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内田樹さんの「パンデミックをめぐるインタビュー」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.882

感染者をスティグマ化すれば、感染経路不明患者が増えるだけですから、自粛警察というのは存在自体が有害無益なのです。

 

 

2020年5月27日の内田樹さんの論考「パンデミックをめぐるインタビュー」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

プレジデントオンラインという媒体からメールで質問状が送られてきた。それに回答した。プレジデントオンラインでは写真付きで見ることができる。https://president.jp/articles/-/35721こちらは加筆したロング・ヴァージョン。

 

質問1  コロナ禍のなか「自粛警察」が横行し、いま社会全体が非常に刺々しい雰囲気になっている現状をどうご覧になっていますか。

 

 どういう社会状況でも、「ある大義名分を振りかざすと、ふだんなら許されないような非道なふるまいが許される」という気配を感知すると、他人に対していきなり攻撃的になる人たちがいます。ふだんは法律や、道徳や、常識の「しばり」によって、暴力性を抑止していますが、きっかけが与えられると、攻撃性を解き放つ。そういうことができる人たちを、われわれの集団は一定の比率で含んでいます。そのことのリスクをよく自覚した方がよいと思います。

 今回はたまたま「自粛警察」というかたちで現れましたが、別にどんな名分でもいいのです。それを口実にすれば、他人を罵倒したり、傷つけたり、屈辱感を与えたりできると知ると彼らは動き出します。そういうことをさせない一番いい方法は、法律や規範意識や常識や「お天道様」や「世間の目」を活性化しておいて、そういう人たちに「今なら非道なふるまいをしても処罰されない」と思わせないことです。

 

2 "正義マン"たちの特徴に、問題の背景にあるシステムへの提言や改善ではなく、個人を叩く傾向が強いのはなぜだと思われますか。

 

 気質的に攻撃的な人たちは、その攻撃性を解発することが目的で「正義」を掲げているのに過ぎませんから、システムの改善には関心がありません。だから、最も叩きやすい個人、最も弱い個人を探し出して、そこに暴力を集中する。「自粛警察」も公衆衛生には何の関心もありません。感染者をスティグマ化すれば、感染経路不明患者が増えるだけですから、自粛警察というのは存在自体が有害無益なのです。

 

3 「空気」ひとつでムラ社会的な相互監視が行き渡るのは、日本人に固有な民族誌的奇習なのでしょうか。

 

場の空気に流されて思考停止するのは日本人の「特技」です。それがうまく働くと「一億火の玉」となったり「一億総中流」になったり、他国ではなかなか実現できないような斉一的な行動が実現できます。でも、悪く働くと、異論に対する非寛容として現れ、マジョリティへの異議や反論が暴力的に弾圧される。

 今の日本社会の全面的停滞は、マイノリティに対する非寛容がもたらしたものです。その点では、戦時中の日本によく似ています。

 

4 現政権のコロナ対応は後手後手ですが、なぜこれほどまでに危機管理能力が欠如しているのでしょうか

 

 感染症は何年かに一度流行すると大きな被害をもたらしますが、それ以外の時期、感染症のための医療資源はすべては「無駄」に見えます。日本では久しく、必要なものは、必要な時に、必要なだけの量を供給して、在庫をゼロにする「ジャストインタイム生産方式」が工程管理の要諦とされていました。そんな風土では「医療資源の余裕(スラック)」の重要性についての理解は広がりません。

 

5 今回のコロナ禍で露呈したのが、日本の医療システムのスラックの少なさでした。1996年に845カ所にあった保健所は現在469カ所に、同年に9716床あった感染病床は、1869床まで減らされていたことについて、どう思われますか。

 

 日本の医療政策の基本は久しく「医療費を減らすこと」でした。それが最優先だった。一方、感染症対策というのは「いつ来るかわからない危機に備えて、医療資源を十分に備蓄しておく」ことです。できるだけたっぷり「余裕」を見ることです。それが「どうやって医療費を減らすか」という医療政策と整合するはずがない。

 今回の失敗に懲りて人々はしばらくは備蓄の必要を気にするでしょう。けれどもそれも一時的なことだと思います。このあと政府は「今回の感染対策に日本政府は成功を収めた」と総括するはずです。成功した以上、反省すべき点も、改善すべき点もない。そうやってそのうちそっと再び医療費削減路線に戻って、「無駄」を削り始めるはずです。

 ですから、このあと、今の与党が政権を取っている限り、日本ではCDCもできないし、保健所も増えないし、感染症病床も増えないし、医療器具の備蓄も増えません。そして、いずれ次の感染症のときにまた医療崩壊に直面することになる。

 

6 カミュの『ペスト』には、医師リウ―が「ペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです」と語る場面が出てきます。「僕の場合には、つまり自分の職務を果たすことだと心得ています」と。私たちの社会が医療の現場を守り、コロナを乗り越えるのに一番必要なこととは何でしょうか。

 

 医療を守るために必要なのは、医療資源は有限であるということをつねに念頭に置くことです。医療崩壊というのは、言葉はおどろおどろしいですけれど、要するに収容できる患者数が医療機関のキャパシティーを超えるという数量的で散文的な事態です。今回はぎりぎり医療崩壊の寸前で食い止めましたけれど、これはほとんど医療従事者のパーソナルな献身的な努力によるものであって、制度の強みではありません。ですから、第二波に備えるためにも、そのような過労死寸前の働き方を医療従事者に要求するシステムは改善しなければならない。最も重要な医療資源は医療に携わる生身の人間なんですから。