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内田樹さんの「ポストコロナの時代を生きる君たちへ」(その1) ☆ あさもりのりひこ No.1111

このような受験競争の過熱を放置しておくと、遠からず中国の国力が衰退していくという危機感を中国政府が抱いた

 

 

2022年1月12日の内田樹さんの論考「ポストコロナの時代を生きる君たちへ」(その1)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

大阪市立南高校という高校が今年度でなくなる。他の二つの市立高と統合されて別の高校になるのである。独特の教育をしていた高校で、そこの国語の先生が私の寺子屋ゼミの受講生だった関係で、「さよなら講演」にお招き頂いた。その時に高校生たちにこんな話をした。

 

 みなさんこんにちは。今紹介いただきました、内田です。幸い、皆さんが教科書で私の書いたものを読んでくださったということなので、大体どのようなことを話すかということは、お察しになっていると思います。

 こういうところに立つのは久しぶりです。でも、正直言って、こういう環境はしゃべりにくいんです。最近はずっとオンラインでやって、それに慣れてしまって。オンラインだったら自分の部屋からできます。自分の部屋の、自分の椅子に座って、iPadのスイッチを押せば、すぐにつながって、相手が10人でも100人でも、やることは同じ。ディスプレイに映る自分の顔を見ながら話す。どういうリアクションがあるかはわからない。でも、こういう所に立つと、反応がリアルにわかります。話が受けてないとすぐにわかっちゃうんです。誰も笑ってくれないとなると、いたたまれない気持ちになる。

 それに高校生って、こういう所に集められて、「さあ、話を聴きなさい」と先生に言われたって、聴く気にならないものですよね。どちらかと言うと、登壇してきた人物に対して、基本的には警戒心とか猜疑心とかを抱くものなんです。それが当然だと思います。

 僕も高校生だったら、こういう所に集められて、講師の話を聴けと言われたら、たぶん基本的にはあまり心を開かないと思います。頭から話を信じたりはしません。どれくらい信じていいのかと、それなりの警戒心をもって聴く。それが当然だと思います。

 でも、それでいいんです。どこまで話を本気にしていいのか疑いながら聴く。そういう姿勢で僕の話を聴いてほしいんです。頭から信じてもらわなくて結構。それよりは、この人の話をどれくらい信じていいのか、話にどれくらい真実が含まれているか、吟味しながら聴いて欲しい。だって、みなさんは、僕が本当のことを言っているのかどうか判断基準を持っていないからです。僕のこと知らないんですから。話を聞いたことがないんですから。

 だから、話を聴きながら、この人の話をどれくらい信じてよいのかの判断の「ものさし」を自分の中で、自分で手作りして、それでもって判断して欲しいんです。この辺の話はどうも本当らしいから信じてよさそうだ。この話はいまいち信用できないから帰って調べようとか、そういうふうに聴いてください。

 

 今日の演題は「コロナ後の世界を生きる」ということですが、いきなり本題に入らないで、昨日聴いた話からしたいと思います。

 僕は神戸にある凱風館という道場で「寺子屋ゼミ」という催しをしています。道場なので70畳ほどの畳敷きの場所がありますので、そこに座卓を置いて、毎週火曜日ゼミを開いています。ちょうど昨日ゼミがありました。オンラインでも配信しているので、道場にいたのが10人ちょっと、オンラインで40人くらい。全部で60人くらいが参加してくれました。

 後期のゼミはこの十月から始まって、「コロナ後の世界」が後期のテーマです。ポストコロナの世界がどうなるかについて、いろんな分野について研究発表をしてもらいます。経済とか政治とかも変わりますが、医療も変わるし、学校教育も変わる。さまざまな領域で変化があります。それについてゼミ生たちに興味のある分野を選んでもらって、自由に発表してもらい、みんなで討議する。そういう形式のゼミです。

