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密約について ☆ あさもりのりひこ №200

それは一言で言えば、「日本はアメリカの軍事的属国である」という「事実」が公開されるということである。

この「事実」はアメリカはもちろん、世界中の国が知っている。

知らない(知らないふりをしている)のは日本国民だけである。

 

 

2009年9月11日の内田樹さんのテクストを紹介する。

どおぞ。

 

 

民主党の鳩山由紀夫代表は10日、核持ち込みに関する日米間の密約に関して「いろいろと疑いが出ているわけで、当然、真相、事実を国民に明らかにしたい。国内とアメリカを含めた調査が必要になると思う」と述べ、改めて究明する意向を示した。

鳩山氏が密約について話すのは、衆院選後初めて。

また、鳩山氏は同日、共産党の志位和夫委員長と国会内で会談した際、共産党が入手した密約に関する米国側の資料を手渡された。

鳩山氏が「真相究明が大切だ。何よりも事実が大事だ」と述べると、志位氏は「国民を欺いてきた問題だ。可能な協力は何でもする」と応じた。

以上、10日の毎日新聞の記事から。

週刊文春から電話取材で、「どう思います?」と訊かれた。

「もちろん秘匿するよりは公開した方がいいでしょう」とお答えする。

でも、ある種の外交的な約束が非公開になっていたのは当然「それなりの理由」があるわけで、その「それなりの理由」の当否についての検証が伴わなければならない、と付け加える。

外交に関する情報の公開非公開一部公開は高度の政治判断がかかわることである。

すべての政府は「自分がほんとうは何を考えているのか、見えないところで何をしているかを教えない」ことを重要な外交上のカードにしている。

ただ、この政治判断そのものの当否について定期的に検証を行わないと、「誤った規準によって、公開・非公開が判定されていた」というリスク(平たく言えば、「バカが高度な政治判断を任されていた」というリスク)を避けることができない。

だから、一定期間が経過したら、非公開情報はすべて公開し、「非公開にした政治判断に妥当性があったかどうか」が吟味されなければならない。

私はそういうに考えている。

今回の核持ち込み艦の入港を「事前協議外」とするという「密約」の存在については、すでにエドウィン・ライシャワー元駐日大使が、1981年に毎日新聞のインタビューで明らかにしている。

それ以前にも、1974年にラロック退役海軍少将が米議会で「核兵器搭載可能な艦船は日本あるいは他の国に寄港する際、核兵器を降ろすことはしない」と証言している。

1999年には日本人の研究者が、アメリカで、1963年に当時の大平正芳外相がライシャワー大使に対して、「日本国内への核兵器持ち込みを了承した」という駐日大使館から国務省あての通信記録を発見した。

ライシャワー自身は核兵器搭載艦の寄港そのものは「持ち込む」に抵触しないという解釈をしており、それゆえ、1966年に揚陸艦が岩国基地に停泊していたときは核兵器が陸上に移動する可能性を重く見て、これを「日米安保条約違反」として、国務省につよく抗議している。(この二つのエピソードは、8月日経新聞に出たジョージ・パッカード元米駐日大使補佐官の談話から)

つまり、日米安保体制には、条約の文言以外の秘密規定があるということについては、すでに30年以上前から私たちは「知っていた」のである。

そのときどきの日本政府がその確認を拒否していただけである。

だから、これは厳密に言えば「密約があったかどうか」という事実関係にかかわる問題ではなく、「政府が密約の存在を認めるか認めないかの判断基準は何か」という、「統治にかんする技術問題」として考察されなければならない。

私たちはこう問いを立てるべきなのだ。

「なぜこれほど明らかな事実を政府は公式に認めないのか?彼らはそれによってどのような利益を得ることを期待しているのか?」

 

