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天皇制についてのインタビュー(第3回) ☆ あさもりのりひこ No.391

僕は安倍政権の人々からは天皇に対する素朴な崇敬の念を感じません。彼らはただ国民の感情的なエネルギーを動員するための「ツール」として天皇制をどう利用するかしか考えていない。

 

 

2017年5月16日の内田樹さんのテクスト「天皇制についてのインタビュー」を紹介する。

どおぞ。

 

 

― しかし安倍政権の対応は冷ややかでした。

 

官邸の人たちには鎮魂や慰藉ということが統治者の本務だという意識がないからでしょう。天皇は権力者にとって「玉」、「御輿」でいいと、そう思っている。僕は安倍政権の人々からは天皇に対する素朴な崇敬の念を感じません。彼らはただ国民の感情的なエネルギーを動員するための「ツール」として天皇制をどう利用するかしか考えていない。そのためには天皇を御簾の奥に幽閉しておく必要がある。国事行為だけやっていればいい、個人的な「お言葉」など語ってくれるなというのが政権の本音でしょう。それに、今回、陛下が天皇制の「あり方」についてはっきりしたステートメントを発表された背景には、安倍政権が国のかたちを変えようとしていることに対する危機感が伏流していると私は思っています。

正面切っては言われませんけれど、僕は感じます。

 

―― 天皇陛下のお言葉は、そもそも日本にとって天皇とは何か、という問題を提起していると思います。

 

この70年間、私も含めて日本人はほとんど「天皇制はいかにあるべきか」について真剣な議論をしてこなかった。私が記憶する限り、戦後間もない時期が最も天皇制に対する関心は低かったと思います。「天皇制廃止」を主張する人が周りにいくらもいたし、冷笑的に「天ちゃん」と呼ぶ人もいた。それだけ戦時中に「天皇の名において」バカな連中がなしたことに対する不快感と嫌悪感が強かったのだと思います。東京育ちの私の周囲には、天皇に対する素朴な崇敬の念を表す人はほとんどいませんでした。私もそういう環境の中で育ちましたから、当然のように「現代社会に太古の遺物みたいな天皇制があるのは不自然だ。何より立憲デモクラシーと天皇制は原理的に両立するはずがない」と思っていました。その頃に天皇制の存否についてアンケートを受けたら、たぶん「廃止した方がいい」と答えたと思います。

しかし、それからだんだん大きくなって、他の国々の統治システムについて知り、自分自身も政治的なことにかかわるようになって、話はそれほど簡単ではないと思うようになりました。ソ連や中国のような国家は、たしかに単一の政治的原理に基づいて統治されているわけですけれども、どうも息苦しい。そういう国では権力者たちはほとんど不可避的に腐敗してゆく。アメリカやフランスの場合は、それとは逆に頻繁に政権交代が行われ、対立する二つの統治原理が矛盾葛藤しているけれど、どうもこちらの方が住みやすそうに見える。そういう国の方が統治者が間違った政策を採択したあとの補正や復元の力が強い。どうやら「楕円的」というか、二つの統治原理が拮抗している政体の方が「一枚岩」の政体よりも健全らしい、そう思うようになりました。

翻って日本を見た場合には、天皇制と立憲デモクラシーという「氷炭相容れざるもの」が拮抗しつつ共存している。でも、考えてみたら、日本列島では、卑弥呼の時代のヒメヒコ制から、摂関政治、征夷大将軍による幕府政治に至るまで、祭祀にかかわる天皇と軍事にかかわる世俗権力者という「二つの焦点」を持つ楕円形の統治システムが続いてきたわけです。この二つの原理が拮抗し、葛藤している間は、システムは比較的安定的で風通しのよい状態にあり、拮抗関係が崩れて、一方が他方を併呑すると、社会が硬直化し、息苦しくなり、ついにはシステムクラッシュに至る。

大日本帝国の最大の失敗は、「統帥権」という天皇に属し、世俗政治とは隔離されているはずの力を帷幄奏上権を持つ一握りの軍人が占有したことにあります。「統帥権」というアイディアそのものは天皇の力を不安定な政党政治から隔離しておくための工夫だったのでしょうが、「統帥権干犯」というトリッキーなロジックを軍部が「発見」したせいで、いかなる国内的な力にも制約を受けない巨大な権力機構が出来てしまった。拮抗すべき祭祀的な原理と軍事的な原理を一つにしてしまうという日本の政治文化における最大の「タブー」を犯したせいで、日本は敗戦という巨大な災厄を呼び込んだ。私はそう理解しています。

 

だから今は、昔の私みたいに「立憲デモクラシーと天皇制は原理的に両立しない」と言う人には、「両立しがたい二つの原理が併存している国の方が住みやすいのだ」と言いたい。単一原理で統治される「一枚岩」の政体は、二原理が拮抗している政体よりもむしろ脆弱で息苦しい。それよりは中心が二つの政体の方が生命力が強い。日本の場合は、その一つの焦点として天皇制がある。これは一つの政治的発明だ。そう考えるようになってから僕は天皇主義者に変わったのです。