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内田樹さんの「「街場の日韓論」まえがき」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.870

クリアーカットであることを断念しても、立場を異にする人たちにも「取り付く島」を提供できるような言葉をこそ選択的に語るべきではないのか

 

 

2020年4月25日の内田樹さんの論考「「街場の日韓論」まえがき」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

みなさん、こんにちは。内田樹です。今回は「日韓関係」をテーマにしてアンソロジーを編みました。その趣旨につきましては、いつものように寄稿者への「寄稿ご依頼」の文章を掲げておきたいと思います。

 

みなさん、こんにちは。内田樹です。

 僕から「みなさん」宛てのメールをこれまで受け取ったことのあるかたはただちにご理解頂けたと思いますけれど、今回もまたアンソロジーへの寄稿のご依頼です。

 主題は「日韓関係」です。これがたぶんいまの日本において最も喫緊な論争的主題だと思います。この論件について、みなさんのお考えを伺いたいと思います。

 

 いま日韓関係は僕が知る限り過去最悪です。もっと関係が悪かった時代もあるいは過去のどこかの時点にはあったのかも知れませんけれど、僕の記憶する限りはいまが最悪です。どうして「こんなこと」になったのか。それについて僕自身は誰からも納得のゆく説明を聞いた覚えがありません。

 メディアの報道を徴する限り、ことは韓国大法院の徴用工の補償請求への判決から始まったとされています。でも、もちろんこの判決が下るに至る日韓関係の長い前史があります。日本政府は1965年に問題の始点を区切って、「そこから」話を始めて、それ以前のことは「解決済み」として考慮に入れないという立場ですが、韓国の人たちはそれでは気持ちが片づかない。

 法理上のつじつまが合うことと、感情的に気持ちが片づくということは次元の違う話です。次元の違う話をごっちゃにしたまま力押しで押しても問題は絡まるばかりです。

 日韓の関係は昨日今日始まったものではありません。二千年にわたって深い関係を持ち続けた隣国同士です。だから、これは「問題」というよりは、ひとつの「答え」なんだと僕は思います。両国ともそれぞれの固有の筋を通しているうちに身動きできなくなったというのが「答え」です。ですから、僕としては、この「答え」をせめて「問題」のところにまで押し戻したいと思っています。

 わかりにくい喩えで申し訳ないんですけれども、「もう答えが出ちゃったよ」というときに、「すみませんが、そのちょっと手前の、『答えが出せないで悩んでいる』というところまで時間を遡って頂けませんか」という要請というのはあってもいいんじゃないかと僕は思います。

 答えが出なくて悩むことのほうが、答えを出すより知的に生産的であるということは経験的にはよくあることです。同じように、当事者たちそれぞれが自信たっぷり理路整然と意見を語るときよりも、当事者たちのいずれもが自分の意見がうまくまとまらないというときの方が、対話的な環境が成り立つということもあります。

 この問題について語っている人たちの言葉を徴する限り、どんな立場からのものであれ、「快刀乱麻を断つ」タイプの言説は無効のように思えます。それはその言説をあらかじめ支持する構えでいる人たち向けのアピールではあり得ても、それに同意していない人たちの警戒心を解除する力はない。

 いまの日韓関係については、誰か賢い人に「正解を示してください」とお願いするよりも、忍耐強く、終わりなく対話を続けることのできる環境を整えることの方がむしろ優先するのではないでしょうか。クリアーカットであることを断念しても、立場を異にする人たちにも「取り付く島」を提供できるような言葉をこそ選択的に語るべきではないのか、僕はそんなふうに考えています。

 僕が寄稿を依頼するみなさんにお願いしたいのは、そういう面倒なお仕事です。

 ご厄介をおかけしますけれど、僕はどなたにも「日韓問題を解決する秘策をご提示ください」とお願いしているわけではありません。

 

 広く人口に膾炙したアントニオ猪木の名言に「ピンチっていうのは、ひとつのものじゃなくて、いろんなやっかいごとが『ダマ』になってやってくる。『ダマ』をひとつずつ解きほぐしていけば、ピンチは必ず乗り切れる」というものがあります。日韓関係は無数の紐が絡まって「ダマ」になった「ゴルディアスの結び目」のようなものです。アレクサンドロスはこの結び目を剣で一刀両断にして難問を解決したのですが、僕がお願いしたいのは、そうではなくて、無数の「結び目」のうちの一つだけでもいいですから、結び目の構造を明らかにし、かなうならば「ここは、こうやるとほどけるかも知れない」という知恵をご教示頂きたいということです。

 寄稿をお願いするのは、必ずしも日韓問題の専門家ではありませんが、僕がその見識に深い敬意を抱いている方たちです。みなさんのご協力を拝してお願い申し上げます。

 

 以上が「寄稿のお願い」です。これだけお読み頂ければ、本書の企図がどういうものであるかはみなさんにもご理解頂けたかと思います。

 

 これは難問の解決法を示す本ではありません。いくつかの「取り付く島」を例示することができれば、僕としてはこの本を編んだ甲斐はあったと思います。そして、実際に集まった原稿を通覧した限り、寄稿者のみなさんは、それぞれがご自身の領域において熟知されている「結び目」を、それぞれの仕方で解きほぐそうとされていました。企図をご諒察頂きましたことに、寄稿者のみなさんに編者として篤くお礼を申し上げます。