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中国では伝統的に経済リスクに対処するために親族ネットワークに頼ってきた。だが、「一人っ子政策」によって、天涯孤独という高齢者が急増して、セーフティネットとしての親族が機能しなくなった。
2021年5月27日の内田樹さんの論考「台湾海峡の危機」をご紹介する。
どおぞ。
山形新聞に毎月連載しているコラムの4月寄稿分(2021年4月13日)
台湾海峡の緊張が高まっている。4月7日に12機の戦闘機を含む15機の中国機が台湾の防空識別圏に侵入した。米海軍の駆逐艦が台湾海峡を通過したことへの反応と見られる。中国政府は「米国が台湾海峡の平和と安定を危険にさらしている」とコメントし、これを承けて台湾の外交部長(外相)は中国による台湾侵攻の危機が高まっているという米軍の見解を紹介した上で「そうした事態になれば台湾は最後まで戦う」と述べた。台湾海峡の緊張はかなりシリアスなレベルに達してきた。
中国の台湾への軍事侵攻はあり得るのか? 米国の外交・軍事専門家の間ではしだいに「あり得る」という意見が増えている。
先月号の『フォーリン・アフェアーズ・レポート』の巻頭論文は中国は2027年までに軍の近代化を終え、台湾をめぐるアメリカとの紛争で「想定できるあらゆるシナリオで中国が支配的優位を確立することを目的にしている」と書いている。
外交とりわけ国防の専門家はどういう場合でも「リスクを高めに設定する」傾向がある。もちろん、それでよい。それが仕事なのだから。2017年にランド研究所の報告は「米軍は次に戦闘を求められる戦争で敗北する」と推論していたし、同年にダンフォード統合参謀本部議長は「われわれが現在の軌道を見直さなければ、中国に対する競争優位を失うだろう」と警告している。「このままではたいへんなことになる」と警鐘を乱打することは軍人の本務である。軍人が「なあに、たいしたことはありませんよ」と高をくくっていて予測が外れる方がはるかに被害が大きい。だから米国サイドの危機感は多少差し引いて伺っておいてよいと思う。中国はいまのところはまだ米国に対して軍事的優位を確立してはいない。
その上でこれから先に台湾侵攻はあり得るかを考えてみたい。
台湾占領は中国にとってきわめて困難な事業になると思う。2400万の台湾国民は自力で民主的な政体を創り上げたことに自信を持っている。新型コロナウィルスの感染抑制の手際のよさは世界から賞賛された。このプライドの高い国民を強権的に抑え込むためには、粛清と強制収容所と多数の軍人・行政官の長期駐留が必要になるだろう。そのための統治コストは桁外れのものになるし、国際社会における中国の倫理的威信は地に墜ちる。
たしかに台湾併合に成功すれば、習近平は毛沢東に並ぶ「国父」の伝説的地位を獲得することだろうが、それと引き換えに中国が失うものはあまりに多い。
それよりも私はむしろ「2027年」という年に注目する。というのは、中国が軍の近代化を終える予定のこの年に中国の人口がピークアウトするからである。
中国はそれ以後毎年生産年齢人口が400万人ずつ人口減少する。同時に超高齢化が進み、2040年には65歳以上の高齢者は3億2500万人を超える。中国の現在の中央年齢は38.4歳で米国とほぼ同じだが、2040年には48歳に達する。今の日本の中央年齢を超える超老人国になるのである。
中国では伝統的に経済リスクに対処するために親族ネットワークに頼ってきた。だが、「一人っ子政策」によって、天涯孤独という高齢者が急増して、セーフティネットとしての親族が機能しなくなった。そして、何千万人もの高齢者の生活を支援できるような社会保障制度をいまの中国は持っていない。
中国は人口動態的にはもうあまり時間的余裕がないのである。2027年までに「できること」を片づけておかないと、その後が苦しくなる。周辺諸国に対する過度に威圧的な構えのうちに私は中国の自信と焦燥をともに感じるのである。