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内田樹さんの「撤退のために」(後編) ☆ あさもりのりひこ No.1077

「子どもが生まれず、老人ばかりの国」において人々がそれでもそこそこ豊かで幸福に暮らせるためにどういう制度を設計すべきかについて日本は世界に対して「モデル」を提示する義務がある。

 

 

2021年10月27日の内田樹さんの論考「撤退のために」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 僕の書き方がいささか悲観的過ぎる、日本の衰え方をいささか誇大に表現しているのではないかという疑念を持つ方がおられると思います。でも、日本の未来について楽観できる余地はほんとうにないのです。

 国力衰退の第一にして最大のファクターは「人口動態」です。わが国の総人口は2004年をピークとして、今後減り続け、21世紀の終わりには、明治四十年代の日露戦争前後の水準にまで減少することが予測されています。人口推移の図表を見ると、1900年から2000年までに増えたのと同じだけが2100年までに減るので、人口推移グラフはきれいな左右対称の山形をなしています。

 具体的に言うと、2100年の人口予測は高位推計で6470万人、中位推計で4771万人、低位推計では3770万人です。現在が1億2600万人ですから、中位推計でも今から80年の間に7000万人以上減る勘定です。年間90万人。毎年県が一つずつなくなるというペースです。

 その減少分は海外からの移民で補えばいいというご意見もあるかも知れません。でも、今日本在住の外国人は290万人に過ぎません。パンデミックのせいで外国からの移住者数はむしろ減っています。それに入管問題で露呈されたように、日本社会は「異邦人」の受け入れ能力が悲しいほど低い。「多様性と包摂」という看板だけは掲げていますけれども、申し訳ないけれど今の日本人は人種・国籍・言語・宗教・生活文化を異にする「他者」たちと共生できるほどの市民的成熟には達していません。そのような市民的成熟が緊急に必要であるということについての国民的合意さえない。そんな国が人口減を移民で補うことができるはずがありません。

 人口減と超高齢化が日本の国力の衰微の最大の原因です。これは小手先の政策ではどうしようもない。初期条件として受け入れるしかない。

 でも、同じ「撤退」問題はこれから後、多くの先進国で起きることです。日本に続いて2027年には中国の人口がピークアウトして、以後年間500万人ペースでの人口減になります。その規模と速度は日本の比ではありません。中国の中央年齢は今は37.4歳でアメリカと同じですが、2040年には今の日本のレベル(48歳)に達します。韓国も2019年の5165万人をピークに減少に転じました。高齢者比率も2065年には46%に達し、日本を抜いてOECD加盟国の首位の老人国になります。世界中どこでも事情はそれほど変わらないのです。

 でも、日本が世界で最も早くこのフェーズに入る。そうであれば、「子どもが生まれず、老人ばかりの国」において人々がそれでもそこそこ豊かで幸福に暮らせるためにどういう制度を設計すべきかについて日本は世界に対して「モデル」を提示する義務がある。僕はそう思います。他のことはともかく、この「撤退」戦略においてくらいは「日本はこうやって撤退局面でソフトランディングに成功して、被害を最小化した」ということを世界にお伝えしたい。でも、今のままでしたら、「日本はこうやって撤退に失敗した」という「やってはいけない見本」を提示するということでしか世界の役に立たないということになりそうです。

 

 寄稿依頼にしては長くなり過ぎましたので、もう終わりにします。以上のような現状認識を踏まえて皆さんに自由に「撤退」を論じて頂きたいと思います。

 もちろん、現状認識が僕とは違うという方もおられると思います。「撤退など必要ない」という論ももちろん歓迎です。寄稿者全員ができるだけ多様な視点から、独自の「ものさし」で、この問題を縦横に論じてくださることが読者に裨益するところが最も多いはずだからです。

 寄稿を依頼したのはお忙しい方々ばかりですから、「ちょっと時間的に無理」ということもあるでしょうし、そもそも編集の趣旨が意に添わないということもあるでしょうから「書けません」という場合はご遠慮なくお断りくださって結構です。

 長い手紙を最後までお読みくださって、ありがとうございました。みなさまのご協力を拝してお願い申し上げます。

 

2021年10月

内田樹