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内田樹さんの「パンデミックをめぐるインタビュー」(後編) ☆ あさもりのりひこ No.884

何が正解であるかわからないときには、何が正解であっても自分の選択肢のうちにそれが含まれているように動く。

 

 

2020年5月27日の内田樹さんの論考「パンデミックをめぐるインタビュー」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

7 コロナ後の世界で、超高齢化社会における限られた医療資源をどのように守っていったらよいのでしょうか。

 

 これまでは医療を商品とみなして、それを買えるだけの経済力のある人間だけが医療資源を享受できるという市場原理主義的な解が最もフェアな解だと人々は信じてきました。しかし、このやり方では感染症には対応できないことがアメリカでの大規模な感染拡大と10万人に及ぶ死者数が示した。

 アメリカには2750万人の無保険者がいます。彼らは発症しても適切な治療を受けることができずに重症化します。ふつうの疾病でしたら、「金がないので死ぬのは自己責任だ」で済まされるかもしれませんが、感染症ではそうはゆかない。彼らが感染源となれば、感染のリスクが社会を脅かし続けるからです。感染症は全住民が等しく良質な医療を受けない限り対処できない疾病です。ここには市場原理主義は適用できない。

 医療資源が有限である以上、どこかで「線引き」は必要ですが、古来、医療者は「患者の貧富や身分によって医療の内容を変えてはならない」というヒポクラテスの誓いを守っています。今でもアメリカの医学部では卒業式にこの誓言を唱和しているはずです。「線引きをしろ」と命じる現実と「線引きをしてはならない」という誓言の間に齟齬がある。医療者とはこの葛藤に苦しむことをその職務の一部とする人たちです。そのことを患者であるわれわれも理解しなければなりません。

 そんな面倒な話には付き合いたくない、話を簡単にしてくれという人間は医療について口を出す資格はありません。ヒポクラテスがそういう誓いの言葉を医療従事者に言わせたのは、もちろん古代ギリシャにおいても患者の貧富の違いによって診療内容を変える医師がいたからです。その「現実」に対して「誓言」を対置することで、つまり医療者たちを葛藤のうちに巻き込むことによって医療の歴史は始まった。この葛藤に苦しむことを動力として医療は進化した。

 もし、古代ギリシャで「金のある人間だけが医療を受ける。貧乏人は治療を受けられない」というシンプルなルールを採用していたら、医療者を養成するための医学教育にも、効果的な治療法の開発にも、保険制度の設計にも、それを実行するインセンティヴがありません。人間は葛藤を通じて、シンプルな解決法がないという苦しい条件の下ではじめて「そんな手があるとは思わなかった新しい解」を見つけて来たのです。有限な医療資源をどう分配するか「わからない」というのは、今に始まった話ではありません。

 

8 世界の状況を見ていると、ウィルス感染にたいするグローバル社会の脆弱性が浮き彫りになりました。高密度な都市生活、大量な人とモノの行き交いといった現代文明の達成は、今後大きく変容していくのでしょうか。

 

 今回のパンデミックで、アメリカは重要医療器具や薬品の戦略的備蓄が大幅に不足していることを露呈しました(必要なマスクと呼吸器の1%しか政府は備蓄していませんでした)。台湾と韓国は過去の失敗を教訓として医療器具の備蓄を進めていたために、感染抑制に成功しました。これらの事例から、先進国はどこも医療資源の自給自足の必要を実感しました。アメリカはすでに必要な医療器具医薬品の国産化に舵を切りました。

 同じことはエネルギーや食料などの基幹的な物資すべてについても起こると予測されます。

 国民の生き死ににかかわる物資は金を出しても買えないことがあるという当たり前のことを世界中が改めて確信したわけです。グローバル資本主義はここで一時停止することになると思います。

 都市一極集中というライフスタイルが感染症リスクにきわめて弱いということも今回わかりました。今回リモートワークを実践した多くの人は、自分の仕事のためには別に毎日通勤する必要はなく、そうである以上、わざわざ高い家賃を出して都市に住んでいる必要がないということに気づいたはずです。

 3・11の後に東京から地方への移住者が激増しましたけれど、同じことがポストコロナ期にも起きるものと予測されます。宇沢弘文は日本の場合、総人口の20~25%が農村人口であることが、社会の安定のために必要だと試算していますけれど、あるいはその数値に近づくのかも知れません。

 

9 各国が深刻な経済的ダメージを受けることは間違いありませんが、アフターコロナの国際秩序のなかで、資本主義のあり方も変わっていくと思われますか。

 

 トランプのアメリカは国際社会でリーダーシップをとる意欲がありません。この政策を続けるなら、アメリカに代わって中国がポストコロナ期のキープレイヤーになるでしょう。中国は一帯一路圏を中心に医療支援を通じて友好国作りを進める。中国の超覇権国家化を望まない国々それを妨害しようとする。でも、決定打はどちらにもありません。ですからしばらくは「地政学的な膠着状態」が続くと思います。

 クロスボーダーな人間と商品の行き来が止まるわけですから、グローバル資本主義も長期にわたる低迷を余儀なくされるでしょう。この期間に「プランB」にいち早く切り替えることのできた国が生き残り、旧い成功モデルにしがみついている国は脱落する。

 

10 もしコロナが資本主義の分岐点だとしたら、経済的不況下でも国民の食や医療を守るうえでどんな社会モデルが考えられるでしょうか。先生のビジョンをお聞かせください。

 

 わかっていることは、人口動態学的事実です。これから日本は超高齢化・超少子化社会に向けて進み続けます。2100年の人口予測は中位推計で4950万人。現在の1億2700万人から7750万人減ります。年間90万人ペースでの人口減です。これで経済成長などということはあり得ません。与えられた条件下で、人々が気分よく暮らせる「小国寡民」の新しい国家モデルを構想するしかない。

 さいわい日本列島は温帯モンスーンの温順な気候にめぐまれ、森が深く、きれいな水が大量に流れ、大気も清浄で、植物相も動物相も多様という自然条件に恵まれています。この自然条件を生かした農林水産業、同じく豊かな自然資源と伝統文化を生かした観光・芸術・エンターテインメント、そして少し前まではアジアトップであった教育と医療、それらを柱とした国造りがこれからの日本の向かう道だ思います。

 

11 アフターコロナを生きるうえで一番必要な道徳観・倫理観とは何でしょうか。

 

 未知の状況に投じられたときには、自由度が最大化する・選択肢が最大化するように動くのが基本です。何が正解であるかわからないときには、何が正解であっても自分の選択肢のうちにそれが含まれているように動く。それほどむずかしいことではありません。

 ただ、そのためには、自由である方が/選択肢が多い方が気持ちがいいと感じる身体感覚を具えていなければならない。

 

 日常的に「不愉快なことに耐えている」「やりたくないことをしている」人が、もしそういう自分を正当化するために「これが人間として当然なのだ・人間のあるべき姿なのだ」と言い聞かせていれば、いずれ致命的なことになるかも知れません。そういう人は危機的な状況に遭遇したときに、「より自由度の低い方、より選択肢の少ない方」に自分から進んで嵌り込んでしまう可能性があるからです