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株式会社化する日本について ☆ あさもりのりひこ No.610

原発だって、いつ次の事故が起こるかわからない。福島だって、事故処理は少しも片づいていないし、復興にはほど遠い。

 

 

2019年1月6日の内田樹さんの論考「株式会社化する日本について」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

鳩山・木村鼎談本の「第二章」からちょっとだけ抜き出し。

 

僕は「株式会社化」した政権だというふうに見ています。安倍政権は、僕が生まれてから見てきた中で、「株式会社的である」という点で際立っていると思います。

大した政治的見識もないし、指導力もない。統率力もないし、器量も小さな人物が、これほど長期にわたって政権を安定的に維持できているというのは、実際には彼の政治的な力というよりも、彼のキャラクターが株式会社のCEOのキャラクターに期待されているものと一致しているからだと思います。

第一は、当期利益第一主義です。「いまさえよければ、それでいい」という刹那主義です。株式会社の経営者は四半期でことの適否を判断する。それも当然で、この四半期を乗り切らないと先がないからです。三〇年後、五〇年後の展望なんて語ってもしかたがない。今期、利益が出せなくて、株価が下がったら、来年はもう会社自体が存在しないかも知れない。だから、先のことなんか考えても仕方がない。あとにどのような大きなリスクを抱え込むことになっても、とにかく今期の利益を上げることが最優先する。

それが当期利益至上主義者の考え方ですけれど、安倍政権はまさにそれです。そして、それは実際に多くの企業経営者にとって親和性の高いマインドなんです。

第二は、自分たちの経営の適切性を、非常にシンプルな数値で示そうとすることです。企業なら、売り上げ、利益率、株価といったところで経営の適否は判定できます。安倍政権が政権の適切性の指標として採用しているのはいまは株価だけです。株価が高値であるということ一事をもって「われわれの統治は成功している」と言い張っています。

もう一つ、選挙結果の数字もよく使います。議席占有率が高いのは、民意を得ているということだから、われわれは何をしてもよいのだというロジックを駆使している。

でも、株価なんか、日替わりで動く指標です。そんなもの、日本の将来を三〇年、五〇年、一〇〇年のスパンにかかわるような政策の適否を判断する上で何の参考にもならない。これから先、超少子化、超高齢化によって、日本の国の形は激変します。AIの導入による雇用喪失もいくつかの産業セクターで、短期的かつ急激に起きることが確実です。原発だって、いつ次の事故が起こるかわからない。福島だって、事故処理は少しも片づいていないし、復興にはほど遠い。

長期的視点に立てば、先に備えていますぐに手を着けるべきことは無数にあるんです。でも、安倍政権はそういう長期的な枠の中での話にはほとんど関心がない。目先のことしか考えない。一週間とか一月という短期的なスパンの中での政治的な効用、それだけしか考えていない。

 

佐川財務局長が、今度国税庁長官に登用されましたね。首相に対する忠誠を評価した論功行賞人事ですけれど、それによって「首相におべっかをつかうといいことがある」ということを公務員たちに周知徹底させるという効用はあった。でも、この人事で国民の納税意欲は有意に減退するわけじゃないですか。

国民の納税意欲を損い、財務省という役所に対する国民的な信頼を傷つけるような人事なわけです。長期的に考えたら、巨大な国益損失につながるわけですけれども、自分のために嘘をついた一役人を抜擢してみせる。そうすると、短期的には、そこに努力と報酬の相関関係が可視化される。首相におもねる行動をとれば、必ず報奨が与えられる。それが確約されている。信賞必罰のシステムが完成していること、それを誇示することがこんどの国税庁長官人事のほんとうの目的だと思います。

もちろんこのシステムは短期的なものに過ぎません。政権が続く限りしか存続しない。でも、このシステムが短命なものであるということは、官僚たちでも、いっしょに寿司を食っているジャーナリストたちもあまり気にしていない。官僚もジャーナリストも一度職位が上がったら、もう下がるということはない。うまい具合に自分が満額の退職金をもらって退職するまで政権がもったら、在職中はずっと「陽の当たる場所」にいられる。

