〒634-0804

奈良県橿原市内膳町

1-1-19

セレーノビル2階

なら法律事務所

 

近鉄大和八木駅から

徒歩3分

 

電話 

0744-20-2335

尖閣インシデント(後編) ☆ あさもりのりひこ No.502

それは雪崩のようなものだ。君たちが知っているのは、それがいつかは終わるということだけだ。でも、君たちはどうやってそれが終わるのか、なぜ終わるのかを知らないし、それがどれほどの被害をもたらすかも知らない

 

 

2017年12月20日の内田樹さんのテクスト「尖閣インシデント」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

尖閣インシデント 第三日

事態が急変したのは、中国の沿岸警備隊軍用艦船が諸島の周辺を回航していた日本の漁船とトラブルを起こした時である。日本の艦船はこれに対して放水と電気的攪乱装置の発動によって対抗した。その間、日本の戦闘機は中国艦船の上空を低空飛行して威嚇した。これに対して、中国軍のフリゲート艦が30ミリの近距離弾を飛行機に向けて発射した。日本軍は中国艦船に対して発砲した。ただちに中国軍の戦闘機と対艦船ミサイルによる反撃がなされ、たちまちのうちに予測されなかった展開になった。数分のうちに日本の艦船のうち二隻が沈没、約500人の乗組員が死んだ。

両国軍を結ぶ「ホットライン」メカニズムを含む東京と北京の間の外交的コミュニケーションは感情的高ぶりのうちに断絶した。中国軍に艦船数で劣る日本はさらなる損失を恐れて、ワシントンに救援を求めた。参戦を求める群衆が東京のアメリカ大使館を取り囲んだ。北京では怒り狂った群衆がやはりアメリカ大使館を取り囲んだ。アメリカのケーブルニュースは口から泡を飛ばしてアメリカはいつ日本の救援に向かうべきかを論じ、議会では議員たちが好戦的な言辞を弄していた。

 

戦争ゲームのタイムライン

第一日 日本のウルトラナショナリストが東シナ海の小島に国旗を立てる。北京は海軍艦船を派遣する。中国海軍は活動家を「逮捕」する。

第二日 日本は艦船と戦闘機を周辺に展開する。日本政府はアメリカに安保条約の相互防衛義務を訴える。アメリカは日本領土防衛支援を約束し、潜水艦を日本近海に展開する。

第三日 対決の後、中国艦船が日本の船舶二隻を沈める。アメリカの潜水艦が中国軍の駆逐艦二隻を攻撃して撃沈する。両陣営で数百人の死者が出る。

第四日 中国、カリフォルニアのパワーグリッドとNASDAQにサイバー攻撃をかける。中国軍のミサイルが日本軍に甚大な被害を与える。

第五日 中国軍の攻撃によって日本の海軍力の20%が失われる。日本の経済的なハブが攻撃対象となる。アメリカは日本政府からの中国艦船へのさらなる攻撃要請を拒絶する。その代わり、日本軍の撤退を掩護する。中国が勝利宣言。

われわれはホワイトハウスにいたのだが、行動を起こすようにという圧力が高まっていた。そこで、われわれの戦争ゲーム・マスターは一連のオプションを示した。第一は発砲を控え、何もせず、戦争を回避すること。これはアメリカの信頼性を損ない、日本海軍の崩壊を座視することになる。第二は、中国に対してサイバーアタックを実施して、直接の軍事行動は起こさないというシグナルを送ること。第三はアメリカの潜水艦の乗組員にリスクが生じないように潜水艦を使った報復の動きをすること。極端な選択肢としては、中国本土の軍事拠点への攻撃という大規模なエスカレーション行動がある。それは中国は歴史上最強の国家との紛争に巻き込まれたという誤解の余地のないメッセージを送ることになる。

結局、われわれは日本の規模は小さいけれど有用な海軍を戦闘から守ることを心がけ、全方位からの圧力を感じながら、二隻の駆逐艦を魚雷で攻撃し、数百人の乗組員を殺害して、われわれの同盟国を支援する決意を示すメッセージを北京に送るというオプションを選んだ。

Shalpakはその時われわれに向かってこう言った。「さて諸君はいま中国人の血を流した。米中戦争を始めたのだ。」

 

尖閣インシデント第四日

北京の指導部はこれに驚いた。北京はこれは日本と中国の間の戦闘であり、アメリカにかかわりのないことだということを明らかにしていたからだ。しかし、これで事態は一変した。中国軍はこの数十年で強化されたように、中国の社会もかつてとは違うものになっていた。1979年に中国は越中戦争でベトナムに苦杯を喫したがそれは国内的な政治的バックラッシュを呼び起こさなかった。今や数億の中国のネチズンたちが撃沈された二隻のために怒り、報復を求めていた。

Shalpakはここでわれわれを「レッドチーム」すなわち中国に移した。われわれに提示されたオプションは、第一は沈められた船のことは忘れる(中国のナショナリストのことも忘れる)そして、戦闘を本来の方向にコントロールすること。第二は米国の艦船(日本近海にいる駆逐艦のような防御力の弱い艦船)を撃沈して、帳尻を合わせること。第三は沖縄の米軍基地をミサイル攻撃するという意図のはっきりした反攻を行うこと。

