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内田樹さんの「平川克美『株式会社の世界史』書評」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.954

「利益以外のことをめざして」ビジネスをする人間がこの資本主義のゲームで「利益だけをめざして」ビジネスをする人間に勝つことができるかどうか、それを検証したかった。

 

 

2020年12月29日の内田樹さんの論考「平川克美『株式会社の世界史』書評」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

平川君から教えてもらったこと

 

 僕は平川克美君が社長をしていた会社で働いていたことがある。四人のメンバーで翻訳会社を起業したのである。僕たちが26歳のときだった。

 道玄坂上の日の当たらない貸しビルの狭い一室にゴミ捨て場から拾ってきたデスクやロッカーを置いてスタートした。それが高度成長の波に乗って、順調に売り上げを伸ばし、数年後には渋谷のビルのワンフロアを借り切って、二十人ほどの社員を擁するまでになった。

 僕自身は大学院博士課程に進学したことを契機にフルタイムでの会社経営からは手を引いたのだが、スタートアップからの三年間は今思い出してもほんとうに愉快だった。ビジネスが「愉快」だったのは、ただ金が儲かったからだけではない。それ以上の、それ以外の何かがあったからである。平川君はこの本の中でこう書いている。

 

「株式会社の目的は、利益を生み出すことであり、それは人間一般の目的と同じである。ただし、株式会社にとっては、利益を生み出すことは唯一の目的であるのに対して、人間にとってはそれは、数ある目的のうちの一つに過ぎない」(156-7頁)

 

 たしかに僕たちには利益を出す以外の「目的」があった。それは奇妙に聞こえるかも知れないけれど、「利益を出す以外の目的を掲げてもビジネスはできる(むしろその方がうまくゆく)」という命題を証明することだった。

 会社は利益を出さなければ倒産する。だからもちろん僕たちは必死で働いた。でも、それは利益を出し続けないと「ゲーム」が続けられないからだ。平川君や僕のような、人に頭を下げることができない、反抗的で態度の悪い若者たちが、それでも一人前のプレイヤーとして資本主義のゲームの場にとどまり続けることができるかどうか、僕たちはそれを確かめたかったのである。「利益以外のことをめざして」ビジネスをする人間がこの資本主義のゲームで「利益だけをめざして」ビジネスをする人間に勝つことができるかどうか、それを検証したかった。いくら若いとはいえ無謀なことを考えたものである。

 さいわい僕たちの会社は成功した。一つは周りの人たちが支えてくれたからである。僕たちの会社には取引先の若い営業マンたちがよく遊びに来た。ソファーに座って、コーヒーメーカーで勝手にコーヒーを淹れて、バイク雑誌を読んで暇をつぶしていた。自分たちと同じ年ごろの連中が笑いながら仕事をしている空間が居心地よかったのかも知れない。彼らがいろいろな仕事を持ち込んできた。どこに発注してもいいような仕事、どこに任せたらいいかわからない仕事が僕たちのところに放り込まれた。

 会社がうまくいっていると聞きつけて、友人知人やその知り合いまでが「会社に入れて欲しい」とやってきた。平川君はその連中をほとんど片端から採用してしまった。さすがに心配になって「こんなに雇っちゃって、給料出せるのかい?」と訊いたら、平川君は「連中の給料分をオレたちが稼げばいいのさ」と笑って答えた。

 果たすべきジョブがまずあって、それに合わせて「適材」を年俸契約で雇うというのが当今の人事だが、平川君のやり方は逆だった。まず人を雇う。それから彼らを「食わせる」ための方途としてビジネス展開を考える。これは後年平川君がよく引くようになった下村治の「国民経済」の発想と同じだった。池田内閣で所得倍増計画を牽引した大蔵官僚下村はこう書いている。

 

「本当の意味での国民経済とは何であろうか。それは、日本で言うと、この日本列島で生活している一億二千万人が、どうやって食べどうやって生きて行くかという問題である。この一億二千万人は日本列島で生活するという運命から逃れることはできない。そういう前提で生きている。(...)その一億二千万人が、どうやって雇用を確保し、所得水準を上げ、生活の安定を享受するか、これが国民経済である。」

 

 平川君はなぜか株式会社もそういうものであるべきだと思ったのである。何かのご縁で仲間になった以上「みんなまとめて面倒みよう」と。

「面倒みよう」というのは損得計算の末に出てくる合理的なソリューションではない。平川君の場合、話はそこから始まるのである。平川君は青島幸男作詞の『黙って俺についてこい』が好きで、よく口ずさんでいた。「銭のないやつぁ俺んとこへ来い。俺もないけど心配すんな。見ろよ青い空 白い雲 そのうちなんとかなるだろう」というあれである。そしてたしかに「そのうちなんとかなった」のである。

 僕は平川君のこの経営哲学は正しいものだったと今でも思っている。もしあのとき利益優先のビジネスをしていたら、僕たちの会社はそれほど長くはもたなかったと思う。僕たちがハイテンションでいられたのは「誰もやっていないゲーム」をしているという緊張感があったからである。