ですから、短期的なスパンで考えれば、安倍政権におもねることは合理的な選択なんです。長期的な国益を勘案した場合は、官邸の判断に疑問を抱いている官僚もジャーナリストも学者いるはずなんです。でも、それについていまここで正論を吐いても何の見返りもない。たちまち冷や飯を食わされることがわかっている。だったら黙っている方が賢い。

これは日本だけでなく、エリートというものに共通する特徴だと思うんですけれど、「出世する」ことを私利私欲の追求だとは思っていないんですね。「自分のように卓越した人間」がこの国の舵取りをするポジションにいる方が国のためだし、国民の幸福のためだという正当化をしている。安倍は不出来な為政者だけれど、こいつを担いでいると自分が出世できる。「自分のような卓越した人間」が上に立つことは日本の国益を増大させることである、と。エリートはこういうロジックを組み立てるんです。そうすると、権力者におもねることの心理的苦痛が軽減される。私利私欲のためにやっているのではなく、天下国家のために「あえておもねっている」のだという正当化が成り立つと本人の精神衛生にはいいんです。おべんちゃらを言っている官僚も、寿司やしゃぶしゃぶを一緒に食っているジャーナリストもみんなそうやって自己正当化しているんだと思います。

 

橋下徹元大阪市長が市政改革に当たって「民間ではありえない」と言ったときに大阪市民は拍手喝采しましたけれど、それは要するに「行政は株式会社に準拠して再編すべきだ」ということに賛成したということです。行政も医療も教育も社会福祉も、あらゆる社会制度は株式会社に準拠して制度設計されるべきであるという「暴論」に対して、ほとんどの有権者が同意した。そういう考え方は「おかしい」と指摘したメディアは、僕の知る限り、ひとつもなかった。それほど株式会社という組織形態が現代社会では支配的なものになったということです。

でも、逆に言えば「それだけ」の話しなんです。「民間ではありえない」なんていうフレーズは例えば戦後すぐの農業人口が50パーセント近かった時代には何の意味も持たなかった。そのときの「民間」の支配的な形態は農業だったからです。そんなところで「組織マネジメント」だとか「費用対効果」だとか言ったって、誰も聞きゃしません。みんなにとって「当たり前」だと思えることの多くは、期間限定な「当たり前」であって、少しタイムスパンを広げて見れば、しばしば意味不明なことなんです。

 

だから、安倍さんが長期政権を保持できているのは、株式会社をすべての組織の原型と考え、政治家を株式会社のCEOだと考える「ある特異な時代」にジャストフィットしたからだというのが僕の考えです。その点では、金正恩とも、ドナルド・トランプともよく似ていると思います。改憲にせよ、「戦争ができる国」にせよ、独裁制にせよ、はっきりとした自分のアジェンダがあって、それに賛成する従業員を重用して、反対する従業員はクビにする。自分に逆らう人間は平気で留置所に放り込む。逆に、自分におもねってくる人間には、気前よく餌を撒き散らす。

でもこれって、民間企業のCEOとしては悪くない資質なのです。株式会社のCEOというのはむしろそうでなければいけない。明確なビジョンを掲げて、「われわれはこうしたい」と明らかにして、それを支持するものを登用し、反対するものは追い払う。経営の適否は売上とか、株価とかで短期間に数値的に考量される。経営者の適否は「マーケット」が判定するものであって、従業員には判断する資格はない。

 

だから僕が政権批判をすると、びっくりする若い人がいるんです。「え? 何、それのどこがいけないんですか?」って。「だって、うちの会社と同じですよ」って。彼らは安倍さんが社長で、自分たち国民はその会社の従業員だと思っている。だから、「従業員が経営方針に口出す会社なんかないでしょ」ときょとんとしている。「経営方針の適否を決定するのは従業員じゃなくて、マーケットでしょ」と言うのです。そういう「従業員マインド」と対米外交における「属国民マインド」とがブレンドされて、いまの日本の有権者たちの気分というものを形づくっている。だから、安倍政権の登場には、ある種の歴史的な必然性があったんだと思います。