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体調が落ちると、基礎疾患の「弱い環」から切れて来るわけである。
2020年12月31日の内田樹さんの論考「2020年の10大ニュース」をご紹介する。
どおぞ。
大晦日なので、今年の10大ニュースを考えてみる。
(1)アウトブレイクで凱風館が休館
3月に県内最初の感染者が出た時点でまず3日から23日まで3週間休館。再開後、4月7日~5月18日まで5週間休館、7月18日~8月24日まで5週間休館、11月18日から今日まで6週間休館。ざっと29週間。一年の半分以上をお休みしていたことになる。杖道稽古と居合研究会はその間も継続していたし、その他の講習会は予定通り開催したが、やはり合気道の稽古ができないのはつらかった。21年はできるだけ早く稽古が再開できることをただ祈る。
(2)体調がすごく悪かった
19年の秋に風邪をひいて、咳と鼻水がなかなか治らず、数日して病院に行ったら「気管支炎」との診断。「肺炎一歩手前。年なんだから三日続いて具合が悪かったらすぐに病院に来なさい」とお医者さんに叱られた。結局風邪はそのあとも一月続き、風邪が治まったあとは膝の痛みが激しくなり、恒例のスパルタンスキーは涙の欠席。極楽スキーには湿布を貼ってなんとか這うようにして参加したけれど、二日目から体調が悪くなって三日目の夜には救急搬送。急性前立腺炎。体調が落ちると、基礎疾患の「弱い環」から切れて来るわけである。神戸に戻ってからも下腹部に疼痛があって、痛みで眠れない日が数日続いた。その後も体調は低空飛行のまま。膝の痛みは11月ごろにようやく治まり、稽古をしても痛まなくなった。コロナ禍で休館したおかげで休養ができたと言えないこともない。塞翁が馬である。
(3)たくさん本を出した
世間はコロナ禍で外出自粛。もともと家から出ない男である上に、稽古が休みになったし、さまざまなイベントも飛んだので、することがない。体調も悪いし、しかたないので、じっと書斎にこもってひたすら原稿を書き続けた。
今年出した本は『日本習合論』(ミシマ社)、『コモンの再生』、『サル化する世界』(文藝春秋)、『前ー哲学的』(草思社)、『街場の親子論』(るんちゃんとの共著、中央公論新社)、『コロナと生きる』(岩田健太郎さんとの共著、朝日新書)、『ポストコロナ期を生きるきみたちへ』(編著、晶文社)、『しょぼい生活革命』(矢内東紀さんの本に対談で参加)、『安倍、菅、維新。8年間のウソを暴く 路上からの反撃、倍返しだ!』(西谷文和さんの対談本に参加、日本機関誌出版センター)
年明け早々に『学問の自由が危ない』(佐藤学、上野千鶴子両氏との共編著、晶文社)と『日本戦後史論』(白井聡さんとの対談、朝日文庫への文庫化)が出る。
これらのゲラに囲まれて1年過ごしたのであるから、「もうゲラの顔も見たくない」と泣き言を言っても許して欲しい。
21年は春頃に姜尚中さんとの対談本(集英社新書)、同じ頃に前川喜平・寺脇研両氏との鼎談本が出るが、それ以外はまだ未定。すでに新著が3冊なんだから、十分だと思うけど。
(4)山崎雅弘さんの裁判を支援した
戦史研究者である友人の山崎雅弘さんのツイートが竹田恒泰氏に名誉毀損で訴えられるという出来事があった。竹田氏は山崎さんのツイートをRTした私も引き続き訴えると宣言しているので、山崎さんと共に裁判闘争をすることになった。その裁判費用のファンディングを訴えたところ、予想外にあっという間に1000人を超える方から総額1200万円を超える支援を頂いた。ことの理非を明らかにして、言論の自由を守ることを願う人がこれだけいることに感激した。裁判は年末に結審、2月に判決が下る。
(5)「レヴィナスの時間論」が完結する
『福音と世界』に6年越しで連載していた「レヴィナスの時間論」が70回で完結した。オリジナルわずか89頁の『時間と他者』を精読するというだけの連載に700枚の原稿を書かせてくださった新教出版社の小林望社長の雅量に深謝したい。
『レヴィナスの時間論』はこれから冗長なところを削り、足りない情報を書き足して、年内には単行本のかたちに整えるつもりでいる。出るのはたぶん2022年になると思う。
これで『レヴィナスと愛の現象学』、『他者と死者』に続くライフワークのレヴィナス三部作が完了する。
(6)カミュ論が始まる
6年間毎月レヴィナス論を4000字書いていたので、連載が終わったら「レヴィナス・ロス」で心に空洞ができるのではないか・・・と心配していたら、パンデミックのせいでアルベール・カミュの『ペスト』が突然ベストセラーになり、版元の新潮社の足立さんから「どうして日本人はカミュがこんなに好きなんでしょうね?」と訊かれて、それについて隔月で『波』に書くことになった。
レヴィナスで空いた欠落感をカミュで埋めるという「渡りに船」のような企画である。書きたいことはたくさんあるので、これも長い連載になる可能性がある。
(7)ときならぬ韓国ブーム
凱風館は気が付けば伊地知紀子大阪市立大学教授の深く広い日韓ネットワークのハブの一つになってしまった。最初は朴東燮先生がプロデュースする私の韓国講演旅行に帯同して、韓国の勉強をする「修学旅行部」の立ち上げから始まった。それから凱風館門人がハングルを学ぶハングル書堂(講師は伊地知先生)が始まった。それからパンソリの安聖民・浪曲の玉川奈々福・作家の姜信子さんのユニット「かもめ組」も定期的においでになるようになった。
20年は『街場の日韓論』を書いたご縁で在日コリアンの雑誌『抗路』の座談会が凱風館で開かれた。本を読まれた呉泰奎在大阪大韓民国総領事が私たちの日韓の市民的連携の願いを多とされて凱風館においでになり、同書の関西在住執筆陣(白井聡、山崎雅弘、平田オリザ、松竹伸幸、伊地知紀子、内田樹)六人が総領事館のディナーに招かれることになった。
朴先生主催の韓国旅行はコロナのせいで今年は実現できず、ZOOMでの講演になったけれども、修学旅行部は京都の高麗美術館を訪れ、バッキ―井上さんの焼き肉屋「お富」で韓国料理をお腹がちぎれるまで食べるというプチ修学旅行を実施した。
というわけで、『愛の不時着』観賞から始まった20年の凱風館の韓国ブームは世の嫌韓言説とはまったく逆方向に展開し続けているのであった。21年はどうなるか。
以上7大ニュースだった。思い出せばもっとあるかも知れないけれども、まああまりたくさん大事件がない方が人生穏やかでよろしいと思う。
2021年がみなさんにとって佳い年でありますように。