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英語教育について(その11) ☆ あさもりのりひこ No.725

「フィリピンの人は英語がうまくて羨ましい」というようなことを無反省に言う人がいますけれど、フィリピン人が英語に堪能なのは、アメリカの植民地であり、母語を豊かなものにする機会を制度的に奪われていたからです。

 

 

2019年5月31日の内田樹さんの論考「英語教育について」(その11)をご紹介する。

どおぞ。

 

   

 もう一つオーラル・コミュニケーションが重要視されるのは、オーラルだと、その出自が一瞬で判定できるからです。ネイティヴ・スピーカーなのか、長くその英語圏の国で暮らして身に付けた英語なのか、日本の学校で日本人に習った英語なのか、一瞬でわかる。これをverbal distinctionと言います。「言語による差別化」です。映画『マイ・フェア・レディ』の原作はバーナード・ショーの『ピグマリオン』という戯曲ですが、映画でも戯曲でも、テーマはこの「言語による差別化」でした。

 映画の冒頭に、ヘンリー・ヒギンズ教授が、オペラハウスの前で、見知らぬ人に向かって、「あなたはどこの出身だ、職業は何だ」と次々と言い当てて気味悪がられるという場面がありますね。ヒギンズ教授は音声学の専門家ですから、一言聞いただけで、その人の出身地も階層も職業も学歴もことごとく言い当てることができる。でも、ヒギンズ教授はその能力を誇ってそうしているわけではないのです。イギリスでは、誰もが口を開いた瞬間に所属階級がわかってしまう。そういうかたちで「差別」が自動的に行われている。教授はそれはよくないことだと考えているのです。そして、自分はこのような「言語による差別化」を廃絶して、すべての人間が「美しい英語」を話す社会を実現するために研究をしているのだ、と語るのです。そこに花売り娘のイライザがあらわれて、すさまじいコックニーで話し始める。そこからご存じの物語が始まる。

 でも、今日本で行われているオーラル中心の英語教育は、この時のヒギンズ教授の悲願とは、まったく逆方向を目指しています。一言しゃべった瞬間に、オーラル・コミュニケーション能力が格付できるシステムを構築しようとしている。これはまさに植民地の言語政策以外の何物でもない。

 植民地英語を教えようとしている人たちの言うことはよく似ています。文法を教えるな、古典を読ませるな、そんなのは時間の無駄だ。それよりビジネスにすぐ使えるオーラルを教えろ、法律文書と契約書が読める読解力以上のものは要らない。そう言い立てる。それが植民地の言語政策そのままだということ、自分たちの知的劣位性を固定化することだということに気が付いていない。

 植民地的な言語教育の帰結は、母語によっては自分の言いたいことを十分に表現できなくなるということです。フィリピンは現地語のタガログ語がありますけれども、旧植民地ですから、宗主国の言語である英語ができないと、官僚にもビジネスマンにも教師にもなれない。それは、生活言語であるタガログ語では、ビジネストークもできないし、政治・経済についても、学術についても語れないからです。母語にはそのための語彙がない。ある程度知的な情報を含む会話をするためには、英語を使うしかない。「フィリピンの人は英語がうまくて羨ましい」というようなことを無反省に言う人がいますけれど、フィリピン人が英語に堪能なのは、アメリカの植民地であり、母語を豊かなものにする機会を制度的に奪われていたからです。その歴史も知らないで、「なぜフィリピンの人はあんなに英語がうまいのに、日本人はダメなんだ」というようなことを言っている。そして、「そうだ。日本をアメリカの植民地にしてしまえば、日本人は英語が堪能になるに違いない」と本気で思っている。

 母語を豊かなものにするというのは、あらゆる言語集団にとっての悲願です。というのは、すべての知的イノベーションは母語で行われるからです。先ほどは「母語の檻」からどうやって離脱するかというようなことを言っていたのに、話が違うではないかと思われる方もおられるでしょうけれど、そういうものなのです。全てのものには裏表がある。いいところもあれば、悪いところもある。外国語を習得するというのは「母語の檻」から出て知的なブレークスルーを遂げる貴重な機会なのですけれど、私たちは他の誰にもできないような種類の知的なイノベーションを果たすためには、それと同時に母語のうちに深く深く分け入ってゆくことが必要なのです。ほんとうに前代未聞のアイディアというのは母語によってしか着想されないからです。

 僕はおととし池澤夏樹さん個人編集の「日本文学全集」で、『徒然草』の現代語訳をやりました。高橋源一郎さんが『方丈記』、酒井順子さんが『枕草子』を訳して、僕が『徒然草』というラインナップの巻です。池澤さんから依頼があった時に、『徒然草』なんて大学入試の時から読んでないので、できるかなと思ったのですが、とにかく引き受けて、古語辞典を片手に一年かけて訳しました。

 やってみたら、結構訳せました。『徒然草』は800年前の古典なんですけれど、なんとか訳せた。そして、こういう言語的状況というのは、他の東アジアの諸国にはちょっと見られないんじゃないかなと思いました。古典を専門にしているわけでもない現代人が辞書一冊片手に古典を読んで、訳せるというようなことは中国でも、韓国でも、ベトナムでも、インドネシアでも、まず見ることのできない景色だと思います。

 どうしてそんなことが可能なのか。それは日本語が大きな変化をこうむっていないからです。明治維新後に、欧米から最新の学術的な概念とか政治や経済の概念が輸入されましたけれど、テクニカルタームを加藤弘之、西周、中江兆民、福沢諭吉といった人たちが片っ端から全部漢字二語に訳してしまった。natureを「自然」と訳し、societyを「社会」と訳し、individualを「個人」と訳し、philosophy を「哲学」と訳し...というふうにすべて漢字二字熟語に置き換えた。これはたいした力業だったと思います。

 こういうことができたのも、日本列島の土着語に中国から漢字が入って来た時も、現地語を廃して、外来語を採用するということをせず、土着語の上に外来語を「トッピング」して、ハイブリッド言語を作ることで解決した経験があったからです。昔は「やまとことば」の上に中国語をトッピングして日本語を作った。ひらがなもカタカナも漢字から作った。明治になったら、今度は英米由来の概念を漢訳して、それを在来の母語の上にトッピングして新しい日本語を作った。日本語はこういうことができる言語なんです。そのおかげで、日本は短期間に近代化を遂げることができた。

 中国の近代化が遅れた理由の一つは、欧米の言語を音訳したからです。中国語そのものを変えることを望まなかった。欧米の単語を漢訳して、新しい語を作るということは、中国語には存在しない概念が中国の外には存在することを認めるということです。これは世界の中心は中国であり、すべての文化的価値は中国を源泉として、四囲に流出しているのだという「中華思想」になじまない。だから翻訳しないで、そのまま音訳して中国語の言語体系に「トランジット」での滞在を認めただけで、言語そのものの改定を忌避した。

 孫文はルソーの『民約論』を参考にして辛亥革命の革命綱領を起案したそうですけれど、孫文が用いたのは中江兆民の漢訳でした。兆民はルソーをフランス語から和訳と漢訳を同時に行ったのです。そういうことができた。土着語に漢語を載せるのも、土着語に欧米語を載せるのも、プロセスとしては同じことだったからです。