体調が戻る気がする。

 

5月21日(木)早朝、室外トレーニング(軽め)。

 

 

2026年

5月

20日

内田樹さんの「中高生からの質問 その6」 ☆ あさもりのりひこ No.1873

「型にはまる」ことで自由になり、生きる力が高まることもあるし、「型にはまる」ことで不自由になり、生きる力が損なわれることもある。

 

 

2026年4月28日の内田樹さんの論考「中高生からの質問 その6」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 「自分」の型にはめようとする力が周りから働いたとき、どのようにすればよいですか。自分が自分ではなくなってしまいそうな感覚が、とても怖いです。

 

 「型」というのは、なかなか取り扱いの難しいものです。「型」は人をときに解放し、ときに束縛するからです。

 「型にはまる」と、それによって能力が高まったり、行動範囲が広がることがあります。

 例えば、お医者さんはみんな「同じ型」を演じています。白衣を着て、ディスプレイを眺めて、聴診器を手にして。国家試験を受かったばかりの新米医師も、50年臨床をやっている名医も、患者の眼からは「同じような医者」に見えます。だから、患者は診断をすなおに聴くし、処方にも従う。新米もベテランも、型を演じていると「同じくらいのレベルの医者に見える」せいで、医療は高い水準を保つことができています。患者は医師のレベルを自己責任で判定する責務から解放される。これはどう考えても患者にとってはプラスです。だって、病気になってよれよれの時に「さあ、今あなたの前にいる医者はどれくらいのレベルなんでしょう。あなたを治癒できるだけの技術と知識を持っているでしょうか。治療を受けても平気なんでしょうか。さ、自己責任で決定してください。You have the choise 」なんて言われたくないでしょう? そういう決定は下さなくてもよいというのが「型の効用」(の一つ)です。

 

 「共感」を表す言葉にはempathysympathy の二つがあります。エンパシーは「相手の内側に入り込んで相手の身になること」、シンパシーは「外から相手の身を思いやること」です。「痛みを共にする」のと「痛そうだなと思う」の違いです。

 「型にはまる」のはエンパシーを達成するための一つの方法だと言ってよいと思います。

 「エンパシーを達成する」というのは「自分ではなくなる」ことです。そうですよね。「相手の身になる」んですから。でも、それって、それほど「怖い」ことじゃないと思うんです。だって、エンパシーとシンパシーは紙一重なんですから。

 膝をすりむいて痛がっている人を見て「エンパシーを感じた人」と「シンパシーを感じた人」はだいたいどちらも「バンドエイドを差し出す」というリアクションをしますよね。飢えている人を見たら、どちらも「アンパン食べる?」というタイプのリアクションをしますよね。どちらも外側から見たら、それほど違うことをしているわけではありません。だから、「型」というものを、もう少し柔軟に、多義的にとらえても大丈夫なんじゃないですか。

 

 僕は武道の道場を主宰していますが、道場で稽古するときは、必ず道着に着替えます。そして、正面に礼をして、師範に礼をしてから稽古を始める。「儀式」です。でも、単なる虚礼ではありません。これは「はい、皆さん、今から『稽古モード』に切り替えてください」という指示です。

 そして、まことに不思議なことに、この「儀式」をすると、みんなの気持ちと身体が、それまでの「日常生活モード」から「稽古モード」に切り替わるんです。呼吸の仕方も変わるし、五感の感度も変わるし、目付も、動きも変わる。そういうふうにして、ふだんのままではなかなかアクセスできない心身の状態に移行できる。

 稽古中の僕の指示はかなり観念的です。「風雲に乗じて自在を得よ」とか「場を領する気の流れに乗れ」とか「我執を去って自在を得よ」とか。何のことだかふだん暮らしていると、わかりません。「なんのこっちゃい」です。これがでも、不思議なことに「道場という額縁」の中にいると、意味が通じてしまう。だって、実際にみんなの動きががらっと変わりますから。でも、稽古が終わって、道着を脱いで、道場で座っておしゃべりしているときは「額縁」はもう外れていて、ふだんの感覚に戻ります。

 この「切り替え」の手がかりとして「型」というのは、きわめて有効なものです。

 

 質問された方は「型にはめられる」という受動態での表現がたぶん気になっているんだと思います。あのですね、「型」は自分で選んでいいんです。というか、自分で選ぶものなんです。自分の活動領域や感情生活を広げたり、深めたりするためにはかなり有効な手立てなんです。「型にはまる」というのは。

