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『女は何を欲望するか』韓国語版序文(前編) ☆ あさもりのりひこ No.743

隣国の知識人が(主流であろうと傍流であろうと)何を考えているのかを理解したいという意欲を韓国人は有しており、日本人は有していない。その差がいずれ国力の差としてかたちをとるだろう

 

 

2019年8月15日の内田樹さんの論考「『女は何を欲望するか』韓国語版序文(前編)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

日韓の政府間では緊張が続いているが、民間での連携はペースダウンすることなく深まっている。私の本も先日出た『大市民講座』に続いて、『最終講義』『街場の文体論』『女は何を欲望するか』が出版される。この文化的な開放度の差はそのまま今後の日韓の国力の差に帰結するように私には思われる。

「ウチダの本の韓国語訳が出ることが、どうして日韓の国力の差に結びつくんだ。何をうぬぼれているんだ」と憫笑する人もいるかも知れないけれど、そんな人でも、今韓国の思想家の書物が短期間に十数冊連続的に日本語訳されるということがもしも日本で起きたら、浮足立つだろう。

 私たちは「起きたこと」については「どうしてそれが起きたのか?」を問うけれども、「起きてもいいのに起きなかったこと」については「どうしてそれは起きなかったのか?」を問う習慣を持たない。

 隣国の知識人が(主流であろうと傍流であろうと)何を考えているのかを理解したいという意欲を韓国人は有しており、日本人は有していない。その差がいずれ国力の差としてかたちをとるだろうと私は言っているのである。

 

女は何を欲望するか 韓国語版序文

 

 みなさん、こんにちは。内田樹です。

 『女は何を欲望するか』は2002年に出版されたものですから、収録された論文の多くは1990年代に書かれたものです。当時、学術的にはホット・イシューであったフェミニズム記号論・言語論を扱った論集です。でも、これはもう現在はそれほど「ホット」な論件ではありません。ですから、正直に申し上げて、論集としてはあまり今日性がありません。そのことを最初にお断りしておきますね。「それでも読みたい」というオープンマインデッドな読者のための書物です。

 それでも、僕の批評的な方法は、どんなトピックを扱う場合でもそれほど変わりはありません。それはある作物が「知性的かどうか」だけを問題にするということです。学術的な仕事については、僕はそれしか関心がないのです。

 ある仕事が「学術的に厳密かどうか、科学的言明として真であるかどうか」ということは僕にはわかりません。この世のほとんどすべての学術的トピックについて、僕はさまざまな仮説の真偽を判定するほどの知識を持っていないからです。

 それでも、僕たちは誰でも、手持ちの限られた時間のうちに、自分の責任において、ある理説を採り、ある理説を退けるという判断はしなければなりません。

「退ける」と言っても、論破するとか黙らせるとかいうことではなくて、「あなたの論を研究するために割く時間はないんです、ごめんね」というふうにそっと「遠ざける」だけのことなんですけど。

 その場合の採否の基準になるのが、「知性的かどうか」ということです。

 でも、勘違いして欲しくないんですけれど、それは当の言明や仮説それ自体についての評価ではないんです。学術的なエビデンスが整っているとか、論理的に整合的であるとか、最新の学説を踏まえているとか、文体がかっこいいとか、そういうことについて判断しているんではないんです。

 

 僕は知性というのは個人においてではなく集団において発動するものだと考えています。集団としての知的パフォーマンスの総量を結果的に向上させたものには知性的に価値がある。それが僕の考えです。同意してくれる人はあまりいませんけれど、個人的にはずっとその方針でやってきていて、これまで大きく誤ったことはないと思います。