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内田樹さんの「サンデー毎日「嫌韓言説について」(前編)」 ☆ あさもりのりひこ No.759

なぜ彼らはこうも簡単に謝罪するのか? 理由は簡単である。別にそれらの言葉は彼らが「職を賭してでも言いたいこと」ではなかったからである。

 

 

2019年9月24日の内田樹さんの論考「サンデー毎日「嫌韓言説について」(前編)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

嫌韓言説について『サンデー毎日』に寄稿した。言いたいことはだいたい前にブログの『週刊ポスト問題について』で書いた。紙数を多めにもらったので、そこでは書ききれなかったことを書き足した。だから、最初の方はほぼブログ記事のままである。二重投稿するなというご意見もあると思うが、ブログに書いたものは「原稿」ではないのだからその辺はご勘弁願いたい。

 

『週刊ポスト』9月13日号が「『嫌韓』ではなく『断韓』だ 厄介な隣人にサヨウナラ 韓国なんて要らない」という挑発的なタイトルの下に韓国批判記事を掲載した。新聞広告が出るとすぐに批判の声が上がった。同誌にリレーコラム連載中の作家の深沢潮さんはご両親が在日韓国人だが、執筆拒否を宣言した。続いて、韓国籍である作家の柳美里さんも「日本で暮らす韓国・朝鮮籍の子どもたち、日本国籍を有しているが朝鮮半島にルーツを持つ人たちが、この新聞広告を目にして何を感じるか、想像してみなかったのだろうか?」と批判した。私もお二人に続いて「僕は今後小学館の仕事はしないことにしました」とツイッターに投稿した。

 本音を言うと、そんなこと書いてもほとんど無意味だろうと思っていた。『週刊ポスト』編集部にしてみれば、はじめから「炎上上等」で広告を打ったはずだからである。炎上すれば、話題になって部数が伸びる。ネットでの批判も最初のうちは「広告のうちだ」と編集部では手を叩いていたことだろう。

 所詮は「蟷螂の斧」である。私ごとき三文文士が「小学館とは仕事をしない」と言っても、先方は痛くも痒くもない。もう10年以上小学館の仕事はしていないし、今もしていない。これからする予定もない。そんな物書き風情が「もう仕事をしない」と言ってみせても、小学館の売り上げには何の影響もあるまい。

 ところが、意外なことに、その後、版元の小学館から謝罪文が出された。

「多くのご意見、ご批判」を受けたことを踏まえて、一部の記事が「誤解を広めかねず、配慮に欠けて」いたことを「お詫び」し、「真摯に受け止めて参ります」とあっさり兜を脱いだのである。

 取材の電話がそれからうるさく鳴り出した。どこにもだいたい同じことを述べた。今回は多めの紙数を頂いたので、私見をもう少し詳しく語りたいと思う。

 

 私が『週刊ポスト』編集部にまず申し上げたいのは「あなたがたには出版人としての矜持はないのか?」ということである。

 以前『新潮45』の騒ぎの時にも同じことを書いた。あえて世間の良識に反するような「政治的に正しくない」発言をなす時には、それなりの覚悟を以て臨むべきと私は思う。人を怒らせ、傷つける可能性のある文章を書くときは、それを読んで怒り、傷ついた人たちからの憎しみや恨みは執筆したもの、出版したものが引き受けるしかない。それが物書きとしての「筋の通し方」だと思う。その覚悟がないのならはじめから「そういうこと」は書かない方がいい。

『新潮45』のときには、社長名で「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現が見受けられ」という指摘がなされたが、これに対して編集長は一言の反論もしなかった。それはおかしいだろう。仮にも編集長が自分の責任で公にした文章である。ならば、自分自身のプロとしての誇りと彼が寄稿依頼した書き手たちの名誉を守るためにも、編集長は辞表を懐にして、記者会見を開き、「新潮社の偏見と認識不足と戦う」と宣言すべきだったと私は思う。でも、彼はそうしなかった。編集部の誰もそうしなかった。黙したまま休刊を受け入れた。

 済んだことを掘り起こして、傷口に塩を擦り込むようなことはしたくないが、それでもこれが出版人としての矜持を欠いた態度だったということは何度でも言っておかなければならない。それなりに現場の経験を積んできたはずの編集者たちが示したこのモラルハザードに私は今の日本のメディアの著しい劣化の徴候を見る。

 

 なぜ彼らはこうも簡単に謝罪するのか? 理由は簡単である。別にそれらの言葉は彼らが「職を賭してでも言いたいこと」ではなかったからである。

 たとえどれほど人を怒らせようとも、泣かせようとも、傷つけようとも、これだけは言っておかなければならない、ここで黙っていては「ことの筋目が通らない」とほんとうに思っているのなら、人は職を賭しても語る。でも、今回の記事はそういうものではなかった。炎上することを予期しておきながら、その規模が想定外に広がると、あわてて謝罪した。ということは、これらの記事は編集者たちが「職を賭しても言いたいこと」ではなかったということである。

 私が「あなたがたには出版人としての矜持はないのか?」という強い言葉を使ったのは、それゆえである。「職を賭してでも言いたいわけではないこと」を言うために、この週刊誌は多くの人を恐れさせ、不快にし、社会の分断に掉さし、隣国との外交関係を傷つけることを気にしなかった。「ぜひ言いたいというわけでもないこと」をあえて口にして、人の気持ちを踏みにじった。

 

 彼らがほんとうに韓国と断交することが国益にかなうと信じているなら、謝ることはない。これからもずっと「断交しろ」と言い続ければいい。日本国内にいる49万8千人の在日コリアンを「この国に自分たちの居場所はないのではないか」という不安に陥れることが日本社会をより良きものにするために必須の措置だと信じているなら、謝ることはない。これからも「日本から出ていけ」と言い続ければいい。でも、『週刊ポスト』は謝罪した。もちろん、本気の謝罪ではないことはわかっている。来週からもまた少し遠回しな言い方で同じような記事を書き続けるだろう。だが、それなら今回も謝るべきではない。編集長は堂々と記者会見をして、「社名に泥を塗っても、職を失っても、これだけは言っておきたいから言ったのだ」と広言すればいい。拍手喝采してくれる人もきっといただろう。だが、彼らはその支援を待つことなく、尻尾を巻いた。