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内田樹さんの「寺子屋ゼミ後期オリエンテーション「コロナ後の世界」(その1)」 ☆ あさもりのりひこ No.1095

これからの社会制度は定期的に起きるパンデミックに適応したかたちで社会の仕組みを設計し直してゆかざるを得ないだろう

 

 

2021年11月23日の内田樹さんの論考「寺子屋ゼミ後期オリエンテーション「コロナ後の世界」(その1)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

みなさん、こんにちは。ふた月ぶりに寺子屋ゼミ後期の開講となりました。後期もどうぞよろしくお願いします。出欠をとります。

 後期のテーマは「コロナ後の世界」ですが、僕はこのお題でいくつも講演をし、原稿もたくさん書きました。あまり仕事の依頼が続くので、なぜかと考えてみたら、同じタイトルでまとまったことを話したり書いたりしている人があまりいないんですね。どうも、「コロナ後の世界」という枠組みで問題を考える人と考えない人とに世界が二分されてしまったらしい。コロナ禍で社会の分断が進んだのですが、その一つはこんなかたちになりました。

 2020年初めに世界的なパンデミックが起きましたが、その時に「こんなのはたただの風邪だ。感染症ごときで自分は生き方を変えないし、世界も変わるべきではない」と主張する人たちが出てきました。この人たちは、どちらかというと社会的強者です。健康で活動的な方たちです。風邪に罹る人間は罹り、死ぬ人間は死ぬ。じたばたすることはないという考えの人たちです。ですから、この人たちは「コロナ後の世界」などという枠組みではものを考えません。コロナなんかで世界が変わるはずがない。だから、「コロナ後」という語そのものに意味がない、そういう立場の人たちです。

 その一方に「コロナ後の世界」という問題枠組みでものを考える人たちがいます。こちらはどちらかというと社会的弱者の立場にいます。だから、感染症が大きな社会変動を引き起こした場合、それによって「よくないこと」がわが身に起きるだろうと予測している。だから、コロナのせいで世の中がどう変わるかに切実な関心を持つ。

 僕は「社会的弱者」というほどではありませんけれど、合気道の道場を開いて稽古をするという僕の最も基本的な活動がコロナのせいで長期にわたって制限・休止を余儀なくされました。稽古ができないというのは非常につらいことでした。心身にネガティヴな影響を受けましたし、もちろん大幅な減収にもなりました。だから、このパンデミックがそう簡単には収束しないとすると世界はどう変わっていくのかと今後に思いをめぐらさずにいられません。収束した後に、旧に復するものもあるでしょうけれど、いくつかのセクターについては、後戻りしない変化が生じると思っています。

 そこで後期ですが、みなさんにはそれぞれの観点、問題意識、関心領域に沿って、このパンデミックのあと日本と世界がこうむる不可逆的な変化、地殻変動的な変化とは何かを各自が観察する範囲で探し出して、それについて話して頂きたいと思います。

 

 まず、ゼミ生全員が共有しておくべき前提になる現実について話します。

 第一は、人獣共通感染症は新型コロナウイルスのパンデミックが収束した後も、繰り返し発生するだろうということです。それは多くの専門家が予言している通りです。

 野生獣に寄生しているウイルスが人間に感染し、変異して、世界中に広がってゆくのが人獣共通感染症、あるいは動物原性感染症です。発生地はこれまでは主としてアフリカです。これまで人間が入り込まなかった野生の領域が開発されて、人間が入り込んで野生獣と接触することで新しいウイルスが発生しました。人獣共通感染症は21世紀に入ってからだけでも4回起きました。2002年のSARS2009年の新型インフルエンザ、2012年のMERS2020年の新型コロナ。ウイルスを感染させた動物はラクダ、豚、鳥、コウモリなどなど。約5年に1回のペースでパンデミックが起きています。

 人口増がピークアウトした先進国と違って、アフリカの人口はこれからも増加し続けますから、人間と野生獣の接触の機会はこれからも増え続け場ます。ですから、アフリカでの人口増と開発が続く限り、人獣共通感染症のアウトブレイクは構造的に防ぐことができません。

 一方、アジアで危険な兆候を示しているのがミャンマーです。東アジア最大の熱帯雨林を持つこの国には、多種多様な野生獣が生息していますが、乱獲が後を絶ちません。実は、ミャンマーは野生獣の密猟密輸の一つの中心地なんです。現在、ミャンマーは統治機構も警察も十全には機能していませんので、熱帯雨林で野生獣が密猟され、密輸されても、効果的に阻止できない。ですから、これからミャンマー発の感染症の出現のリスクが高い。人獣共通感染症が新型コロナで終わるという可能性はきわめて低いといことです。

 

 日本では第5波が猛威をふるったあと、感染者数が激減しましたが、理由はよくわかりません。医者たちに会うたびに訊くのですが、誰も確かな理由は言えないということでした。ウイルスのふるまいは非常にわかりづらく、これからどう変異するかも見通せません。いったんは新規感染者が減って、日常生活に戻っても、しばらくするとまたどこかで別種のウイルスによる感染症が広がるということが起きる。ですから、これからの社会制度は定期的に起きるパンデミックに適応したかたちで社会の仕組みを設計し直してゆかざるを得ないだろうというのが、この問題に取り組む際の最初の前提条件です。