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内田樹さんの「2021年の予言(前編の前編)」 ☆ あさもりのりひこ No.989

「先進国最下位」が日本の定位置だということにもうみんな慣れてきてしまったからです。政治家も官僚も先進国最低レベルだということにもう慣れてしまった。

 

 

2021年3月25日の内田樹さんの論考「2021年の予言(前編の前編)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

GQ』の先月号に2021年について予測を書いた。その前編。

 

 こういう時は「いいニュースと悪いニュースがあるけれど、どちらから聞きたい?」というのがハリウッド映画の定番ですよね。とりあえす悪い方の予言から。

 その1。東京五輪は開催されません。これはもうみんな思っているから「予言」にはなりませんけどね。日本国内でもコロナの感染者は増え続けていますけれど、アメリカは感染者数が2500万人、死者数も40万人を超えました。選手選考もできない状況です。考えてみてください、アメリカの選手団が来ない東京五輪を。そんなものをNBCが放映するわけがない。アメリカがモスクワ五輪をボイコットした時もNBCは放映しませんでした。支払い済みの放映権料は保険でカバーできたから、今度もそうなると思います。

 五輪中止はもう組織委内部では既決事項だと思います。でも、誰も自分からは言い出せない。言った人間が袋叩きにされることが分かっているから。だから、IOCかあるいはWHOから開催中止要請があったら、それを受けて「外圧に屈してやむを得ず」と唇を噛んで中止を発表する。外圧の「被害者」という設定だから、五輪関係者は誰も責任を取らないで済む。メディアも一緒になって悔し涙にかきくれてみせる。一億総切歯扼腕というわけです。「捲土重来。もう一度東京で五輪を!」キャンペーンの企画書は電通がもう書き上げていると思います。これが予言の第一。

 悪い予測その二は天変地異。感染症専門医の岩田健太郎さんと対談したとき、コロナ禍でいちばん怖いのはなんですか? と聞いたら自然災害と重なることだということでした。台風とか地震とか火山の噴火とか天変地異があると被災者は避難所に集められます。狭い空間に大人数が詰め込まれる。衛生状態も悪いし、栄養も足りないし、ストレスもたまる。クラスター発生の条件が揃ってしまう。だから、いちばん怖いのは自然災害だということでした。

 自然災害はいつ起きるか予測不能です。僕が怖いのは富士山の噴火です。富士山、年末に冠雪してなかったでしょう? 山頂の地肌が出ていた。地熱が高くて雪が溶けているんだそうです。マグマが溜まっているらしい。

 コロナが終息しない段階で大きな自然災害が起こるというのが「最悪のシナリオ」ですけれども、いまの日本政府はそれに備えてリスクヘッジをしているでしょうか? 僕は何もしていないと思いますね。

 小松左京のSF小説『日本沈没』がいま読まれているそうですけれど、あの小説の読みどころは日本が沈没するというところじゃなくて、日本が沈没した場合にどうやって日本国民を救い、政体としての継続性を保つかの工夫に官民一体となって知恵を絞るところだったと思います。日本人にはそれができるだけの知力があるということが物語の前提になっていた。いま『日本沈没2021年』を出しても誰も読みませんよ。だって、政治家も役人も学者もみんながどうしていいかわからずにおろおろしているうちになすところなく日本は沈みましたという終わり方しかあり得ないんですから。金持ちと権力者だけは飛行機に乗って逃げ出しましたが、残りの金のない日本人はみな溺死しました、おしまい。そんなつまらない話、誰も読まないですよ。

 もう先進国ではコロナワクチンの接種が始まっていますけれど、日本はいつになるかわからない。年内にはなんとかなりそう・・・というようなニュースを見ても、もう誰も驚かないし、誰も怒らない。「先進国最下位」が日本の定位置だということにもうみんな慣れてきてしまったからです。政治家も官僚も先進国最低レベルだということにもう慣れてしまった。

 最近の若い人たちは自己肯定感が低いとよく言われますけれど、実は日本人全部がそうなんです。自己評価が信じられないくらいに下がっている。だから怒らない。怒れない。

 不出来な内閣がたった8年続いただけでこれだけ国民の自己評価は下がった。ものを創り出すのはたいへんですけれど、壊すのは簡単なんです。日本の国力がV字回復することは当分ないでしょう。というのが悪い予言のその三です。