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「ジャーナリストは現場に足を運んで、本人の話を聴くのが基本です」
2021年6月10日の内田樹さんの論考「呉泰奎総領事のこと」をご紹介する。
どおぞ。
大韓民国の呉泰奎(オ・テギュ)在大阪総領事が任期を終えて離任されることになった。
呉総領事は型破りの外交官だった。リベラルなハンギョレ新聞の創設メンバーの新聞記者で、長く日本で特派員をつとめた経験を買われて、文在寅大統領に請われて外交官に転じた。「ジャーナリストは現場に足を運んで、本人の話を聴くのが基本です」というのが信条だった。だから、これまで職業的な外交官が足を向けなかった場所や集まりにも気楽に顔を出した。そして、儀礼的な扱いを求めず、まっすぐ人々の懐に飛び込んだ。
在日コリアンの世界は複雑である。南と北のどちらかだけに帰属感を持つ人がおり、どちらをも祖国だと思う人がおり、どちらにも帰属感を持たない人がいる。総領事はそのすべての在日コリアンの利害を代表して行動しようとしていたように私には見えた。それは韓国政府の役人としての服務規定の範囲を時には超えることだったかも知れない。
私が編著の『街場の日韓論』という論集を一読して総領事は日韓の市民的連携のためのわれわれの努力を多として、神戸まで会いにいらしてくれた。それから何度かお会いした。『日韓論』の執筆陣で関西在住の六人(伊地知紀子、白井聡、平田オリザ、松竹伸幸、山崎雅弘と私)を総領事館に招いて感謝の宴席を設けてくれたこともあったし、私の道場で講演をしてくださったこともあった。
ソウルに戻った後はどうするのですかと訊いたが、何も決まっていないということだった。もうメディアの仕事には戻らない。一度官途に就いた者はジャーナリストとしては「汚染」されたものとみなされるからですと笑っていた。
日韓関係は今も戦後最悪のままである。こんな時期に呉総領事のような見識の高い、器量の大きな方が日韓の架橋の役を担ってくれたことは日本にとって幸運だったと思う。
(信濃毎日新聞6月7日に寄稿)