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「そのうちなんとかなるだろう」あとがき(前編) ☆ あさもりのりひこ No.730

「自分らしさ」が際立つのは、「なんとなく」選択した場合においてです。とくに計画もなく、計算もなく、意図もなくしたことにおいて「自分らしさ」は鮮やかな輪郭を刻む。

 

 

2019年7月11日の内田樹さんの論考「「そのうちなんとかなるだろう」あとがき」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

みなさん、こんにちは。内田樹です。

 今回はなんと「自叙伝」です。もうそんなものを書くような年齢になったんですね。

 前に『内田樹による内田樹』(140B、2013/文春文庫、2017)という本で自著の解説ということをしたことがあります。その時も、企画を持ち込まれて、自分の著作について通史的に解説ができるくらい本を書いたのか・・・と驚きましたが、今回はいよいよ「私の履歴書」です。そういうのはだいたい「功成り名遂げた」人が「ははは、わしも若い頃はずいぶん苦労もしたし、やんちゃもしたもんだよ」と縁側で渋茶を啜りながら語るもので、僕にはまだまだ縁遠いものだと思っていました。

 最初にこの企画を持ち込んだのはNewsPicksというウェブマガジンです。半生を回顧するロング・インタビューをしたいと言ってきました。そう聞いたときは驚きましたけれど、よく考えてみれば僕も齢古希に近く、もう父も母も兄も亡くなり、親しい友人たちも次々と鬼籍に入る年回りになったわけですから「古老から生きているうちに話を聞いておこう」という企画が出てきてもおかしくはありません。

 というわけで、このロング・インタビューでは年少の聴き手相手に「あんたら若い人は知らんじゃろうが、昔の日本ではのう・・・」と遠い目をして思い出話を語る古老のスタンスを採用してみました。1960年代の中学生高校生が何を考え、どんな暮らしをしていたのかについては、同世代の作家たち(村上春樹、橋本治、関川夏央、浅田次郎などのみなさん)が貴重な文学的証言を残しておられますけれど、それらはやはりフィクションとしての磨きがかかっていまして、実相はもっと泥臭く、カオティックで、支離滅裂です。あの時代について、これから若い人たちが何か調べようとしたときに、少しでも「時代の空気」を知る上で役に立つ証言ができればいいかなと思って、インタビューではお話をしました。

 そう言えば、僕よりちょっと年長だと、椎名誠さんの『哀愁の街に霧が降るのだ』(小学館文庫)がありますね。これは1950年代末の「時代の空気」についてのとても貴重な記録だったと思います(これに類するものを僕は他に知りません)。本書も椎名さんより少し年下の人間が書いた60年代終わり頃の『哀愁の街』のようなものと思って読んで頂けたらうれしいです。

 

 NewsPicksのロング・インタビューがネットに上げられてしばらくしてから、マガジンハウスの編集者の広瀬さんから「単行本にしたい」というオッファーがありました。インタビューだけでは分量が足りないので、かなり加筆する必要があります。そこで、家のパソコンのハードディスクをサルベージして、「昔の話」をしている原稿を探し出し、それを切り貼りして、もとの原稿を膨らませることにしました。日比谷高校の頃の友人たちについて書いた二編のエッセイもそのときに掘り起こしたものです。これは広瀬さんが一読して、これだけ独立したコラムとして本文中に配分しましょうと提案してきたので、そういうかたちになりました。

 

 編集されたものを改めて通読してみて思ったことは、最後の方にも自分で書いてましたけれど、僕って「人生の分岐点」がまるでない人間なんだということでした。

 あのとき「あっちの道」に行っていたら、ずいぶん僕の人生が変わっていただろうなあ・・・という気がさっぱりしないのです。仮想的には、いろいろな「自分」があり得るわけです。東大を落ちて早稲田に行った自分、大学院を落ちてアーバンの専従になっていた自分、就職が決まらなくて(やっぱりアーバンに戻って)編集の仕事をするようになった自分、神戸女学院大学じゃない大学に採用された自分、別の女の人と結婚していた自分・・・いろいろな岐路があり得たわけですけれど、どの道を行っても、この年になったら、やっぱりいまの自分の「瓜二つ」の人間になっていたんじゃないかという気がします(なったことがないので、あくまで「気がする」だけですけれど)。

「自分らしさ」という言葉が僕はあまり好きじゃないのですが、それでもやはり「自分らしさ」というのはあると思います。ただ、それはまなじりを決して「自分らしく生きるぞ」と力んで創り出したり、「自分探しの旅」に出かけて発見するようなものじゃない。ふつうに「なんとなくやりたいこと」をやり、「なんとなくやりたくないこと」を避けて過ごして来たら、晩年に至って、「結局、どの道を行っても、今の自分と瓜二つの人間になっていたんだろうなあ」という感懐を抱く・・・というかたちで身に浸みるものではないかと思います。

 

 前に「強い現実」と「弱い現実」ということを考えたことがありました。

 例えば、僕が公募33校目の神戸女学院大学の採用面接にも落ちたとします(これはかなり蓋然性の高い仮定です)。その場合は、40歳で助手を辞めて、平川君と始めた会社に戻るつもりでいました。そこで編集出版の仕事に就いて四半世紀ほど働いたとして、今頃僕はどうなっていたでしょう。たぶん65歳くらいまで働いて退職した後、自由が丘か奥沢あたりの3LDKのマンションで暮らして、合気道の稽古をしたり、趣味でフランス文学の翻訳をしたり、エッセイのようなものをブログに書いていたり、友だちと温泉に行って麻雀やったりしていたと思います(今とほとんど変わらないです)。

 その場合、その自由が丘あたりのマンションの書斎の本棚にある本と、凱風館のいまの僕の書斎の本棚にある本には相当数の「同じ本」がかぶっているはずです。いま僕の書斎には1万冊くらいの本がありますけれど、そのうちのたぶん1000冊くらいは仮想世界の僕が住んでいる部屋にもある。僕はどういう生き方をしても、この年になったときに手元の書架に並んでいるはずの書物を僕にとっての「強い現実」だと見なします。どんな人生を選択しても変わることのない僕の選書傾向がある。人生の岐路で僕が進んでいった先にあるすべての仮想世界において、1000冊の同じ本を僕は書架に並べている。そういう本を読んでいる僕が「自分らしい僕」です。

 逆に、大学教員になっていなければ絶対に読まなかったはずの本が自由が丘の部屋(想像しているうちにこのマンションのありさまがだんだんリアルに思えてきましたよ)の書架にはあるはずです。それらの本は僕にとって「弱い現実」です。もしそれらを面白がって読んでいる僕がいるとしたら、それは「自分らしくない僕」です。

 それくらいの「強い弱い」の区別を現実についてもできるんじゃないかと僕は思います。

「弱い現実」というのは、「入力の違いがあれば、現実化していなかったもの」のことです。「強い現実」というのは「かなり大きな入力変化があっても今と同じようなものとして現実化しているもの」のことです。それがその言葉の本来の意味での「自分らしさ」ということではないかと思います。

 

 さて、そこでぜひ強調したいのは、「自分らしさ」が際立つのは、「なんとなく」選択した場合においてです。とくに計画もなく、計算もなく、意図もなくしたことにおいて「自分らしさ」は鮮やかな輪郭を刻む。そういうことではないでしょうか。