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安倍政権を支持しているコアな層(日本の有権の30%強)は別に合理的根拠に基づいて政権を支持しているわけではではありません。
2018年6月7日の内田樹さんの論考「韓国のネットメディアからのインダビュー」を紹介する。
どおぞ。
5月の中頃に韓国の「ニューストップ」というネットメディアからメールで取材があった。
なかなか答えにくい質問だったけれど、とにかくこんなふうにお答えした。月末に返信したので、今日あたり韓国内で配信されたのではないかと思う。
南北対話、米朝対話の進行と安倍政権の動きについてのお訊ねであった。
(1)最近の南北首脳会談の板門店宣言で、これまで外部(具体的には北朝鮮)の脅威から日本を守るために、「日本を取り戻す」(戦後レジームからの脱却 = 普通国家化、憲法9条改悪)という安倍総理のプロパガンダも国民に受け入れられにくくなるものと考えられますが、いかがでしょうか。
北朝鮮の脅威を根拠に、改憲や軍事力増強を正当化してきた安倍政権のプロパガンダそのものはこれで説得力を失います。しかし、安倍政権を支持しているコアな層(日本の有権の30%強)は別に合理的根拠に基づいて政権を支持しているわけではではありません。
ですから、北朝鮮の「危機」なるものがいくぶんか解消されたとしても、彼らは改憲や軍事力増強が必要であることの根拠はまた別のところから探してくると思います。例えば、中国の東シナ海への領土的野心とか、アメリカの東アジアでのプレゼンスの低下による地政学的なエアポケットの発生とか、あるいは南北統一後に登場する朝鮮半島の新たな政体の対日軍事圧力の強化とか・・・いくらでもそれらしい理由を思いつくはずです。
(2)日本の極右政治勢力などは自らの思想的ルーツが国体論、つまり個人主義と民主主義を排撃し、天皇中心の調和を強調する政治イデオロギーに基づいているように振る舞ってきました。 しかし、私が見ますとその真実性が疑わしいのですが、先生の見解はいかがでしょうか。
伝統的に日本の極右は「天皇主義」を掲げていますが、明治以来現在に至るまで、日本の極右は自分たちの当面の政治的目的達成のために、そのつど天皇制を功利的に利用してきたに過ぎません。天皇の威を借りて私利私欲を満たそうとする人々を「天皇主義者」と呼ぶことに私は同意しません。
また日本の極右は「外国軍軍隊が半永久的に国内に駐留していることに一切異議を唱えない」世界でも例外的な「ナショナリスト」ですが、そんな奇妙なことが可能なのは、日本の極右は、天皇のさらに上位にアメリカがいることを知っており、このアメリカという「日本の真の支配者」に忠誠を誓っているからです。
ですから、日本の極右はあくまで「属国・衛星国の極右」であって、その忠誠の対象は「自国の天皇」でも、「自国の政治勢力」でもなく、「その上にあるもの」です。
そのような意味において、彼らを、その語の厳密な意味で、「ナショナリスト」とか「天皇主義者」と呼ぶことはできないと私は思っています。これに似た政治的存在を探すならば、かつてのナチス支配下のヨーロッパ諸国における「対独協力者」たちや、ソ連支配下の東欧諸国における「共産主義者」がそれに近いと言えるでしょう。
(3)これはかつて岸信介などが米国から自由世界の指導者として認めてもらうため、強い反共イデオロギーを掲げたことと関連していると思います。 民主主義について同意するかどうかに関係なく、ひとまず米国中心とした「自由世界」の論理、つまり強力な反共主義に基づいていると思いますが、先生の見解を聞かせて下さい。
彼らのアメリカへの忠誠は「反共主義」といえるほどイデオロギー的なものではないと思います。むしろこれは73年にわたって対米従属を続けてきたことの結果だと私は見ています。
強大な政治的パワーに従属し、その指示に従い、その保護を受けることを通じて、それにたいする「ごほうび」として強大な権力者に自己利益を確保してもらう、そういう従属的な生き方が深く内面化してしまった人たちがいます。そして、日本では、彼らが政官財メディアの指導層を占めている。