 問題になっているのは、外部から無理やり強制される「型」ですよね。こちらの都合も聴かずに勝手に「この型にはまれ」と言われると「むっ」としますよね。それは、この場合の「型にはまれ」という命令が、自分を広げたり深めたり、活動的にするのではなく、むしろ自分を限定し、身動きさせなくする「呪い」に近いものだからです。型にはめられることで、生きる力が損なわれる。そういう「型」に対してはきっぱりと「嫌だ」と対応をしてよいと思います。

 「型にはまること」そのものに良否の違いはないと僕は考えています。「型にはまる」ことで自由になり、生きる力が高まることもあるし、「型にはまる」ことで不自由になり、生きる力が損なわれることもある。ケース・バイ・ケースです。

 道場で道着を着て、「型稽古」をするのも「型にはまる」ことだし、仏門に入って頭を剃って、墨染めの衣をまとうのも「型にはまる」ことです。でも、それによって、それまでの自分から離脱することができ、それまでより活動領域が広がり、深い生き方ができるようになったとしたら、これは「型にはまってよかった」という選択だということになります。

 逆に、仲間内で割り振られた「キャラ」を押し付けられて、あてがわれた「キャラ」から外れた言動をすると、「らしくないこと言うな」とか「らしくないことするな」という言い方で、活動領域を狭められ、生きる自由を損なわれるのだとしたら、これは「型にはまって悪いことが起きた」ということになります。

 でも、「キャラ」そのものを悪しきものと言い切ることもできません。「高校デビュー」というのがありますよね。『今日から俺は!』です。中学まではおとなしい優等生だった子が、自分のことを誰も知らない高校に進学したのを契機に「オレ、けっこうワルなんだ。うかつに近づくと火傷するぜ」と嘘の自己紹介して、そのままその在学中ずっとその「キャラ」で突っ張るということがあります(けっこう多いんです)。周りの級友が「ああ、そういう子なのね」と思って、それらしく遇してくれると、それまでとは全然違う自分を演じることができる。これ、結構楽しいです(実は僕もやりました)。

 というわけですから、どうぞ「型」を自在に使い分けて、自分にとって一番楽しい使い方を探し出してください。

 

 

2026年

5月

19日

橿原市新賀町に焼きドーナツ専門店「てんしのわ」オープン@事務局より

皆さんこんにちは。今日は事務局担当日です。

まだ5月だというのに、すでに真夏のようなお天気🌞ですね。

 

明日からはうってかわて雨の予報ですし、天気の移り変わりが激しい時期ですので、

皆様体調にはどうぞお気をつけ下さい。

さて、今日は、橿原市新賀町にオープンしたドーナツ屋さんをご紹介します。

 

「やさしいおかしやさん てんしのわ」

 住  所 奈良県橿原市新賀町200-5

  古市第二ビル101

     近鉄大和八木駅から徒歩8

 

 営業時間 10001630

 

 定 休 日    公式SNSにて確認

 https://www.instagram.com/tenshi_no_wa.nara/

 

今月17日(日)に開店したばかりのお店で、大和八木駅から北に徒歩8分ほど、

24号線沿いにあります。

 

奈良県産の米粉を使った米粉100%・グルテンフリーの

揚げない焼きドーナツ専門店です。

 

ドーナツは全部で6種類あり、

かぼちゃ

・いちごビーツ

・ほうれんそうアップル

・キャロットオレンジ

・キャロブ

・さつまいも

とお野菜が主役のラインナップになっています。

  

色味もカラフルでとてもかわいいのですが、着色料は使っておらず、

野菜や果物そのものの色だそうです。

 

ちなみに「キャロブ」とは“いなご豆”という少し珍しい豆で、

チョコのような風味がするとのこと。

カカオではないためカフェインが入っておらず、小さなお子さんや妊婦さん、

チョコアレルギーの方でも安心して食べられるのが嬉しいですね。

オープンイベントが大変好評だったようで、伺った時にはすでに売り切れ。

残念…😓

 

また、ドーナツは 卵あり(ふわふわ)卵なし(もちもち) の2種類があり、

食感の好みで選べるのも魅力です。

 

フードロス削減のため冷凍販売が基本ですが、店内にはカウンター席もあったので、

イートインもできるのかもしれません。

お店は女性オーナーさんと男性の方のお二人で運営されているようで、

今日までオープンイベント中とのこと。

LINEで友だち登録をすると、当日使える100円割引クーポンももらえます♪

 

