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内田樹さんの「コロナ禍についてのアンケート」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.876

マスク二枚さえ配布できないような無能なコントロール・センターが検査件数を増やすというような難しいタスクをこなすことができるはずがありません。

 

 

2020年5月10日の内田樹さんの論考「コロナ禍についてのアンケート」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

ある媒体からQ&A形式でインタビューがあった。字数に制限があったので、ロング・ヴァージョンをこちらに掲載する。

 

■新型コロナウイルスによって引き起こされた日本や世界の状況について、どのように解釈されていますか?

 

 感染症の世界的流行そのものは2002年のSARS、2009年の新型インフルエンザ、2012年のMERSと短い間隔をおいて定期的に起きています。ですからコロナウィルスのパンデミックも別に前代未聞の大事件であるわけではありません。たしかにウィルスそのものはそのつど「未知」ですけれど、「未知のウィルスにどう対処するか」という手順は「既知」です。やることは決まっています。感染症対策のセンターを設置して、そこに情報と権限を集中すること、医療資源を備蓄すること、十分な予算をつけて感染症の臨床と基礎研究の専門家を育てておくこと・・・それくらいでしょう。別に奇跡的な予見能力や超人的な医療技術を求めているわけではありません。ごく散文的でリアルな「準備」をしておくべきだということです。

 実際に、韓国や台湾やニュージーランドはかねて用意のマニュアル通りに行動して、感染を早期に抑制しました。しかし、アメリカやヨーロッパや日本はそれができなかった。マスクがない、防護服がない、人工呼吸器がない・・・というような物量的な原因でいくつかの国で医療崩壊ないしはそれに近い事態が発生しました。それはウィルスの力が強かったからではなく、危機対応能力が弱かったからです。

 今回のウィルス禍は、それぞれの国の危機対応能力の優劣をあらわに可視化しました。コロナ後の世界では、その差が大きく拡大されて、国力の差としてはっきりと出てくることになると思います。

 

■いまのような状況下においては、人びとのメンタルもきついと思います。こうしたとき人はどのような心持ちでいるのがいいと思いますか?

 

 天変地異に処する場合と同じで、「失ったもの」を数えるよりは、「まだ手元に残っているもの」を数える方がメンタルは安定します。自分はまだ健康だ、まだ家族も友人もいる、住む家もある、食べるものもある、仕事をする能力もある・・・それを数え上げた方がいい。そういう人の方が早く立ち直れるし、周りの人たちを支援もできる。うっかり「自分ほど不幸な人間はいない」というタイプの自己憐憫に居着くと、なかなかそこから出られなくなる。まあ、そんなことを言っても「心持ちをコントロールできるほどの余力なんかない」と言われたらそれきりですが。

 

■感染者数は検査数に比例しますが、日本の死者数が欧米にくらべ極度に少ない理由はなぜだと解釈されていますか? また、感染者数も死者数も少ないにもかかわらず、なぜ日本はこれほど絶望感が大きいのでしょう?

 

 検査件数が少ないのは当初は「クラスター潰し」という日本の防疫戦略上、検査数を増やす必要がなかったという説明を伺っています。僕は専門家ではないので、そう言われたら、そうだろうと思うしかありません。しかし、3月末まで政府も東京都も、東京五輪を開催するつもりでしたから、複数の医療上の選択肢があった場合に、その中で「最も感染者数が少なく出そうなオプション」を採用したというのはありそうなことです。

 市中感染が始まり、「クラスター潰し」から防疫戦略が転換した後は、感染状況を知るために検査件数は増やすべきでしたし、実際に首相も4月1日にはそう指示しました。しかし、それから4週間経っても首相の指示が実現していない。これはどういうことでしょうか。「指示を出した」と言いながら、実際は「検査件数を抑制しろ」と現場には違う指示を出して止めているのでしょうか。それとも、政府が「検査件数を増やせ」と指示を出しても、現場がそれに対応できなくなっているのでしょうか。

 僕は後者だと思います。

 政府部内の感染症コントロール・センターがもう機能しなくなっている。医療現場における医療崩壊とは違うレベルで、統治機構の機能不全が始まっているのだと思います。

 布マスクも、首相が配布を発表してから1月経ってもまだ「準備中」です。発注先の社名を訊かれて、政府はしばらく答えられなかった。あれは隠蔽していたのではなく、ほんとうに知らなかったのだと思います。トップからの指示がどこまで届いていて、誰が所管していて、誰が責任を引き受けていて、誰が正確なデータを持っているのか・・・それさえもう官邸は把握できなくなっている。マスク二枚さえ配布できないような無能なコントロール・センターが検査件数を増やすというような難しいタスクをこなすことができるはずがありません。しかたなく、業を煮やした医師会や自治体が独自に検査拡大に取り組み出した・・・というのが実情だと思います。

 

■今回の事態は、それぞれの国民国家やリーダーたちの表情を露わにしています。共感できる政策を取っている国ないしはリーダーがいたら教えてください。

 

 蔡英文台湾総統、文在寅韓国大統領、ジャシンダ・アーダーンニュージーランド首相は、すぐに「非常時モード」に切り替え、感染抑制に成功した点で卓越していたと思います。アンゲラ・メルケル独首相とボリス・ジョンソン英首相は感染抑制では後手に回りましたが、国民にまっすぐに向き合い、情報開示と政府の対策の方向を明示したことで国民の信頼を取り戻しました。ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事はトランプ大統領の迷走ぶりとはうらはらに、独自の対策を打ち出し、州民たちの信頼を得ました。これらの指導者は評価に値すると思います。

 危機対応としては、国民に真実を教えず、強権的に統制する方法と、国民に真実を伝えて、その自発的な協力を求める方法の二つの選択肢があります。どちらが成功するかはわかりません。短期的には中国のような中央集権的な手法が功を奏するかも知れませんが、長期的に見たときには、強権に唯々諾々と従うだけで、自分ではものを考えない、判断もしないというような幼児的な国民を創り出す国よりも、国民ひとりひとりに、自己判断で適切にふるまうことができるような市民的成熟を求める国の方が「復元力(レジリエンス)」においてまさっている。

「復元力」というのは失敗から立ち直る力、間違った政策をすみやかに補正できる力、ぎりぎりで危機を回避できる力のことです。それが真の国力だと思います。

 アメリカが東西冷戦に勝利できたのは、国内にホワイトハウスの政策をきびしく批判し続ける対抗的な政治文化を擁していたからです。それがアメリカを批判する他国から見ると「取り付く島」になり、また大胆な政策転換に際しての新しい軸足になった。ソ連にはそれに類するものがなかった。いまアメリカの国力が衰えているのは、対抗的な政治的文化が痩せ細ってきて、「似たような顔をして、似たような言葉づかいをする、互いに非寛容な政治勢力」がにらみ合っているからです。そういう単純な二項対立からは「復元力」は得られない。

 

 中国がこのあとアメリカを制して超大国になれるかどうかは国内に「復元力」をどうやって制度的に担保するかにかかっていると思います。むずかしいでしょうけれど。