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内田樹さんの「「街場の親子論」のためのまえがき」(後編) ☆ あさもりのりひこ No.887

もともと同質化圧の強い日本社会にさらに「共感」とか「絆」とか「ワンチーム」とかいう縛りがかかっている。そのせいで、もう息ができないくらい生きづらくなっている。

 

 

2020年6月3日の内田樹さんの論考「「街場の親子論」のためのまえがき」(後編)をご紹介する。

 どおぞ。

 

 

 僕はそこには「共感」を過剰に求める社会的風潮が与っていると思います。もともと同質化圧の強い日本社会にさらに「共感」とか「絆」とか「ワンチーム」とかいう縛りがかかっている。そのせいで、もう息ができないくらい生きづらくなっている。そういうことじゃないんでしょうか。

 たまに電車の中で高校生たちが話しているのを横で聴くことがあります。すると、ほんとうにやり取りが早いんです。超高速で言葉が飛び交っている。打てば響くというか、脊髄反射的というか、とにかく「言いよどむ」とか「口ごもる」とか「しばし沈思する」とかいうことが、ぜんぜんない。

 でも、これは異常ですよ。

 この若者たちは、たぶんそういう超高速コミュニケーションが「良質のコミュニケーション」だと思っているんでしょう。でも、それは違うと思う。そんな超高速コミュニケーションができるためには、そのサークルにおける自分の「立ち位置」というか「役割」というか、「こういうふうに話を振られたら、こういうふうに即答するやつ」という「キャラ設定」が確定していないといけない。でも、これはすごく疲れることだし、疲れるという以上に大きなリスクを含んでいます。

 もちろん、打てば響くコミュニケーションは当座は気持ちいいですよ。ジャズのインタープレイみたいなものですから、「腕のある者」同士だと、気分のよい演奏ができる。でも、長くやっていると、「自分のスタイル」を変えることが難しくなる。「らしくない」リアクションをすると全員が注視する。「どうしちゃったんだよ。お前らしくないじゃない」という突っ込みが入る。これが「キャラ設定」の怖いところです。

 たしかにキャラ設定を受け入れると、集団内部に自分の「居場所」はできます。いつもつるんで遊ぶ友だちもできる。でも、それは「初期設定をいじるな」という無言の命令とセットなんです。与えられた役割から踏み出すな、決められた台詞を決められたタイミングで言え、変化するな。そういう命令とセットなんです。

 家族でもそうです。「あなたは・・・だから」という決めつけがなされる。「・・・」には何を入れてもいいです。

 僕の場合だったら、「樹は西瓜が好きだから」「樹は要領がいいから」「樹は情が薄いから」などなど、無数の「キャラ設定」が家庭内でありました。

 僕がその期待に応えて、それらしいリアクションをすると、家族は機嫌がいい。家族が機嫌がいいと僕だってうれしい。言われてみれば、自分はたしかに西瓜が好きだし、要領がいいし、情も薄そうな気がする。でも、それってある種の「蜘蛛の糸」なんです。気がつくと、そういう無数の「樹は・・・だから」で身動きできないくらいにがんじがらめになっていた。

 僕は成長したかった。変化したかった。当然ですよね。呉下の阿蒙は「士別れて三日ならば、即ち更に刮目して相待つべし」と言いましたけれど、ほんとうにそうだと思います。人が成長するときには、三日経つと別人になってしまうくらいの勢いで変わる。それが人性の自然なんです。

 だから、「キャラ」の縛りが受忍限度を超えた時点で、僕は「すみません。長らくみなさまの"内田樹"を演じて参りましたが、もうこの役を演じるのに疲れました。役降ります。失礼しました。さよなら」と言って家を出てしまいました。

 

 家族の絆はつねにこの「変化するな」という威圧的な命令を含意しています。だから、若い人たちは成熟を願うと、どこかで家族の絆を諦めるしかない。子どもの成熟と家族の絆はトレードオフなんです。「かわいい子には旅をさせろ」と言うじゃないですか。

 絆が固ければ固いほど、成熟を求めて絆を切った子どもと残された家族とのその後の関係修復は困難になる。だったら、はじめから絆は緩めにしておいた方がいい。その方があとあと楽です。僕はそう思います。

 僕は高校生のときに「役を降りて」学校を辞め、家を出て、その後経済的に困窮して、尾羽打ち枯らして家に舞い戻りました。まことに面目のないことでしたけれど、父は黙って、「そうか」と言っただけでした。意地っ張りの息子が何を考えているのかを理解すること共感することをその時点までに父は断念していたようでした。でも、この「何を考えているかわからない少年」を再び家族の一員として迎えることを決断した。その困惑した表情を今でも覚えています。

 父は僕が50歳のときに亡くなりました。よい父親だったと思います。一番感謝しているのは、このときの「息子を理解することは諦めたけれど、気心の知れない息子と気まずく共生することは受け入れる」という決断を下してくれたことでした。

 

 この往復書簡を通読されたみなさんは、僕と娘の親密なやりとりよりも、「なんとも微妙なすれ違い」の方に興味を持たれると思います。「これだけお互いに気持ちがすれ違っていて、よく『僕らは仲良しな親子です』なんて言えるな」と不思議に思う読者もおられると思います。でもね、そういうものなんです。

 僕たちはうまくコミュニケーションのできない親子でした。でも、うまくコミュニケーションができている親子というのは、先ほどの高校生じゃないですけれど、「打てば響く」ような超高速のやりとりができるということとは違うと思います。

 うまくコミュニケーションがとれないことそれ自体はあまり気にしない。そういうものだと諦める。そして、とりあえず、相手を家族内部的に設定された「キャラ」に閉じ込めることはできるだけ自制する。相手がどんどん変化しても、あまり驚かない(多少は驚きますけれど)。なんとかもう少しうまくコミュニケーションがとれるようになるといいんだけど。生きているうちは無理かも知れないなあ...まあ、それでも仕方がないかというのが僕の基本姿勢です。

 こんな親ですから、るんちゃんも僕との親子のコミュニケーションについては、あまり高い期待を抱いていないと思います。

 でも、それでいいじゃないですか。困ったときは困ればいい。「参りましたな、こりゃ」「ううむ、打つ手がありませんなあ」と腕を組んで、庭の海棠にふと目をやって、ふたり渋茶を啜る・・・というような親子関係があってもいいじゃないか、と。

 というようなことを書くと、「いったい何を考えているんだか...そんな親子関係でいいわけないじゃん」というるんちゃんのため息が聞こえてきそうです。ごめんなさい。親子は難しいです。

 

 最後になりましたけれど、こんな不思議な本の企画を立てて、僕たち親子を励ましてくださった中央公論新社の楊木文祥さん、胡逸高さんのお二人の編集者に感謝申し上げます。

 親子二人きりだと気恥ずかしくて、往復書簡なんか書く気になれなかったと思いますけれど、第三者の目を気にしながら書くことで、これまで言えなかったことをお互いに正直に言い合うことができました。弁護士を間に立てて協議離婚するようなものですね・・・という不穏な喩えを思いつきましたけれど、これはあまりに不適切ですね。忘れてください。

 何より、長い間付き合ってくれたるんちゃんに感謝です。ありがとう。たまには神戸に遊びに来てくださいね。

 

2020年3月

 

内田樹