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「そのうちなんとかなるだろう」あとがき(後編) ☆ あさもりのりひこ No.732

「どうしてやりたいのか、その理由が自分で言えないようなことはしてはならない」というルールがいつのまにかこの社会では採用されたようです。僕はこんなのは何の根拠もない妄説だと思います。

 

 

2019年7月11日の内田樹さんの論考「「そのうちなんとかなるだろう」あとがき」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 この本を読んだ皆さんは、僕がほとんど計画性のない人間であるということはよくおわかりいただけたと思います。人生を通じて絶対にこれだけは実現したいとか、これだけは達成したいとかいう目標を僕は持ったことがありません。いつも「なんとなく」です。

 僕がこれまでした仕事はほとんど誰かに「内田ちょっと、これやってくれない?」と頼まれて「うん、いいよ」と深い考えもなしに引き受けた仕事です。自分から「ぜひやらせてください」と頼み込んだ仕事によって年来の計画が実現して、人生が一変した・・・ということが僕の身には一度も起きたことがありません。いつも「頼まれ仕事」が転機になりました。「そんな仕事、僕にできるかな(したことないし)」と思いながらも、「他にやる人がいないなら、僕がやってもいいよ」と引き受けたことがきっかけになって、予測もしなかった繋がりが成立し、自分が蔵していた思いがけない潜在的な資質を発見した・・・そういうことを半世紀続けて来ました。

 でも、この「なんとなく」にはどうやら強い指南力があるらしい。磁石の針がふらふらしながらきちんと北を指すように、僕の「なんとなく」には義務感とか、恐怖心とか、功名心とかいうものが関与しません。「どうして?」と訊かれても、ただ、「なんとなく、これがやりたい」「なんとなく、それはやりたくない」としか答えようがない。でも、この「なんとなく」が指す方向には意外に「ぶれ」がない。そのことが半生を振り返って、よくわかりました。

 

 ですから、最近では若い人を相手に話すときには、「決断するときに、その理由がはっきり言えることはどちらかというと選択しない方がいい」ということをよく申し上げます。

 入学試験の面接でも、就活の面接でも、ゼミ選択の面接でも、必ず「どうしてあなたはそのことをしたいと思うのか?」と訊かれます。それにすらすらと答えきれないとよい評点がもらえない。でも、これは違うんじゃないかなと僕は思います。自分がほんとうにしたいことについては「すらすら理由が言える」はずがないからです。だって、自分のすごく深いところに根ざしている衝動とか欲望とかに淵源があるものがそうそう簡単に言語化できるはずがないじゃないですか。「グローバル人材になって活躍したい」理由が「母親の干渉が耐えられないので、早く海外に逃げ出したい」ということだってあるし、「パンクなアーティストになりたい」理由が「堅物の父親が嫌っている職業に就いて煮え湯を飲ませたい」ということだってある。そういうことって、人前ではそう簡単には口に出せないし、そもそも自分自身それに気づいていない。

 もちろん、そういう理由で職業を選択するのは「あり」なんですよ。それでいいんです。でも、「どうしてですか?」と訊かれて、すらすらと言えるような理由ではない。それが「なんとなく」です。だから、「なんとなく」に従って生きる方が「自分らしく」なれるよ。ということを最近は若い人たちにはよく言っています。

 

 スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式に呼ばれて祝辞を述べたことがあります。そのときにとてもよいことを言っています。

 The most important is the courage to follow your heart and intuition, they somehow know what you truly want to become.

いちばんたいせつなことは、あなたの心と直感に従う勇気をもつことです。あなたの心と直感は、あなたがほんとうはなにものになりたいのかをなぜか知っているからです。

 

 僕もジョブズに100パーセント同意します。たいせつなのは「勇気」なんです。というのは「心と直感」に従って(「なんとなく」)選択すると、「どうしてそんなことをするの?」と訊かれたときに、答えられないからです。エビデンスをあげるとか、中期計画を掲げるとか、費用対効果について述べるとか、そういうことができない。「だって、なんとなくやりたいから」としか言いようがない。だから、「なんとなく」やりたいことを実行するためには「勇気」が要ります。だって、周り中が反対するから。「やめとけよ」って。

「どうしてやりたいのか、その理由が自分で言えないようなことはしてはならない」というルールがいつのまにかこの社会では採用されたようです。僕はこんなのは何の根拠もない妄説だと思います。僕の経験が教えるのはまるで逆のことです。どうしてやりたいのか、その理由がうまく言えないけど「なんとなくやりたい」ことを選択的にやった方がいい。それが実は自分がいちばんしたかったことだということは後になるとわかる。それが長く生きてきて僕が得た経験的な教訓です。さいわいスティーブ・ジョブズもこれに同意見でした。

「あなたがほんとうになりたいもの」、それが「自分らしい自分」「本来の自分」です。心と直感はそれがなんであるかを「なぜか(somehow)」知っている。だから、それに従う。ただし、心と直感に従うには勇気が要る。

 

 僕がわが半生を振り返って言えることは、僕は他のことはともかく「心と直感に従う勇気」については不足を感じたことがなかったということです。これだけはわりと胸を張って申し上げられます。恐怖心を感じて「やりたいこと」を断念したことも、功利的な計算に基づいて「やりたくないこと」を我慢してやったこともありません。僕がやったことは全部「なんだかんだ言いながら、やりたかったこと」であり、僕がやらなかったことは「やっぱり、やりたくなかったこと」です。

 というわけですので、この本はできたら若い方に読んで頂いて、「こんなに適当に生きていてもなんとかなるんだ」と安心して欲しいと思います。僕と同年配の人が読んだら「なんだよ、ちゃらちゃら生きて楽しやがって。ふん」というような印象を抱くかも知れませんけれど。まあ、みんなに喜んでもらえる本を書くというのはそもそも無理なんですから、しかたないんですよね。

 

 最後になりましたけれど、最初にロング・インタビューを企画してくれたNewsPicksさんと、それを膨らませて単行本にするという無謀な企画を思いついたマガジンハウスの広瀬桂子さんのご尽力にお礼を申し上げます。おかげでこんな本ができました。ありがとうございます。

 

2019年6

 

内田樹