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内田樹さんの「コロナ後の世界」(その6) ☆ あさもりのりひこ No.1069

安倍政権の時に、日本は一機100億円のF35戦闘機を大量に購入しましたけれど、軍事のAI化に予算を集中したいアメリカには、もう空母や戦闘機は要らないのです。あれは日本に「在庫処理」を押し付けたのだと僕は思っています。

 

 

2021年10月15日の内田樹さんの論考「コロナ後の世界」(その6)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

軍事の変容

 

 あともう一つ、これは僕が知る限り、指摘している人があまりいないトピックですが、パンデミックと軍事の関係です。

 去年の3月にアメリカの空母セオドア・ルーズベルト号の艦内でコロナ患者が発生したために、感染者を下船させるために、作戦行動を中断して港に戻ったことがありました。その前にはダイヤモンド・プリンセス号での集団感染がありました。

 その時に、船舶というものが非常に感染症に弱いということが分かった。たくさんの人が狭い空間に閉じ込められていて、斉一的な行動をとらされるわけですから当然です。同時に軍隊が感染症に対して脆弱な組織だということも明らかになった。軍隊もたくさんの人を狭い空間に閉じ込めて、斉一的な行動をとらせます。同じ時間に起きて、同じ時間に寝て、同じ場所で、同じものを食べる。感染症防止には最悪の条件です。

 感染拡大を防ぐ効果的な予防方法は「ニッチをずらす」ということです。同一環境内にいる生物が、生息地をずらし、食性をずらし、行動パターンをずらすことで、リスクを分散する。軍隊はそれができません。軍隊は、特定の狭いニッチの中に大量の人々をまとめることで成立する組織です。

 だから、パンデミックが始まってから後、世界では大規模な軍事行動は行われていません。「起きてもよかったのだが、起きなかったこと」は気がつきにくいものですが、そうなんです。この1年半に起きた大規模な戦闘と言えば、アゼルバイジャンとアルメニアの間の領土紛争と、アフガニスタンのタリバンと政府軍の戦闘だけです。アフガニスタンでは米軍も政府軍もほとんど戦闘をしないまま撤兵しました。それは通常兵器による長期的な戦闘ができにくくなっているからだと僕は思います。

 ふつうは紛争地近くの海域にまで空母を送り、そこから爆撃機やヘリコプターを出動させる、潜水艦からミサイルを発射するという作戦行動をとるわけですけれども、艦船は感染症に弱いことが分かった。特に潜水艦は、狭い空間に兵員を詰め込んで、同じ空気を吸うわけですから、感染症にきわめて脆弱です。だから、パンデミックによって軍事的なフリーハンドは大幅な制約を受けることになりました。

 それは同時に軍のAI化を推進させる理由ともなりました。もちろん、パンデミック以前から軍備のAI化は進行していましたが、パンデミックのせいで、ドローンやAIが制御するロボットに戦争を任せるという方向への切り替えが加速することになりました。機械はウイルスに感染しませんから。

 AI軍拡はアメリカと中国が突出しています。アメリカの外交専門誌を読む限りでは、アメリカの方が軍拡競争に若干出遅れているようです。アメリカの軍人たちは「いま中国と戦争をしたら勝てない」ということを言っていますが、これはあまりそのまま真に受けるわけにはゆきません。軍人は「もっと国防予算を増やさないと、このままではたいへんなことになる」と言い立てるのが仕事ですから、彼らの危機論は多少割り引いて聴かなければならない。ただ、軍関係者はほぼ一様に「中国の方が軍のAI化ではアドバンテージがある」ということは認めています。決定的な差ではないでしょうけれど、いまのところは中国に分がある。

 アメリカは技術的には進んでいますが、AI化の阻害要素があります。軍産複合体と彼らに操作されている議員たちです。軍需産業は巨大な在庫を抱えています。空母や戦闘機やミサイルの大量在庫があります。これが全部「はける」まで、次世代テクノロジーへの切り替えはできない。国防上の理由ではなく、企業の利益のためです。

 今回アフガニスタンで、米軍は大量の兵器を惜しげもなく捨ててゆきましたが、あれはある意味で「不良在庫の一掃」という意味があったのだと思います。あの兵器が貴重な資源だったら、全部回収したはずです。兵器の無駄遣いを求めるのは軍需産業としては当然のことです。兵器をたいせつに使って長持ちさせられては利益が出ませんから。

 安倍政権の時に、日本は一機100億円のF35戦闘機を大量に購入しましたけれど、軍事のAI化に予算を集中したいアメリカには、もう空母や戦闘機は要らないのです。あれは日本に「在庫処理」を押し付けたのだと僕は思っています。

 中国のアドバンテージは、軍需産業の都合を配慮する必要がないということです。軍拡に市場の理論が入り込む余地がない。党中央が「軍備をAI化しろ」と命令したら、軍も、兵器産業も、学者も、技術者も、一斉にAI化に集中する。

 ただ、中国も実は軍事上のシリアスな問題を抱えています。