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『右大臣実朝』で太宰治は「人も家も、暗いうちはまだ滅亡せぬ」と書いています。「暗い」うちはたぶんまだ大丈夫です。
2021年1月4日の内田樹さんの論考「年始のインタビュー」(後編)をご紹介する。
どおぞ。
才能ある人たちは、このばかげた評価と査定のシステムから逃げ始めています。無駄なことに貴重な時間とエネルギーを使いたくないのは当然です。
最近、米国から帰国した友人から聞いた話ですが、米国の大学院で学ぶ自然科学系の留学生の6割が女性だそうです。たいへんによく勉強するんだそうです。
―どういうことですか。
米国の大学や企業に就職するためです。米国で学位をとって日本に帰っても、女性研究者には能力にふさわしいポストが用意されていないからです。だから、米国で就職先を探す。
そうやって優秀な女性研究者が日本からどんどん流出している。優秀な人が逃げ出すようなシステムを日本社会自身が作り上げているんです。
すでに研究環境も韓国や台湾のほうが日本より良くなってきています。条件がよければ海外の研究機関に移りたいという研究者はこれからさらに増えるでしょう。
どうやったら海外に流出している女性研究者を日本に惹き戻すかを考えることが喫緊の課題なのですが、「どうぞ日本に帰ってきてください。厚遇しますから」というシグナルは日本の大学も企業も発信していない。
―日本へも海外から優秀な人が来てくれれば、とも思いますが......。
これほど研究環境が劣化している局面では、海外からすぐれた研究者が来てくれるはずがありません。
米国が世界の学術のトップでいられるのは世界中から人材が集まってくるからです。彼らが科学技術上やアートのイノベーションを担っている。
―米ケーブルテレビ局「CNN」の2019年の報道では、米国人受賞者の3分の1は移民の出自、とありました。一方、日本は移民に否定的ですし、21年12月21日に東京都武蔵野市で在留外国人にも住民投票に参加できる条例案が否決されたことが海外でもニュースになるほどです。
そうです。これからはある意味で「人の奪い合い」になる。生産年齢人口がこれから急減するのは、中国も韓国も一緒です。だから、マンパワーを確保し、マーケットのサイズを保とうと思ったら、海外から人を入れるしかない。それだけではありません。米国がそうしているように、学術的なイノベーションを担うことのできる才能を海外から受け入れる必要がある。
市民的自由を求めている人、人権の保護を求めて、受け入れてくれる先を探している人たちは世界中にいます。彼らを受け入れる制度を整備していれば、米国ほどではなくても、その中から卓越したイノベーターが出てきて、日本の未来を牽引してくれる可能性はあります。
日本は治安もいいし、社会的インフラも整備されています。ご飯も美味しいし、自然も美しい。だから、「日本は外国人を大切にしてくれる国だ」という評価が得られれば、たとえ多少給料が安くても、海外から優秀な人材が来てくれるかも知れない。
でも、武蔵野市の条例案を否決した後に、与野党の政治家が「安心した」「良識を示した」などと言ってしまった。これは外国の人に「日本はあなたたちを歓待する気はない」と意志表示をしたのと同じことです。
―「安心した」という政治家の発言を喜ぶ人たちもいます。
そうでしょうね。政治家が自分自身の選挙のことだけを考えているなら、選挙民が当座喜ぶことを言っておいたほうが有利だということでしょう。愚かなことです。それは「自分が選挙に勝てるなら、国力がいくら衰微しても構わない」と告白しているようなものですから。
生産年齢人口が急減する局面を迎えている日本は、海外からマンパワーの安定的な供給がないともう経済が回りません。でも、そのことを政治家は認めないし、メディアも指摘しない。
そのような窮状にありながら「日本は外国人を歓待する気はない」と言い切る政治センスのなさには愕然とします。
―内にも外にも「意地悪な国」になっている、という印象があります。
昨秋の衆院選では、「議員・公務員の削減」といった「身を切る改革」などとにかく統治コストの削減を訴える日本維新の会が関西で躍進しました。
行政コストの削減は端的によいことであるというふうに日本国民の多くは信じ切っているようですけれど、それはいずれ市民への行政サービスの質の低下を帰結する。自分が「切られる」側にいるのにどうして平気でいられるのか、僕には理解できません。
―年初から暗いインタビューになってしまいました。メディアはつい安易に「ならば処方箋は」と聞きがちなのですが、その暗さにきちんと目をこらし、処方箋を自分で考えることから始めないと......。
まずは「選択と集中」という愚策を止めることです。評価と査定というブルシットジョブに無駄な手間暇をかけることを止める。そんな暇があったら、足元の空き缶を一つでも拾った方がいい。
『右大臣実朝』で太宰治は「人も家も、暗いうちはまだ滅亡せぬ」と書いています。「暗い」うちはたぶんまだ大丈夫です。