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内田樹さんの「ある週刊誌からのメールインタビュー」 ☆ あさもりのりひこ No.858

台湾や韓国や中国に比べて、日本が東アジアで「一人負け」状態なのは、同じ経験をしながら、そこから有用な教訓を引き出さずにきたためです。

 

 

2020年4月10日の内田樹さんの論考「ある週刊誌からのメールインタビュー」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

ある週刊誌からインタビューしたいという電話があった。

 電話で話をして、それを記者がまとめて、それをまた手直しして・・・という手間は考えるだけでも面倒なので、最初からQ&Aでやりましょう。僕が書いたものはいくら短くして使ってもいいですからとご返事したら質問が来た。

 質問をしばらく眺めながら、「こういう問いの立て方しかできないというところに日本のメディアの末期症状は露呈しているなあ」という感想を抱いた。回答がなんとなく冷たいのはそのせいである。

 

1.新型コロナウイルス禍をどう見ているか?

 

 今回の新型コロナ ウィルスは「新型」で「未知」のものですが、数年ごとに「新型ウィルス」が登場して、世界的に感染拡大して、多くの死者が出るのは「既知」の事実です。2002-3年のSARS、2009年の新型インフルエンザ、2012年のMERS、いずれもコロナウィルスによるパンデミックでした。ですから、こういう場合にどう対応すればよいのかについては、どの国にもそれなりの知識とそれに基づく準備があったはずです。

 これまでの経験をふまえて十分な感染症対策をしていた国は早い段階での感染抑制に成功し、それをしなかった国は感染拡大を防げなかった、という差が出たのだと思います。台湾や韓国や中国に比べて、日本が東アジアで「一人負け」状態なのは、同じ経験をしながら、そこから有用な教訓を引き出さずにきたためです。

「未知」だの「新型」だのということをことさらに言い立てて病気を神秘化するのは、その事実を糊塗するためでしょう。

 

2.「カネか命か」という究極の問い 自粛を繰り返せば、経済は衰退していきます。しかし、経済を取れば感染が拡大し命が危険にさらされます。人類はこの大きな矛盾にぶち当たっています。

 

「カネか命か」という選択においては「命」を選べというのが世の常識です。

 まさか「命よりカネが惜しい」という人はいないので、ふつうはさまざまな説話が教えてくれるのは「カネも命もどちらもと欲張ると死ぬ」という経験則です。こんなことは究極の問いでもなんでもなくて、小学生でも即答できなければいけないことです。

 ですから、自粛のせいで生活が立ち行かないという人に対しては政府はあれこれ言わずに十分な支援を行うべきです。他の国が当たり前のようにやっていることをどうして「矛盾」だと感じるのか、その感覚の方が僕には理解できません。

 

3.「命の選別」医療崩壊が発生し、限られた人工呼吸器を若者に回し高齢者を見捨てるという惨状が世界中で起きています。これは「弱い人を助ける」という人類の倫理を崩壊させるものです。

 

 医療崩壊というのは、倫理の問題である以前に「医療資源の不足」という単純で物質的な問題です。「医療崩壊を起こさないために何をするか」というのは倫理の問題でも道徳の問題でもなく、純粋にロジスティックスの問題です。

 ここでも同じように、医療崩壊という黙示録的事態をもたらしたのはロジスティックスの手抜きという日常的・散文的事実であるという前段が隠蔽されています。

「こんなことをしていたら、万一のときに医療崩壊が起きるぞ」ということについて警告を発していた人が現場にはいたはずです。しかし、それが無視され続けた。どうしてなのか、そのことをきちんと問う必要があると思います。

 

 人工呼吸器が1台しかないところに患者が2人来たら、1人は死ぬしかありません。いくら倫理的正解を求めても、正解なんかありません。そんな問題について今「どうあるべきか」なんか悩んでも、仕方がない。それより「こんなことが二度と起こらないようにするにはどうしたらいいのか」を今から考えておく方がまだしも救われる命は多くなると思います。