甘いものでちょっと一息つきながら、午後からもお仕事頑張ります。

  

2026年

5月

18日

内田樹さんの「中高生からの質問 その5」 ☆ あさもりのりひこ No.1872

医師や弁護士のような専門職でも、「大量のデータを読み込んで、情報を検索する」という仕事はAIに丸投げできますので、かなり多くの仕事が失われます。

 

 

2026年4月22日の内田樹さんの論考「中高生からの質問 その5」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 「なぜ人類はAIの開発をやめないのでしょうか。私はやめた方が良いと思うのですが、先生はどうお考えですか。」

 

 どうしてなんでしょうね。僕にもよくわかりません。

 あるテクノロジーを開発することが将来的にもたらすベネフィットと、予測されるリスクを比べて、リスクの方が大きい場合には、テクノロジーの開発については抑制的であるべきだという考え方があります。「テクノロジー抑制主義(techno-prudentialism)」といいます。prudential というのは、「慎重な、最新な、分別のある、万全を期する」という意味の形容詞です。核兵器の開発などがこれに当たります。どう考えても核兵器の「使い勝手」がよくなったことで人類が享受しうるベネフィットと、人類が冒すリスクでは、リスクの方が高いことは確実ですから。それでも人類は核兵器を手離しませんし、核ミサイルの精度や速度を上げることに依然として多くの資源を投じています。

 

 AIも核兵器と同じだと思います。AIがもたらす利便性と、AIがもたらすネガティヴな影響を比べたら、ネガティヴな影響の方が明らかに大きそうです。それなら開発を止めたらいいのに、どこも止める様子はありません。いくつかの企業がすさまじい金額の投資を行って、AI市場の独占を狙っています。OpenAI(ChatGPT)AnthropicClaude)、Google(Gemini)xAI(Grok)などなど。いずれどこかの企業が市場独占を果たして、全人類が同じAIを利用する・・・というあまり想像したくない状況が到来しそうです。

 いま、大学の先生たちと話をすると、必ずAIの話が出ます。レポートの多くを学生たちはAIに丸投げして、それを提出してくる。そういう場合、自分で書いたレポートのはずなのに、本人に読ませてみると「読めない漢字」がある。内容を要約させると、自分で書いたはずのレポートの内容を理解していない。そういうことがしばしばあるそうです。困りましたね。

 ですから、課題を出してレポートを書かせるということ自体が、今や教育活動として意味をなさなくなってきている。卒論をAIに書かせている人はもうたくさんいるでしょう。そのうち博士論文をAIに書かせて学位を取る人も出てくるかも知れません。

 AIの開発は止められない。止めるとしたら、世界同時に止めるしかありませんが、どこか一つの企業が「抜け駆け」で開発を続けたら、そこがいずれ市場を独占することになる。だから、秘密裡に開発を続けるところが必ず出てきます。私企業がやることをすべて止めるわけにはゆきません。

われわれにできることは、AIがもたらす破壊的な影響をどうやって最小限にとどめるか、です。

 でも、どうしたらいいんでしょうね。大学の場合だと、とりあえずは「レポートを課さず、学生を教室に集めて、教師の眼の前で、手書きで答案を書かせる」ということくらいしか対策を思いつきません。

 こんなのはそれほどシリアスな話ではなくて、ほんとうに深刻なのは、AI導入による「雇用の消失」です。

 自動運転の開発にAmazonのジェフ・ベゾスは巨額の投資をしていますが、これが実用化されたら、トラックやバスやタクシーのドライバーは失職します。米国では300万人が失業するという予測が示されています。

 医師や弁護士のような専門職でも、「大量のデータを読み込んで、情報を検索する」という仕事はAIに丸投げできますので、かなり多くの仕事が失われます。先日お会いしたお医者さんはCTMRIの画像を見て診断を下す仕事が専門だそうですけれど、この仕事もあと数年以内にAIに代替されるので、自分が経験を通じて会得した専門的な知識と技術は無価値になる・・・と嘆いていました。

それ以外にどの業種が、どれくらいの規模で、いつ「雇用消失」に遭遇することになるのか・・・これは今のところ誰にも正確には予測できません。「ホワイトカラー」と呼ばれるデスクワークのかなりの部分はAIで代替可能ですから、求人が減ることは確実です。みなさんが大学を卒業するころは就活がたいへんになるということです。

