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日弁連での講演の「おまけ」部分 2 ☆ あさもりのりひこ No.363

だから、われわれが言うべきなのは「もう経済成長なんかしなくていいじゃないか」ということなんです。

 

 

2016年7月22日の内田樹さんのテクスト「日弁連での講演の「おまけ」部分」を紹介する。

どおぞ。

 

 

もう一つ、経済成長のための秘策があります。それは日本の里山を居住不能にすることです。これも経済成長だけを考えたら、効率的な政策です。僕が今総務省の役人で、上司から「人口減少局面での経済成長の手立てはないか」と下問されたら、そう答申します。「里山を居住不能にすれば、あと30年くらいは経済成長できます」と。

国内の農業を全部つぶす。限界集落、準限界集落への行政サービスを停止して、里山を居住不能にする。故郷にこのまま住み続けたいという人がいても、もうそこにはバスも通らないし、郵便配達も行かないし、電気も電話も通りません。新石器時代の生活でもいいというのなら、どうぞそのまま住み続けてください。でも、犯罪があっても警察は来ないし、火事が起きても消防車は来ないし、具合が悪くなっても救急車も来ませんよ、それでいいんですね。そこまで言われたら、誰でも里山居住は断念するでしょう。みんな里山を捨てて都市部に出てくる。これで行政コストは大幅に削減できます。里山居住者は地方都市に集められる。離農した人たちには賃労働者になるしかない。仕事が選べないのだから、雇用条件はどこまで切り下げられても文句は言えない。そこで暮らすか、東京に出るしかない。そうすれば、人口6000万人くらいまで減っても、経済成長の余地がある。日本人全員を賃労働者にして、都市にぎゅうぎゅう詰めにして、消費させればいいんです。「日本のシンガポール化」です。

シンガポールの人には申し訳ないのですけれど、シンガポールという国は全く資源がないわけです。都市国家ですから。資源がない。土地もないし、水もないし、食べ物もない、自然資源もない。何もない。生きるために必要なものは全部金で買うしかない。だから、国是が「経済成長」になる。経済成長しなければ飢え死にするんですから、必死です。全国民が経済成長のために一丸となる。だから、効率的な統治システムが採用される。一党独裁だし、治安維持法があって令状なしに逮捕拘禁できる、反政府的な労働運動も学生運動も存在しないし、反政府的なメディアも存在しない。そういう強権的な社会です。日本もそういう社会体制にすればまだ経済成長できるかもしれない。

でも、日本にはシンガポール化を妨げる「困った」要素があります。それが里山の豊かな自然です。

温帯モンスーンの深い山林があり、水が豊かで、植生も動物種も多様である。だから、都市生活を捨てた若い人たちが今次々と里山に移住しています。移住して農業をやったり、養蜂をやったり、林業をやったり、役場に勤めたり、教師になったり、いろんなことをやっている。今はたぶん年間数万規模ですが、おそらく数年のうちに十万を超えるでしょう。都市から地方への人口拡散が起きている。政府としてはそんなことをされては困るわけです。限界集落が消滅しないで、低空飛行のまま長く続くことになるわけですから、行政サービスを続けなければいけない。おまけに、この地方移住者たちはあまり貨幣を使わない。物々交換や手間暇の交換という直接的なやりとりで生活の基本的な資源を調達しようとする。そういう脱貨幣、脱市場の経済活動を意識的にめざしている。ご本人たちは自給自足と交換経済でかなり豊かな生活を享受できるのだけれど、こういう経済活動はGDPには一円も貢献しない。地下経済ですから、財務省も経産省も把握できないし、課税もできない。これは政府としては非常にいやなことなわけです。

それもこれも「里山という逃げ場」があるせいだからです。だから、この際、この逃げ場を潰してしまう。総務省が主導している「コンパクトシティ構想」というのがありますけれど、これはまさに「里山居住不能化」のための政策だと思います。

すでに日本各地でコンパクトシティ構想が実施されていますけれど、農民たちを農地という生産手段から引き剥がして、都市における純然たる消費者にする計画です。それまで畑から取ってきた野菜をスーパーで買わなければならないようになる。もちろんGDPはそれだけ増えます。本人の生活の質は劣化して、困窮度が高まるわけですけれども、必要なものをすべて貨幣を出して買わなければいけないので、市場は賑わい、経済は成長する。

里山が居住不能になれば、地域共同体も崩壊します。伝統芸能とか祭祀儀礼もなくなる。そもそも耕作できなくなったら農地の地価が暴落する。ただ同然になるけれど、里山自体がインフラがなくなって居住不能なので、もう買う人はいない。自分で竈でご飯を炊いて、石油ランプで暮らすような覚悟のある人しか居住できない。でも、今政府が進めているのはまさにこの流れです。里山居住者をゼロにする。

別に総務省の誰かが立案しているわけじゃないと思います。人口減少の超高齢社会においてさらに経済成長しようというような無理な課題を出したら、戦争するか、兵器産業に特化するか、里山を居住不能にして、都会に全人口を集めて賃労働と消費活動をさせるというくらいしか思い付かないからそうしているのです。経済合理性の導く必然的な結論なわけですよ。別にどこかに糸を引いている「オーサー」がいるわけじゃない。でも、経済成長「しかない」と信じているのなら、日本に許された選択肢はそれくらいしかないということです。

だから、われわれが言うべきなのは「もう経済成長なんかしなくていいじゃないか」ということなんです。今行われているすべての制度改革は、改憲も含めて、すべて「ありえない経済成長」のためのシステム改変なんです。経済成長をあきらめたら、こんなばかばかしい制度改革は全部止めることができる。でも、まだ言っている。民進党も相変わらず「成長戦略」というような空語を口走っている。SEALDsの若者たちでさえ「持続可能な成長」というようなことを言っている。若い人たちさえ経済成長しないでも生き延びられる国家戦略の立案こそが急務だということがまだわかっていない。

水野和夫さんのようなエコノミストがもう成長しないんだから、定常経済にソフトランディングすべきだと提案されていますけれど、政治家もメディアもそういう知見を取り上げない。でも、これは歴史的な自然過程なんです。どうしようもない。反知性主義的思考停止は「ありえない経済成長」のための秘策を必死に探し出して、国をどんどん破壊してゆくというかたちで症候化している。彼らは自分たちが閉じ込められているこの檻以外にも人間の生きる空間があることを知らない。そして、檻の強化のために必死になっている。

 

われわれが提示できるのは、このような状況においても、われわれの前にはまだ多様な選択肢があるとアナウンスすることです。われわれは歴史のフロントラインにいるわけです。これは人類がかつて一度も経験したことのない前代未聞の状況です。人口減少局面なんか、日本列島住民は古代から一度も経験したことがない。だから、どうすればいいかなんてわかるはずがない。この先何が起こるかわからない。分からない以上は「この道しかない」と言って「アクセルをふかす」ような愚劣なことをしてはならない。先が見えないときは、そっと足を出して、手探りで進む。過去の経験知に基づいて、「さしあたり、これは大丈夫」という手堅い政策だけを採択する。それくらいしかできないと思います。