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シンギュラリティと羌族の覚醒(後編) ☆ あさもりのりひこ No.457

 

文字を持ち、時間意識を持つことで人間は集団的に「ヴァージョンアップする」

  

2017年9月1日の内田樹さんのテクスト「シンギュラリティと羌族の覚醒」を紹介する。 

どおぞ。

  

 

殷代に犬や羊や牛とともに、しばしば宗教儀礼において犠牲にされた「羌族(きょうぞく)」という人種集団がいる。昨日読んだ甲骨文も「三人の羌人と九匹の犬を生贄に捧げることの可否を卜占する」ものだった。 

安田さんの仮説では、羌族の人々は時間意識を持っていなかったのではないかと言う。だから、狩られて、捕らえられ、幽閉され、餌を与えられ、引き出されて生贄にされるときも、我が身に何が起きるのか想像することができなかった。それゆえ、不安も恐怖もなかった。自分たちを狩る人間たちに対する怨恨も憎悪も感じなかったし、狩られたことについての後悔も反省もなかった。かつて我が身に起きたことと今我が身に起きていることの因果関係がわからないのなら、そんなもの感じようがない。 

その羌族がのちに周族と同盟して、殷の紂王を滅ぼし、周を立てる。 

このとき羌族を率いて殷と戦ったのが太公望である。 

ということは、ある時点で羌族は時間意識を持ったということである。 

そして、それまでただ狩られるだけの存在だった「羊のような」部族がいきなり「狼のような」強大な戦闘集団に化した(たぶん)。 

この羌族の恐るべき変貌は殷周代の人々に強烈な印象を残したはずである。 

でも、文字を持ち、時間意識を持つことで人間は集団的に「ヴァージョンアップする」という歴史的事実は抑圧された(おそらくは時の権力者たちが統治上の安定を保持するために)。 

そして、時間意識を持たぬ人たち(狙公や「守株」の農夫)の笑い話のうちに「前singularity期の人間」の相貌がかろうじて伝えられた・・・・ということではないのだろうか。 

孔子が「仁」という言葉で言おうとしたのが何であるかはわからないけれど、それは「人間のヴァージョンアップにかかわる技術」のことらしいと安田さんは昨日言われた。そして、孔子はその仕事を顔回が成し遂げるだろうと期待していた、と。 

でも顔回は夭逝して、その「転換」は実現せず、孔子は失望のうちに死ぬ。 

孔子が顔回とともに範とするのは周建国の立役者である周公である。 

なぜ周公なのか。 

この仮説の当否については今度安田さんに聞いてみたいけれど、それは太公望経由で羌族の「覚醒」をもたらしたのが周公だったからではないか。 

羌族はそれによって短期間にかつて自分たちを狩っていた者たちを狩るほどの能力を身に着けた。 

どうでしょう、安田さん。この仮説、けっこういけませんか。 

というふうに妄想が次々と湧いてくるのが安田さんの話を聞いて頭が攪拌されてしまったことの効果である。 

ああ、安田さんともっと「ほんまでっか古代史」についてお話したい。