 今欧米では、配管工とかタイル工とかとび職とか、「ブルーカラー」の年収が急騰しているそうです。それはこれらの仕事はAIやロボットでは代替できないからです。もちろん「とび職ロボット」だって作ろうと思えば作れるのでしょうが、そのコストと人間を雇う賃金を比較したら、人間を雇う方が圧倒的に安い。それなら開発する必要がない。そういうことだと思います。

 なんだか切ない話になってしまいましたね。でも、AIに代替できない仕事は探せば一杯あります。僕は合気道という武道を教えていますけれども、これはAIでは代替できないと思います。AIには身体がありませんから。身体が経験する微細な変化を感知して、言語化して、訓練法として体系化する...という創造的な作業は機械にはできない。

 それから「こういう文章」を書くのも、たぶんAIにはできないと思います。

 「こういう文章」とはどういう文章かというと、「何を書くつもりなのか自分でもよくわからないままに書き始めて、書いているうちにだんだん何を書きたいのかわかってくる」ような文章です。手探りで書いている文章です。書きながら書き手自身が変化する文章と言ってもよい。書くというのはそういうことなんです。自分が書いた言葉を読んで、書き手自身が「ああ、私はこんなことを考えていたのか」と納得するということが起きる。自分が書いた言葉にひきずられて、「そんなことを書くつもりがなかったこと」を書いてしまうということも起きる。

 書くというのは、そういう生成的なプロセスなのですが、AIはデータを一望俯瞰して一気に序論から結論まで書くことができるので、書き出した時の不完全性が書きながら修正され、「無知」が充填されるような文章はたぶん書けないと思います。

 でも、そのうちに「バカのふりをするAI」もできるかも知れませんから。先のことはわかりません。

 

 というわけで、しばらくはAIのもたらす悪影響をどう阻止するのかについてひとりひとりで工夫するしかなさそうです。お役に立てずにすみません。

2026年

5月

15日

内田樹さんの「月刊日本のロングインタビュー」(その3) ☆ あさもりのりひこ No.1871

憲法9条が空洞化したのは、国連というアイディアが空洞化したからです。9条のリアリティ―は国連のリアリティーと相関していたんです。

 

 

2026年4月15日の内田樹さんの論考「月刊日本のロングインタビュー」(その3)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

―― アメリカは戦後レジームから脱却している。そうである以上、日本も憲法9条と日米安保条約を両輪とする戦後レジームから脱却して、「ポスト戦後体制」を構想しなければなりません。

 

内田 高市は「大日本帝国の復活」を目指しています。憲法9条を廃棄し、国軍を保有し、「戦争ができる国」になろうとしている。スパイ防止法や国旗損壊罪を制定して国民統制を強める。これらの法律を通せば、制度的には1930年代の日本のような国に「退化」できる。でも、残念ながら、それは大日本帝国の劣化版に過ぎない。今の日本には帝国を運営できるようなスケールの人間がいないからです。

 たしかに大日本帝国は様々な欠陥を抱えた統治システムでした。でも、人材だけはいた。歴史的評価はさておき、明治維新以後の日本には「アジアをどう経略するか」についてスケールの大きなヴィジョンを描ける思想家や政治家や軍人が何人もいた。宮崎滔天、北一輝、権藤成卿、石原莞爾...数え上げれば切りがない。でも、今の日本にそんなスケールの人間はいません。「経綸の大事を託せる器の大きな人間を育てなければいけない」と思っていなかったんですから、いるはずがない。戦後日本が育ててきたのは「対米従属マシーン」を器用に回すことのできる小粒なイエスマンだけです。そんな連中が今の日本の支配層を形成している。そんな連中に「帝国」を運営できるはずがありません。

 

―― 内田さんは戦後レジームから脱却して、どういう「ポスト戦後体制」を目指すべきだと思いますか。

 

内田 アメリカはいずれ在日米軍を撤退させるでしょう。政府はアメリカに縋りついて「いてください」と掻き口説くでしょうけれど、アメリカは日本列島における権益だけは確保して、軍はグアム=テニアンの線まで退くつもりでしょう。

 日米同盟が空洞化した場合、日本にはそれほど多くの選択肢は残されていません。一つは日韓同盟。これまで繰り返し語ってきましたけれど、日韓が同盟すれば、人口1億8千万、GDP6兆ドル、ドイツを抜いて世界第三位の経済圏ができます。軍事力は日韓を合わせるとインドを抜いて世界4位。この日韓同盟が米中の二大帝国の間にあって、米中と等距離外交を展開する。米軍がハワイまで退き、中国が海洋進出に抑制的になれば、西太平洋に日韓を結ぶ広大な中立地帯ができる。東アジアは政治的には安定するので、国際社会はこれを歓迎するはずです。

