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街場の五輪論 むかしの前書き(前編) ☆ あさもりのりひこ No.404

その「野生の勘」が五輪開催によって日本社会のさまざまなシステムの劣化と崩壊は加速するだろうと告げている。

 

 

2017年7月31日の内田樹さんのテクスト「街場の五輪論 むかしの前書き」を紹介する。

どおぞ。

 

 

久米宏さんが五輪反対の論陣を孤軍で死守されているので、それを応援する意味で、だいぶ前(4年くらい前)に出した『街場の五輪論』(平川克美、小田嶋隆との鼎談)の「まえがき」を採録する。

五輪についての私の意見はこのときとまったく変わっていない。

久米さんによると、1000億円の違約金を払えば五輪は返上できるそうである。

その方が「まだまし」だと私も思う。東京都民が「それでもやりたい」というのなら「お好きにどうぞ」という他ないが。

 

五輪招致が決定したときのテレビ放送を私は見ていない。もともとほとんどテレビを見ないし、五輪の中継もシドニー五輪のマラソンからあと見たことがないし、今回の五輪招致事業にも何の興味がなかったからである。

ところが、朝起きたら、寝不足気味の妻が五輪開催地が東京に決まったと教えてくれた。その前の猪瀬都知事のニューヨークでのイスラーム圏蔑視失言に露呈した夜郎自大なナショナリズムと五輪精神の軽視によって、IOCの委員たちは東京開催を見限ったはずだと思っていたから結果には驚いた。

そのあと新聞を開いたら、「お・も・て・な・し」という見出しが大きく出ていて、プレゼンテーションがうまかったので招致に成功したという話になっていた。

なんだか気鬱になっていたら、あちこちのメディアから「五輪招致成功についてどう思いますか」と取材された。そのたびに「うんざりしてます」と答えていた。どうしてこんなに同じ話で取材が続くのかと思って、何度目かに新聞記者に理由を訊いてみた。すると「ウチダさんの他には『五輪招致に異議あり』と公言する人がきわめて少ないのです」ということだった。せっかく国民的気分が盛り上がっているときに、冷水を浴びせるようなことを言うのは「空気が読めないやつ」だということなのだろう。

そのときに「僕以外に『五輪に異議あり』というコメントを取れたのは誰からですか?」と訊いたら、「想田和弘さんと小田嶋隆さんです」と答えたので、苦笑してしまった。なんだ、知り合いばかりじゃないか。意固地で偏屈な人間たちが「似たもの同士」で固まって棲息しているというふうに世間からは見えているのだろうと思った。

でも、この言論状況はかなり危険ではないかと思う。

 

私は「空気を読む」ということについてはきわめて敏感な人間である。経験的に言って、時代の「潮目の変化」を見落としたことはこれまで一度もない。地震が来る前になまずが騒いだり、鳥が泣き叫んだりするのとあまり変わらない原始的な本能の発露であるけれど、地殻変動的な社会の変化の予兆を感知しそこなったことはない。その「野生の勘」が五輪開催によって日本社会のさまざまなシステムの劣化と崩壊は加速するだろうと告げている。問題は、私の他にそういうふうに感じている言論人がほとんどいない、あるいはいるけれど発言を控えているということである。