81年の毎日新聞へのインタビューに応じた理由として、ライシャワーは「日本人は賢明だから、なぜこの密約が必要だったかを理解するだろう」と言っていたそうである。

私たちが思量すべきなのは、エドウィン・O・ライシャワーはどういう理路で「日本人は賢明だから、この密約の必要性を理解するだろう」と考えたのかである。

わからないときは、逆を考えればよい。

この密約が1963年段階で「公開」された場合に何が起きたか、である。

それは一言で言えば、「日本はアメリカの軍事的属国である」という「事実」が公開されるということである。

この「事実」はアメリカはもちろん、世界中の国が知っている。

知らない(知らないふりをしている)のは日本国民だけである。

だから、この「密約」は誰に対しての「秘密」かといえば、日本国民に対する秘密なのである。

「日本はアメリカの軍事的属国である」という「事実」から目を背けて、「日本は独立国である」という虚偽のアイデンティティをもつことで、日本人は「敗戦というトラウマ」から身を守ってきた。

日米関係はきわめて良好であり、アメリカは日本に一方的に「核の傘」をさしかけて気づかうだけであり、その恩恵に対して日本は何の反対給付の義務も負っていない、アメリカは敗戦国日本にいかなる隷従も求めていないという「ありえない物語」を日本人は必要としていた。

ライシャワーが言った「賢明」ということは、日本人はそれについて多少の「病識」はもっているだろうということだったと私は思う。

この「ありえない物語」を信じるという一種の狂気を病むことによって、「平和と繁栄」という疾病利得を得ることを選んだ日本人の「狡知」をライシャワーは「賢明」と評したのだと思う。

『九条どうでしょう』に書いたように、私は「狂う」ことによって失ったものと、「苦痛を逃れた」ことで得たものは差し引き、得たものの方が多いと思っている。

この「密約」のときの総理大臣は池田勇人である。「所得倍増」と「低姿勢」と「寛容と忍耐」の宰相である。

池田勇人は徹底的に「実利の人」だった。だから、イデオロギー的に筋目が通り、独立的で、アメリカを敵に回して歯を剥き出すことを厭わない「正気の国」であるよりも、現実感覚を失っても、平和と繁栄を享受できる「鼓腹撃壌」の民であることを選んだ。

私はこの政治判断には合理性があったと思う。

1963年段階で、もし国民の過半がアメリカへの軍事的従属を非とし、それに対してアメリカが剥き出しの強権的態度で臨んだ場合、青年たちの多くは当時唯一のアメリカ対抗勢力であったソ連、中国の国際共産主義運動に連帯する道を選んだであろう。そのとき、日本列島がその2,3年後のインドシナ半島と似た状況になった可能性は決してゼロではなかったのである。

「密約」がどのような政治的帰結を回避するために選択されたものであるのかについては、63年のリアルタイムの日本の為政者の身になってみないとわからない。できることなら、私はそれが知りたい。

繰り返し言うが、外交に関する情報を公開しないことを私は非とはしない。けれども、公開非公開の判定の妥当性の根拠は(つまり、為政者の知性が正常に作動しているかどうかの点検は)定期的に、徹底的に、検証されなければならないと思っている。

さきほどの問いに戻る。

「なぜこれほど明らかな事実を政府は公式に認めないのか?彼らはそれによってどのような利益を得ることを期待しているのか?」

現在までの自民党政府がこの密約の存在を秘匿してきたのは、別に何の考えもなく、「ただ前任者が隠していたので、私も隠す」というだけのことである。

どうして、30年も前の前任者がやったことの尻ぬぐいを「私」がせにゃならんのだと憤慨していただけである。

不良債権でつぶれた銀行の頭取たち、年金記録を改竄した社保庁の役人の言い分といっしょである。

私の在任中に事件化しなければ、次に申し送るだけだと彼らは考えていたのである。

このようなものは「政治判断」とは言わない。

ただのサラリーマン根性である。

最初に密約をした政治家たちの判断には妥当性があった。すくなくとも主観的には合理的な論拠があった。

そのあとこれを申し送ってきた歴代の政治家たちの判断には妥当性がない。

あるのは保身だけである。

 

というのが私の「密約」についての個人的評価である。