 韓国は人種、宗教、文化、政治体制において世界で最も同質性の高い隣国です。パートナーとなるとしたらここしかない。日本には天皇制がありますから、一国二制度になる。しかし、日韓が同盟して、外交安保政策で足並みを揃えれば、その国際社会におけるプレゼンスは今の比ではありません。米中EUと対等の政治単位になることも可能です。

 日韓同盟は明治以来両国の多くのアクティヴィストの夢でした。1910年の「日韓併合」という歴史的失敗を適切に総括するだけの知力と度量が日本人の側にあれば、日韓同盟は可能だと僕は思っています。

 もう一つの道は、九条二項を高く掲げて「東洋のスイス」のような永世中立国になることです。日本は医療、教育、観光・エンターテインメントでは世界のトップレベルにあります。だから、円安になったとたんに世界中から観光客がやってくる。通貨が弱くなったことはわれわれにとっては困ったことですが、そのせいで世界中から観光客が殺到したというのは、「機会さえあれば日本に行きたい」と願っていた人がそれだけ多かったということです。「日本に行きたい、できるなら日本で暮らしたい」という人々を世界中に創り出す。これは最も安上がりな安全保障です。日本に知人友人がおり、家や別荘があるという人たちは自国政府が反日的になって日本を軍事侵攻することに反対してくれるでしょう。「日本だけはやめましょうよ。あそこ、いい国なんですから」と。こんなタイプの安全保障政策を起案できる国は決して多くありません。「できれば中国に永住したい」とか「できればロシアに永住したい」とか思っている人がどれくらいいるか想像すれば日本のアドバンテージがわかるはずです。

 

―― 憲法9条も改正すべきですか。

 

内田 9条は1946年時点で憲法起草者たちの脳裏にあった「これから世界はどうなるか」という構想から生まれたものです。起草者たちはもし次に戦争が起これば、それは核戦争になり、人類は滅亡するだろうと予見していました。これを止めるには国連が「世界政府」になり、国連軍が地上最強の実力組織になる必要がある。加盟国間での紛争は国連が裁定し、従わない国には国連軍を送り込んで実力で処罰する...というシステムでしか核戦争は阻止できないと思った。公共を立ち上げることで、私人たちの安全と権利を保護するという近代市民社会の統治モデルを国際社会に拡大してみたのです。

 ですから、9条起案者たちは、戦争放棄条項をいずれどこの国も採択するようになるだろうと考えていた。しかし、この予測は外れました。たしかに核戦争の勃発だけは阻止できましたけれども、国連の常任理事国自身が自国第一主義を掲げて、国際法を踏みにじって、平然と「力の支配」を誇示するようになった。今、国際社会は「万国の万国に対する戦い」というホッブズ的状況にあります。「強い公共」が存在しないアナーキーです。

 言う人があまりいないので、僕が代わって申し上げますけれど、憲法9条が空洞化したのは、国連というアイディアが空洞化したからです。9条のリアリティ―は国連のリアリティーと相関していたんです。

 でも、国連がそれでも一定の有効性を維持しているように、憲法9条もいまだに一定の有効性を維持している。実際、今回の日米首脳会談では憲法9条が盾になって、日本がアメリカの戦争に巻き込まれることを回避できた。

 憲法9条のような非現実的な条項を廃棄しろというロジックを延長すれば「国連のような非現実的な組織は要らない」ということになる。強いものが欲しいものを手に入れて、弱いものは食い物にされる。それでいいじゃないか、そう言っているのと変わらない。

 法というのは現実を叙するものではありません。あるべき現実の枠組みを示すことです。日本の法体系は明治末年までに整備されましたけれど、それはドイツやフランスの法律をほとんどそのまま翻訳したもので、当時の日本の実情とはまったく別のものでした。法典の字面だけを見ると、当時の日本が近代的な市民社会をすでに形成したように読めますが、これは事実と隔たること遠い。でも、法起草者たちは将来の見通しとしては、日本の生活が変わっていってこれらの法典が実情にあうものになるだろうと考えていた。そういうものだろうと僕も思います。9条起草時点では、起草者たちは9条が世界の実情にあうものになるだろうと考えていた。その予測が楽観的に過ぎたことは事実です。でも、それ以外に日本人が向かうべきどんな理想があるでしょうか。

(4月3日 聞き手・構成 杉原悠人)