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内田樹さんの「後手に回る」 ☆ あさもりのりひこ No.984

総理大臣は受験生でもサラリーマンでもない。彼に求められているのは記者や野党議員に「言い負かされない」ことではない。国の進む先を指示し、ヴィジョンを語り、国民を鼓舞することである。

 

 

2021年3月15日の内田樹さんの論考「後手に回る」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

毎月山形新聞の「直言」というコラムに寄稿している。これは3月11日号への寄稿分。

 

 菅首相の政権運営について「後手」という批判がなされている。感染症対策でも、Go To キャンペーンでも、山田内閣広報官の辞職でも、政府決定に世論の批判が収まらず、前言撤回に追い込まれたことを指している。

「後手に回る」というのは武道の言葉であるが、時間的な遅速を意味するわけではない。仮に難題にすばやく対応できても「先手を取った」とは言われない。まず難問があり、それに対してなんらかの解を以て応じるというふるまいはすべて「後手に回る」と言われる。

 気づいている人が少ないが、私たちは子どもの頃から、「後手に回る」訓練をされてきている。問いを出されて、それになんらかの解を出し、正解すればほめられ、誤答すれば罰されるという学校教育の形式がそもそも「後手に回る」練習なのである。

就職すると今度は「与えられた課題を適切にこなす」という仕方で「後手に回る」訓練が続く。設問や課題がまず与えられ、それにどうやって対処するかを考えるというスキームになじんだ人たちは全員「後手」の人である。

 なぜ私たちはこれほどまで執拗に「後手に回る」訓練をさせられるのか。別に難しい話ではない。問いを出す方、課題を出す方が「ボス」で、答えたり査定されたりする方が「子分」だからである。「上位者に無批判に従うマインド」を形成するために、私たちは子どもの頃から「後手に回る」技術ばかりを選択的に刷り込まれているのである。

 実際に、ある種の政治家たち(例えばいまの財務大臣が典型だが)は記者の質問に対してしばしば相手が答えを知るはずのないトリヴィアルな質問を返して、マウントを取ろうとする。別に質問の答えを知りたいわけではない。彼らは経験的に「質問をして、答えを査定できる立場」を先取すれば、相手を「後手」に追い込むことができるという権力関係の消息を熟知しているからそうするのである。

 前にあるスポーツイベントで、試合のあとに選手たちを並ばせて「どうして負けたかわかるか?」と詰問している監督を見たことがある。むろん監督は正解を求めてそうしているわけではない。選手がどんな答えを差し出しても彼は「違う」と言ってはねつけるだろう。彼は答えを査定する権利を行使することで、子どもたちに「誰がボスか」を思い知らせようとしてそうしているのである。彼の問いにもし正解があるとしたら、それは「お前のようなやつが監督をしているからだ」なのだが、気の毒なことに選手たちはそれを口にすることが許されない。

 質問されてそれに答え、その答えの適否を査定される側はつねに「後手に回る」。だから、奇手ではあるが、「何を訊かれても答えない」という態度を貫けばたしかに「後手に回らず」に済む。現に、菅首相は官房長官時代その一手で記者たちの質問を退けて、「鉄壁」と呼ばれてきた。しかし、その成功体験は総理大臣の職には適用できない。「後手に回らない」と「先手を取る」はまるで別のことだからである。

 一国のリーダーに求められているのは「質問に答えない」ことではなく、状況の「先手を取る」ことである。「そもそも問題を起こさないこと」である。コロナウイルスの感染拡大に先んじて適切な対策を講じ、愚策を採用せず、阿諛追従して行政を歪める官僚を重用しないでいれば、そもそも「問題」は起こっていない。

 

 総理大臣は受験生でもサラリーマンでもない。彼に求められているのは記者や野党議員に「言い負かされない」ことではない。国の進む先を指示し、ヴィジョンを語り、国民を鼓舞することである。自分の仕事がそういうものだということがわかっていないから「後手」を咎められるのである。