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「目先の銭金」と「先行きの懸念」ではためらわず「先のことは考えずに、目先の銭金を取る」というのが当今の官民あげての風儀である。
2018年6月14日の内田樹さんの論考「カジノについて」を紹介する。
どおぞ。
ある地方紙に月一でエッセイを連載している。ふつうの人の目に留まらない記事なので、ブログに採録。
カジノ法案がもうすぐ採択されそうである。賛成派は観光客の増加、雇用の増大などの経済効果を語り、反対派は依存症対策の遅れや治安悪化の不安を語っている。とりあえず、カジノ誘致が決まれば、地元のゼネコンは当座の大きな仕事が発生するし、関連する業界もすぐに日銭が入ってくるので大歓迎だろう。依存症患者が出てきて社会問題になるにしても、治安が悪化するにしても、何年か先の話だ。「目先の銭金」と「先行きの懸念」ではためらわず「先のことは考えずに、目先の銭金を取る」というのが当今の官民あげての風儀である。衆寡敵せず、カジノは反対派を蹴散らしてめでたく建設されることになるだろう。
けれども、それでもいくつもの疑問には答えがないままである。第一の懸念材料は人々が期待するほどカジノは儲からないのではないかというカジノ専門家たちからの意見である。
カジノはすでに世界的に競争が激化しており、なんとか帳尻が合っているのはラスヴェガスとシンガポールくらいだと言う。ニュージャージー州アトランティックシティは東海岸最大の賭博都市であるが、カジノの収益はここ10年減少し続け、2014年には、2006年当時の5分の1にまで減益し、4つのホテルが閉鎖、12あったカジノのうち5つが閉鎖という。気になるのは、アトランティックシティではカジノの衰退に先んじて街そのものがさびれたことである。カジノ客を当て込んだが、街は早々と「シャッター商店街化」した。それも当然で、「博打を打ちに来る客をいかにしてカジノホテルの外に出さないか」こそがカジノ商売の骨法だからである。
この客をカジノホテルの外に出さないためのサービスのことを「コンプサービス(complimentary service、原義は「無料、優待、お愛想」)」という。
カジノでばんばん金を使うと、ホテル宿泊料やレストランでの飲食やショーの入場料が無料になったり割引になったりすることである。上客たちはVIPラウンジに招じ入れられ、チェックインカウンターやレストランでの優先待遇を受ける。客たちはそのサービスの質を基準にカジノを選ぶ。
今回の法案審議の過程で、「日本のカジノはどのようなコンプサービスで他国のカジノに勝てるのか」といった話題を私はついに一度も聞いた覚えがなかった。聞いたのはカジノの入場料が6000円なのは高いのか安いのかとか、地下鉄を延伸するとカジノに来やすいとかいう話だけである。千円札を握りしめて、地下鉄でカジノに来るような客を主たるクライアントに想定してしているのだとしたら、申し訳ないが、それはカジノではなく「大きなパチンコ屋」である。そんな「ビンボくさいカジノ」には外洋クルーザーや自家用ジェットで乗り付けて、一晩に何億も使う上客が来るはずがないと私は思うが、そういう懸念は賛成派の方々の脳裏には去来しなかったらしい。
あまり口にされないもう一つの懸念は、昔から「賭場の仕切りをするのは博徒」というルールがあることである。ラスヴェガスを創ったのはラッキー・ルチアーノの身内であったベンジャミン・“バグジー”・シーゲルである(『ゴッドファーザー』でマイケルの差し向けた刺客によって眼を撃ち抜かれたモー・グリーンのモデルである)。今のラスヴェガスはマフィアの手を離れて、合法ビジネスになっているそうだが、物資も人手も足りなかったはずの大戦のさなかに砂漠の真ん中に蜃気楼のような賭博都市を作り上げたプロジェクトの金主がニューヨーク・マフィアだったという歴史的事実は忘れてはならない。
大阪のカジノはラスヴェガスのカジノ会社が仕切るらしい。アメリカの侵攻に対して地元の「本職」の方々はどう対応するつもりなのであろうか。山口組の分裂・弱体化とカジノ構想の進捗の間には何らかの関係があるのだろうか。なんだかありそうな気がするのだが、その辺のことについてはどんなメディアも一行も報じてくれない。