われわれはそれ以外のオプションを探した。

ナショナリストからのバックラッシュを無視して、われわれは米軍に一定の被害を与えるけれども、できるだけ死傷者が出ないような抑制された手段を選んだ。それは日本軍に対しては引き続き軍事攻撃は加えつつ、アメリカに対しては、サイバーアタックと財政的資源における非対称的な力を解き放つことにしたのである。

われわれはアメリカの電力グリッドに埋め込んでいたマルウェアを作動させて、ロサンゼルスとサンフランシスコを暗黒のうちに沈めた。NASDAQのストックマーケットのオートマティック・トレーディングを操作して、何千億ドルもの資産を消した。パニックはあっという間にファイナンシャル・マーケット全体に広がった。われわれはまたわれわれが所有するアメリカ国債の一部を売り払い、米ドルは急落した。

 

尖閣インシデント 第五日

その間も中国軍は尖閣周辺の日本の艦船を攻撃し続けた。24時間以内に日本の海軍力の20%が破壊され、数百人が死んだ。中国は日本経済に対する攻撃も始めた。脆弱なパワーグリッドを機能停止させ、ジェット燃料の精油所を吹き飛ばした。

国内における大規模な混乱と海軍力の喪失に直面して、日本政府は再びアメリカに出動を要請した。日本政府は三つの具体的な要求を行った。第一に、日本艦船を防衛するためにこれまで何十年も日本がその母港を提供してきたアメリカの空母艦隊を派遣すること。第二に、中国の艦船への攻撃を強めること。第三に、中国本土の対艦ミサイルの拠点を攻撃すること。

ワシントンにとってはこれはいずれも採択することのできないオプションであった。「これらの条約上の責務はほんの二三日前まではもっと重要なものに思えたのだけれど」とキースはつぶやいた。

われわれの直感的な反応は、大虐殺が始まってリスクが拡大する前に事態を収束することだった。われわれがまずしたのは、アメリカは中国本土に攻撃を加える段階にはまだ至っていないこと、そして、日本政府が中国に対して行う攻撃作戦には参加するつもりがないと日本人に告げることであった。空母を派遣することは、それが中国のミサイルによって撃沈されるリスクがある以上論外だった。われわれは日本政府に対して、尖閣周辺海域からの日本の艦船の撤収を掩護するために潜水艦と航空機を派遣することを提案した。そうすることによってアメリカは中国との全面戦争を回避し、日本の海軍が壊滅し、日本経済が息の根を止められる前に戦闘を終結させることができると考えたのである。

この選択は「作戦的には賢い」とShalpakは評した。しかし、それは中国を戦術的勝者とすることになると続けた。北京はアメリカと日本という二国を相手にして、勝利を収めたことになる。そして、中国は尖閣諸島を手に入れた。それは長期的には中国がこの地域での王位を手に入れたということである。日本もそれ以外のアジア諸国も、軍事的経済的に中国に対抗するためにこれまで以上の資源を費やさなければならなくなるだろう。

どのシナリオでも、「得をするものは一人もいない」とShalpakは言う。

もしわれわれが日本政府の要請を受け入れていたら何が起きただろう?

ゲームの帰結は次の通りだ。

米国は人道支援および災害対策チームを日本に送り、日本の本土防衛を支援する。尖閣にあまり近づかないエリアに空母を派遣する。中国海岸にあるミサイル基地に対して正確な攻撃を行って、これがあくまで限定的なものであることを中国政府に示す。

話を短くすると、戦争が長引くことで得をする国は三国のどこにもいない。

アメリカのミサイルが中国本土に雨あられと降り注ぐ。日本の商業用輸送船は公海で爆発する。中国の新海軍は冷酷な海底戦で短期間に艦船を失う。その報復として、中国軍は沖縄の嘉手納基地を跡形もなく爆撃する。空母ジョージ・ワシントンを「空母キラー」ミサイルで待ち伏せ攻撃し、空母を傷つけ海域からの撤収を余儀なくされる。死傷者は三国で数千人に達する。

「どういうことになるか、わかっただろう」とShalpakはわれわれに言った。

米軍は中国の海軍基地を攻撃し、中国の唯一の空母を標的にすることはできるし、場合によっては中国経済を締め付けるために南シナ海を封鎖することもできるだろう。けれども、日本海軍を保全することも日本領土を守ることもできない。それからも中国は無限の攻撃を日本に加え続けることができるだろう。

これらのシナリオを何年にもわたった検討してきた結果、Shalpakが得た結論は、大国間の戦争が内在するリスクを理解することの重要性である。それは近年のアメリカ軍の冒険に見られるような一国主義的行動以上のリスクをもたらす。

「それは雪崩のようなものだ。君たちが知っているのは、それがいつかは終わるということだけだ。でも、君たちはどうやってそれが終わるのか、なぜ終わるのかを知らないし、それがどれほどの被害をもたらすかも知らない」そう言って彼はテーブルを叩いた。

尖閣列島をめぐる日中の紛争にはまり込むことはアメリカにとって危険なことであり、それはどのような魅力的な帰結も期待させてはくれない。

「この戦いにかかわることは最大級の戦略的失敗だ。」と彼は言う。

 

われわれは東シナ海における短期の汚い戦いの後に、いくつかの教訓を手に、意気消沈して立ち去ることになった。