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憲法と戦争 日本はどこに向かうのか 3 ☆ あさもりのりひこ No.332

敗戦した1945年から後の日本の国家戦略の基本は「対米従属を通じての対米自立」でした。これについてはどなたも異論はないと思います。日本は敗戦国、被占領国です。マッカーサーに「世界の4等国」と言われて、二度と国際社会に登場することはないだろうとまで言われた後進国日本にとって生き延びる道は対米従属しかなかった。これについてことの良否を言うことはできません。他に選択肢がなかった。

 

 

2015年7月13日の内田樹さんのテクスト「憲法と戦争 日本はどこに向かうのか」を紹介する。

どおぞ。

 

 

そもそもいま審議されている安保法制とは何か、ということを次に論じてみたいと思います。

この法案についてはどの世論調査でも、過半数が反対している。にもかかわらず最近でも内閣支持率は50%を超えている。個別的な政策に対しては反対だけれども、内閣は支持するというのは、どういうことなのか。これは非常に説明がしにくい。戦後70年の間に日本の国家戦略が微妙に変質してきたということをふまえないと理解し難い事態だろうと思います。

敗戦した1945年から後の日本の国家戦略の基本は「対米従属を通じての対米自立」でした。これについてはどなたも異論はないと思います。日本は敗戦国、被占領国です。マッカーサーに「世界の4等国」と言われて、二度と国際社会に登場することはないだろうとまで言われた後進国日本にとって生き延びる道は対米従属しかなかった。これについてことの良否を言うことはできません。他に選択肢がなかった。

対米従属を通じてアメリカの信頼を獲得し、アジアにおける信頼できるパートナーとして認知され、それを通じて、国家主権を回復し、国土を回復するというこの戦略はそれなりに整合的なものだったと思います。

現に、1945年の敗戦から6年経ったあと、1951年サンフランシスコ講和条約が結ばれて、国際法上、日本は主権を回復した。サンフランシスコ講和条約は歴史的に見ても例外的に敗戦国に対して寛大な講和条約でした。これによって形式的に日本は国家主権を回復した。6年間にわたってGHQに徹底的に従属したことによって主権を回復した。これは当時の日本人たちにとっては、ひとつの政治的達成として受け止められたと思います。「対米従属」は「引き合う」という成功体験を日本人は味わった。

この成功体験はその後も続きました。1968年には小笠原が返還され、そして1972年には沖縄の施政権が返還されます。1972年というとベトナム戦争でアメリカの国際社会における評価が地に落ちた時期のことでした。多くの国がその不当性をなじったベトナム戦争に関して、日本は単に支持するのみならず、後方支援基地として全面的にサポートして、それによって経済的恩恵さえこうむった。アメリカの意図はどうあれ、日本人の多くは沖縄の施政権返還を「大義なきベトナム戦争を支持したことへの報奨」として受け止めたはずです。

これはサンフランシスコ条約以上に大きな達成感を日本人にもたらした。国土が還ってきたんですから。このときに日本人の中に「どんなことがあっても対米従属を続けるしかない」という深い信念が刻みつけられた。アメリカについてゆきさえすれば、「いいこと」があるとみんな信じるようになった。

田中角栄、中曽根康弘というあたりまでは戦中派の人たちが日本のトップにいた。彼らにとってはアメリカは直近の敵、殺し合った相手でした。自分たちは敵国に占領された敗戦国民であり、「面従腹背」以外に生きる道がないという屈託を抱え込んでいた。だから、なんとしても対米自立を早く果したいという思いが強かった。

しかし、それが1972年沖縄返還からあと、しだいに変質してゆく。「対米従属を通じての対米自立」という国家戦略そのものは一般的なプログラムとして継続されてゆくのですけれど、戦略を具体的に担う個人は生身の人間なので、やがて老いて、第一線を去って、やがて消えて行く。プログラムは走っているけれど、世代交代する。

「対米従属をどの程度の強度で、どの程度の期間続けたら、対米自立が達成されるのか」という「さじ加減」はそれまで政治家たちの身体感覚に委ねられていました。けれども、その生身の身体が世代交代によって失われ、代わりに「対米従属」というとりあえず目の前にあるプログラムをどうやって効率的に手早く実行するかという技術的な課題だけが政治家や官僚の前に残った。

 

対米従属のやり方は年次改革要望書や日米合同委員会やアーミテージ・ナイ・レポートのようなかたちで具体的に定期的に示される。でも、対米自立のやり方は誰も知らない。誰も教えてくれない。誰も指示しない。プログラムもないし、手順を知っている人間もいない。だから、結局いつのまにか統治機構全体が「対米従属」という「目先の仕事」に100%のエネルギーを注ぎ込むようになった。それが何のためのものであるのかという目的を忘れて、ただ対米従属を手際よくこなすと、出世できるし、社会的評価が高まるし、個人資産も増えるという経験則だけに人々は従うようになった。