彼らは反共主義にも、民主主義にも、自由世界にも、そういう理念やイデオロギーには特段の関心はないと思います。たまたま今は「宗主国」であるアメリカがそのような大義名分を掲げている国家なので、それに対して親和的にふるまっている。それだけのことです。彼らはアメリカの属国ではなくソ連の属国に生まれたら、立身出世のためには共産主義や一党独裁を熱狂的に支持してみせるでしょう。そういうタイプの人間たちです。
(4)最近、欧米諸国でも右翼政治勢力が大衆的支持を得て、一国主義を平気で主張している人達が増えて来ています。 先程の質問と同様に、彼らが考えていることは自分たちの政治的利益だけで、公共的目的とは無関係だと思いますが、いかがでしょうか。
長期的に考えれば、一国主義や排外主義が支配する非寛容で閉鎖的な社会はいずれは生命力を失い、国運そのものも衰微してゆくことになります。けれども、短期的には「この社会がこんなにうまくゆかないのは誰のせいか?」という他責的な問いですべての問題が解決できる(ような気がする)。これはずいぶん気楽なことです。その目先の安心を求めて、長期的な国のあり方について考えることを停止した人たちが、世界のどこでも多数派を占めつつある。そういうことだと思います。
(5)朝鮮半島の和解ムードの造成による変化によって、安倍総理は韓国の結果に便乗する対北朝鮮政策で政治的な勝負に出ようとしています。拉致問題と日朝国交正常化がそれだと予想していますが、彼は今までそれに関して何の努力もしていないと思いますが、 先生のご意見を聞かせて下さい。
ご指摘の通り、安倍首相は半島の政治的難問の解決のためにこれまで何一つ貢献してきておりません。ですから、彼が何らかの「政治的勝負」に出ようとしても、近隣諸国は彼を重要な外交的なプレイヤーとして処遇することはないでしょう。
ただ、支持率が低下して政治生命の危機を迎えた安倍首相に外交的得点を与えるという「餌」で釣って、拉致問題や国交正常化で北朝鮮が日本に譲歩する「ふりをする」ことはおおいにあり得ます。それと引き換えに制裁の解除や経済支援などを引き出そうとする。今の日本政府だとその「餌」にとびついて北朝鮮にいいようにされる可能性は否定できません。
(6)私は日本はもちろん、北東アジアの民族主義ということについて懐疑的です。 近代の民族国家を構成する理念としてのナショナリズムではなく、人種主義に過ぎないというのが結論です。 自分のアイデンティティに対する規定ではなく、他者に対する否定から始まり自己強化、確証バイアスにもつながったということです。アジア人民はこのような限界、あるいは慢性的な問題を克服できるのでしょうか。
ナショナリズム・レイシズムの克服は原理的に困難だと思います。人間は精神の安定を得るためには、ある種の集団に深く帰属しているという政治的「幻想」をつねに必要としているからです。人間のこの本質的な「弱さ」を受け容れた上でしか、ナショナリズム・レイシズムの批判は始まらないだろうと思います。
いま、世界中でナショナリズム・レイシズムが亢進しているのは、どこの国でも人々が「ある種の共同体に深く帰属している」という実感を持ちにくくなったせいだからだと私は思っています。家族も地域共同体も、疑似家族としての企業共同体も、すべてが解体のプロセスにある。その中で原子化・砂粒化した個人が、「国家」や「人種」という最後の幻想に必死にしがみついている。
この難問を解決するためには、ひとりひとりが帰属できる共同体、相互扶助的な手触りのたしかな共同体を国民国家の内部にもう一度構築するほか手立てはないと私は考えています。私が現在、日本国内で行っている活動は、そのような「小さな相互扶助的な共同体」の再構築の試みです。同じような志を持ち、同じような共同体再生をめざしている人は、世界の各地にすでに広く存在していると私は信じています。