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憲法について(その1) ☆ あさもりのりひこ No.667

憲法は書かれたらそれで完成するものではありません。憲法を完成させるのは、国民の長期にわたる、エンドレスの努力です。そして、その努力が十分でなかったために、日本国憲法はまだ「受肉」していると呼ぶにはほど遠い。

 

 

2019年3月31日の内田樹さんの論考「憲法について(その1)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

2018年の5月に日仏会館で憲法についての講演を行った。

護憲派はなぜ「弱い」のかという問題について考察した。この日は憲法学の泰斗である樋口陽一先生も客席にいて、ずいぶん緊張した。さいわい、講演後の打ち上げでビールを酌み交わしながら、「おもしろいお話でした」と言って頂いて、ほっとした。

 

今晩は。ご紹介いただきました内田です。

錚々たる憲法学者の方たちが例年憲法講演会をされているところで、私のような何の専門家かわからない人間が登壇するというのは、まことに申し訳ないことです。

時々改めて「あなた、何の専門家なの」って訊かれると、いつも返答に窮します。専門がないんです。いろんな分野に手を出して、いろいろな論点について一知半解のコメントをしているだけなので、ちょっと専門家に突っこまれると、すぐにしどろもどろになってしまう。

でも、せっかく手を拡げている以上、どのトピックについても「その分野の専門家が誰も言っていそうもないことを言う」ということを原則にしています。他の人がすでに言っていること、その領域では「常識」として共有されていることを僕が繰り返しても意味がありませんから。せっかく発言の機会を頂いたら、どんな分野のことでも、「まだ誰も仰っていないこと」を言う。そういう方針でおります。

ですから、憲法についても、「誰も言わないこと」を選択的に語ってきたのですけれども、最近は同じような意見を言って下さる方がだんだん増えてきました。僕が言わなくても言ってくださるのでしたら、わざわざ僕が出てくる必要はありません。白井聡さんなんかの書かれたものを読んでいると、「そう、その通りだ」と膝を叩いてしまいます。僕よりもはるかに見事に現状を分析しているので、こういう仕事はそういうできる人に任せて、僕はもっと違う分野に移動する時期かなとも思っております。それでもまだ僕や白井さんのような立場は圧倒的に少数意見ですので、当面は共同戦線を張って戦ってゆくつもりでいます。

 

僕が憲法に関して言いたいことはたいへんシンプルです。それは現代日本において日本国憲法というのは「空語」であるということです。だから、この空語を充たさなければいけない、ということです。

日本国憲の掲げたさまざまな理想は単なる概念です。「絵に描いた餅」です。この空疎な概念を、日本国民であるわれわれが「受肉」させ、生命を吹き込んでゆく、そういう働きかけをしていかなければいけないということです。

憲法は書かれたらそれで完成するものではありません。憲法を完成させるのは、国民の長期にわたる、エンドレスの努力です。そして、その努力が十分でなかったために、日本国憲法はまだ「受肉」していると呼ぶにはほど遠い。というのが僕の考えです。

もう一つ長期的な国民的課題があります。それは国家主権の回復ということです。

日本はアメリカの属国であって国家主権を持っていない。その国家主権を回復するというのはわれわれの喫緊の国家目標です。これはおそらく百年がかりの事業となるでしょう。これもまた日本国民が引き受けなければならない重い課題です。

そして、国家主権の回復という国民的事業を一歩ずつでも前に進めるためには、「日本国民は今のところ完全な国家主権を持っていない」という痛ましい事実を認めるところから始めなければいけません。

日本はアメリカの属国です。安全保障であれ、エネルギーであれ、食糧であれ、重要な国家戦略についてわれわれは自己決定権を有していない。この事実をまず国民的に認識するところから始めなければいけません。けれども、現在の政権を含めて、日本のエスタブリッシュメントはそれを認めていない。日本はすでに完全な国家主権を有しているという「嘘」を信じているか、信じているふりをしている。すでに国家主権を有しているなら、アメリカの属国身分から脱却するための努力の必要性そのものが否定される。この重篤な病から日本人が目覚めるまで、どれくらいの時間が要るのか、僕には予測できません。恐ろしく長い時間がかかることは間違いありません。

 

最初に「憲法は空語である」という考え方について、少しご説明を申し上げておきます。

憲法集会では、いろいろな団体に呼ばれます。もちろん、呼んでくれるのはどこも護憲派の方たちです。今日はちょっと違うようですが、護憲派の集会へ行くと、客席の年齢層が高いんです。ほとんどがお年寄りです。平均年齢はたぶん七十歳くらい。若い人はまず見かけることがありません。日頃から、駅頭でビラを撒いているの方たちもそうです。地域の市民たちが文字通り「老骨に鞭打つ」という感じで情宣活動をしたり、護憲派集会の会場設営の力仕事をされている。若い人が来ないんです。どうしてこんな老人ばっかりなんだろう。どうして日本の護憲派の運動は若い人に広がらないのか。

それはどうやら、若い人たちはむしろ改憲派の言説の方にある種のリアリティーを感じているかららしい。改憲派の言葉の方に生々しさを感じる。そして、護憲派の言説は「空疎」だという印象を持っている。どうして護憲派の言説にはリアリティーがないのか。