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内田樹さんの「日刊ゲンダイ「コロナ後の世界」」 ☆ あさもりのりひこ No.888

とりあえず日本の政官財はこれからも一極集中シナリオにしがみつき、五輪だ、万博だ、カジノだ、リニアだと「昭和の夢」を語り続けるだろう。だが、そこにはもう未来はない。

 

 

2020年6月4日の内田樹さんの論考「日刊ゲンダイ「コロナ後の世界」」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

「コロナ禍によって、社会制度と人々のふるまいはどう変わるのか?」ここしばらく同じ質問を何度も向けられた。「変わるかも知れないし、変わらないかも知れない」というあまり役に立たない答えしか思いつかない。でも、それが正直な気持ちである。

 2011年の3・11の後にも「これで社会のあり方も人々の価値観も変わるだろう。変わらないはずがない」と思ったけれど実際にはほとんど変わらなかった。環境が激変し、新しい環境への適応が求められても「変わりたくない」と強く念じれば、人間は変わらない。そして、生物の歴史が教えるのは、環境変化への適応を拒んだ生き物の運命はあまりはかばかしいものではないということである。

 今の日本ははっきり言って「はかばかしくない」。それは環境が大きく変化しているにもかかわらず、日本人集団がそれに適応して変化することを拒んでいるからである。

 

 日本人が直面している最も直接的な環境的与件は人口減と高齢化である。これはコロナとは関係がない。日本の人口は21世紀末までに中位推計で5000万人にまで減る。80年で7700万人、年間90万人ペースで人が減る。中央年齢は45・9歳で世界一の老人国である。要するに今の人口構成を前提に設計された社会制度は遠からず全方位的に崩れるということである。

 適応のための選択肢は二つしかない。

 首都圏にすべての資源を集中させて、それ以外を無住の地とする「一極集中シナリオ」か、全土に広く薄く分布する「地方離散シナリオ」である。

「一極集中」であれば、狭い空間に人間を詰め込むので、スケールは小さくなるが、制度は今とそれほど変わらない。人々は相変わらず満員電車で通勤して、混み合ったモールで買い物をする。ただし、首都圏以外では、幹線道路や線路から少し離れると廃屋と耕作放棄地が広がることになる。

「地方離散シナリオ」では明治末年程度の人口が当時の生活圏に薄く広く暮らす。たぶん人口の20%くらいが農村に住むことになるだろう。食料は自給自足できるが、エネルギーの自給率を上げるためにはテクノロジーの進化が必要になる。医療や教育については制度設計を間違えなければ高水準を維持できるだろう。科学や芸術の発信力も工夫次第で高められる。だが、経済成長はもう望むべくもない。

 

 3・11で「シナリオの変更」を突き付けられた時に、日本人は結局これまで通りの「一極集中シナリオ」を選択した。震災直後には、首都機能の分散や人口の地方移動・地方分権が提案されたけれど、ほとんど議論されないまま棄てられた。そこにパンデミックが来た。人口稠密地で感染が拡大し、経済活動は停滞した。地方離散と地方分権が進んでいれば、感染は早期に収束し、社会活動への影響も軽微で済んだかも知れない。済んだことだから検証のしようがないが。

 いずれにせよ、ウィルスはこれからも間歇的に世界的流行を繰り返すし、都市への一極集中が感染症に弱いことは周知された。では、どうするのか.

 とりあえず日本の政官財はこれからも一極集中シナリオにしがみつき、五輪だ、万博だ、カジノだ、リニアだと「昭和の夢」を語り続けるだろう。だが、そこにはもう未来はない。

 環境の変化に本気で適応する気なら、衆知を集めて、実現可能な「地方離散シナリオ」を起案すべきである。

 

 コロナを奇貨として、それについての本格的な議論が始まることを願っている。(2020年6月2日号)