 先々週が第一回で、僕が全体的なオリエンテーションをして、昨日が研究発表の最初でした。第一回は中国の学校教育がテーマでした。いま、中国の学校教育が急激に変化しているという話です。昨日の発表者は大学の先生です。大学で中国語と中国思想を教えていらっしゃる方です。中国語がよくおできになるので、この夏、コロナ後の中国に起きた学校教育の変化について現地のニュースをそのまま報告をしてもらいました。8月の末に起きたことですが、日本のメディアもほとんど報道していないと思います。けっこう大変なことが中国では起きていました。

 中国では受験競争が過熱しています。どういう大学を出るかで就職も年収にも大きな差がつく。だから、小学校から高校まで、親たちは子どもをずっと学習塾に通わせます。それが過熱してきて、子どもに対する負荷が増え過ぎた。そこで政府は「双減政策」というものを出してきました。「双減」というのは「二つのものを減らす」ということです。

 一つは子ども学習時間を減らすこと。最初にやったのは宿題の制限です。小学校12年は宿題なし。3年生から6年生までは160分で終わる量まで。中学生で190分まで。それ以上の量の宿題を出すことが禁止された。

 その次に学習塾の非営利化。学習塾で金儲けをしてはいけない、と。これで最大手の学習塾がばたばたと倒産しました。学習塾や英語学校が中国では乱立していたのですけれど、政府の命令で課金できなくなった。それでは倒産しますよ。大手の学習塾は株式会社なんですが、株が暴落した。

 ほかにもいろいろあって、外資系の塾はそもそも開業が禁止されました。海外とつながるオンライン教育プログラムも禁止。ネットゲームは時間制限。子どもたちがネットゲームをしていいのは金土日祝日の午後八時から九時までの一時間。

 こういうことが政府の命令一つでできるのが中国という国ですけれど、そのために8月の末から9月の初めにかけて、中国の学校では混乱が起きました。さて、この中国の政策はいったい何を意味しているのでしょうか。ゼミでは、みんなでそれを考えました。

 中国はこれまで急成長してきて、大学進学率も50パーセントに達しています。過酷な競争のせいで、子どもたちは身体もメンタルも傷ついている。それに学習塾や海外プログラムだと、それなりにお金がかかる。そうすると、お金持ちの子どもは受験競争に有利になる。貧しい家の子は、授業料の高い学習塾に通うことは出来ないし、海外のプログラムも利用できない。それだと格差が拡大するばかりです。

 でも、これまで中国の人はそんなこと全然気にしていなかった。「勝った者が総取りする。負けた者は自己責任」というワイルドなルールでやってきた。それにブレーキがかかった。金持ちの子どもだけが有利になるような競争はさせないということになった。そのニュースを知って、「中国は何でもやることが極端だね」と言って済ますわけにはゆきません。これは何か大きな変化が起きていて、その徴候ではないかと僕は思いました。さあ、何が起きているのか。

 簡単に言うと、国民全員が地位や権力を争って競争して、「勝った者が総取りする」、敗者は転落して路頭に迷っても、それは自己責任。それが当たり前で、それがフェアだというルールで中国はこれまで急成長を成し遂げたわけです。でも、それがもう続けられなくなった。

 これからはできるだけすべての子どもたちに均等な機会を与える。階層格差が再生産されることを防ぐ。そもそも子どもにあまり勉強をさせない。日本の「ゆとり教育」に似たことをしようとしている。「知育、体育、徳育、美育」というスローガンが掲げられて、子どもたちは勉強するだけじゃなくて、身体を鍛えて、美しいものを見て、人間として全方位的にもっと豊かになることが求められるようになりました。勉強だけできればそれいいものではない。そういう方向に、党中央が方針を決めた。さて、いったいどうしてこんな政策が出てきたのか。昨日もそのことについてずいぶん議論になりました。

 僕の考えは、このような受験競争の過熱を放置しておくと、遠からず中国の国力が衰退していくという危機感を中国政府が抱いたからではないか、というものです。実は中国も日本もよく似ているんです。向こうの方がスケールが10倍ですけれども、起きていることは本質的には似ているところがある。