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さて、今回は愈々(いよいよ)「さびしんぼう」である。
1985年3月26日、大阪の東宝試写室で「さびしんぼう」を観た。
雑誌か何かで試写会の情報を得て、応募したら当たったのだ。
後にも先にも、試写会で映画を観たのは「さびしんぼう」が最初で最後である。
朝守は25才であった。
東宝の試写室は大阪市内のビルの何階かにあり、わりと狭かった。
来ている観客は「常連」と覚しき人々で、上映前にはお菓子をやり取りしたりして親しげに喋っていた。
試写を見終わったときは、「ええなぁ」という感想と「なんかなぁ」という違和感が半々だった。
わざとらしい、ドぎつい表現が目に付いたのが原因だと思う(岸部一徳の先生とか、入江若葉のPTA会長とか)。
そういえば、入江若葉は「転校生」では斉藤一美の母、「時をかける少女」では芳山和子の母を演じていた。
「時をかける少女」で深町一夫の祖母を演じたのは、入江たか子であった。
入江若葉は、入江たか子の娘である。
何回も観ると、わざとらしい、ドぎつい表現に慣れてきて、それほど気にならなくなり、本筋のいいところだけが心に残る、という反応は「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」に共通する。
映画は、カタカタと映写機が動く音が流れて、セピア色の画面の枠に沿って線が走って行き、「a movie」という文字が現れて始まる。
「転校生」「時をかける少女」と同じである。
「さびしんぼう」で富田靖子は4役を演じている。
さびしんぼう(タツ子の少女時代)、橘百合子、成長したヒロキの妻、成長したヒロキの娘、である。
「さびしんぼう」はね、なんといっても、橘百合子ですよ。
清楚、可憐、セーラー服、潮風に流れる長い髪、和服に下駄。
百合子は、自転車と渡船で向島から尾道に通学している。
この渡船に自転車を乗り入れた百合子が尾道水道の潮風に吹かれているシーンが素晴らしい。
ヒロキの家は西願寺という古刹である。
つまり、ヒロキは寺の小僧なのだ。
ヒロキは写真が趣味であるが、金がないのでフィルムが買えない。
ヒロキは百合子を望遠レンズを付けた写真機で追うが、フィルムが買えないので写真は撮れない。
自転車に乗った百合子を望遠レンズが捉え、百合子が小首をかしげるシーンが美しい。
さびしんぼうは、ヒロキの母タツ子が少女時代に演じた舞台の役柄であり、舞台衣装を身に着けている。
年末の大掃除のときに、アルバムが強風に煽られて、タツ子の少女時代の写真が風に舞って、さびしんぼうが現れる、という設定になっている。
さびしんぼうは、印画紙が「母体」なので、水に弱い。
ヒロキが望遠レンズで百合子を追うがフィルムがないので写真を撮れず、さびしんぼうは、古い白黒の写真から現れる、というカラクリである。
「さびしんぼう」はね、なんといっても、「別れの曲」ですよ。
ショパンの練習曲作品10の3「別れの曲」。
映画の全編を通して、「別れの曲」が流れる。
放課後の音楽室のグランドピアノで百合子が練習するのが「別れの曲」。
自宅のスタンドピアノで、ヒロキが人差し指1本で弾くのが「別れの曲」。
自転車に乗った百合子をヒロキの望遠レンズが捉えるときに流れるのが「別れの曲」。
そして、ラストでヒロキの娘が自宅のスタンドピアノで弾いているのが「別れの曲」なのだ。
ヒロキは、クリスマスプレゼントに買っておいたスタンドピアノ型のオルゴールを、バレンタインデーが終わってから、百合子に渡しに行く。
百合子がピアノの蓋を開けると「別れの曲」が流れる。
百合子は、ヒロキに、好きになってくれた側の顔だけを見てほしい、反対側の顔は見ないで、と言う。
百合子は、病気の父を看病していて、貧乏なのだ。
百合子に「ふられた」ヒロキが雨の中を歩いて帰ってくる。
土砂降りの雨の中、西願寺の石段にさびしんぼうが座って待っている。
さびしんぼうは、水に濡れると死んでしまうという設定である。
ヒロキがさびしんぼうを抱きしめると、さびしんぼうは、微笑みながら「ヒロキさん、わたし、ヒロキさん、大好き」と言って消えてしまう。
これが映画史に残る『雨の西願寺、石段のシーン』である。
「そして、いつか、ぼくは大人である」
というヒロキの独白とともにラストシーンになる。
西願寺の本堂で、大人になったヒロキがお経をあげている。
ヒロキの後ろには、大人になった百合子が、反対側の顔を見せて微笑んで座っている。
奥の部屋では、ヒロキと百合子の娘(高校生)がスタンドピアノで「別れの曲」を弾いている。
スタンドピアノの上には、スタンドピアノ型のオルゴールが置かれている。
「転校生」は永遠の別れで終わり、「時をかける少女」は再会の予感を漂わせて終わり、「さびしんぼう」は永遠の恋が成就して終わるのだ。
最後に、冬休みの尾道の雪景色を観ながらヒロキがつぶやくセリフを書く。
『ちくしょう、胸が痛い』
「さびしんぼう」はね、大林宣彦の最高傑作ですよ。