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内田樹さんの「ポストコロナの時代を生きる君たちへ」(その3) ☆ あさもりのりひこ No.1114

日本はこのあともう経済成長はしません。これまでの30年もしていませんが、これからもしません。むしろ経済は縮減してゆく。

 

 

2022年1月12日の内田樹さんの論考「ポストコロナの時代を生きる君たちへ」(その3)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 それに比べると、どうも日本の遅れが気になります。日本は中国より十年早く人口減少が始まったのに、この十年間、何もしないでいる。中国は人口減に対処するために、文化的な資源をエリートに集中するのではなく、できるだけ多くの国民にチャンスを与えるという政策を採用しようとしているように僕には見えます。たしかに、若い人の数がこれから激減する中で国力を維持しようとしたら、すべての若い人たちが才能を開花させる仕組みを工夫する方が、ペーパーテストの上位者に資源を集中する仕組みよりも有効です。日本でも、それと同じことをこれからやるべきではないかと思います。

 日本はこのあともう経済成長はしません。これまでの30年もしていませんが、これからもしません。むしろ経済は縮減してゆく。かつて日本は42年間にわたってGDPランキングでアメリカに次いで世界第2位でした。現在も第3位ですが、一人当たりのGDPは第24位まで低下しました。株式時価総額の世界ランキングで、2000年ではトップ30のうち21社が日本の企業でした。現在トップ30に日本の企業はありません。21社がアメリカ。あとは中国と韓国と台湾とサウジアラビアです。世界経済に占める割合、日本はかつては16パーセントだったのだけれど、現在は6パーセントです。日本だけが沈んでいく。そこにコロナが来た。それが君たちが直面している状況です。

 そういう前代未聞の状況に日本社会はあります。ですから、君たちがこれからどのような技術や能力を身につけるか、どういう進学先を選ぶか、どういうところに就職するかという時に、これまでなら父さんお母さん、学校の先生に相談して、「こうすればうまくゆく」という過去の成功体験に従っていたらよかったけれど、申し訳ないけれど、学校の先生たち親たちの持っている進学や就職に関する知識はこれからは使いものになりません。

 ですから、先生たちは、生徒に進路相談されたら「わからない」と答える方がむしろ誠実だろうと思います。この資格さえあれば一生食えるとか、ここに勤めていれば絶対に安心だというようなことはこの先なかなか断言できなくなります。危険すぎます。正直言って、僕にもわかりません。わからないなら、子どもたちには「好きなことをやりなさい」と言うのがいいんだと思います。激動期なんですから、どういう職業に就けば「一生食うに困らない」のか、予測が立たないんです。だったら、「あまりやりたくないけれど、安全そうだから」というような基準で進路を決めない方がいい。「食えるかどうか分からないけれど、やりたいことだから」という方がいい。それなら、食えなくなっても、誰も恨まずに済みますから。

 とはいえ、少しは情報を差し上げないといけないので、知っている限りのことをお話します。アメリカでは、「これからどういう職業がなくなってゆくのか」ということについて科学的なリサーチをよく実施しています。今手元にあるのは、2020年に世界経済フォーラムが実施した「これからの5年間でどのくらい職業構成が変わるか」についての調査報告です。これはまだコロナの感染が広がる前の話で、職業構成の変化の主たる要因はAIです。AIの導入とロボット化で、どれくらいの仕事がなくなるかという話です。雇用の消失について、僕が見た最も楽観的な数字が14%、最も悲観的な数字が52%でした。

 業種ごとに2020年から2022年までにどれくらい雇用が失われるのか。一番大きいのは金融部門です。20パーセント。製造業が19パーセント。情報産業が17パーセント。一方で、AIが進んでもそれほど雇用が減らない分野があります。AIやロボットでは代替できない生身の人間にしかできない仕事です。医療・介護、それと教育です。医療と教育は人間社会を構成する根幹部分ですが、この根幹部分は機械では代替できません。もう一つ、AIでは入れ替えが効かないのが行政です。医療、教育、行政。これから社会はどんどん変わりますけれど、この三分野については雇用が大きく減ることはないというのが、アメリカでの統計の結果です。

 2012年、コロナのずっと前ですけれど、アメリカ労働統計局という所が調べた、これから雇用が拡大する分野はどこかという調査があります。1位は看護師です。驚くべきことにこの調査では上位30位のうち7つが医療関係でした。

 これはアメリカの話ですが、日本は多くの点でアメリカ社会を模倣していますので、日本でも同じようなことになると思います。医療は身体だけを相手にするわけではありません。人間の心も相手にします。医療者は患者の自己治癒能力が最大化するように仕向けることが大事な仕事ですが、患者の心を「治りたい」という強い気持ちに導くというような作業は機械では代行できません。

 僕の友人の医療経済学者で、アメリカで25年間働いて最近帰国した方によると、アメリカの地方都市では、その地域の雇用のほとんどを行政と医療と教育が占めているケースがすでにあるそうです。州政府があって、大きな総合病院があって、そして大学がある。行政機関にはたくさんの公務員が雇用されている。病院の周りには医療従事者、職員、患者、医療品や機材を納品する業者とその家族たちがいます。大学には教職員学生がいて、下宿屋があり、書店があり、レストランがあり、カフェがあり、ライブハウスがある。行政、医療、教育という三つの活動を中心にして、かなりの規模の経済活動が営まれ、そこに雇用が発生する。三つとも金儲けのための事業ではないし、環境負荷も少ない。そういうものがこれからの経済活動の軸になり、雇用の軸になるかも知れません。

 AI導入によって失われる雇用のうちで、当面最大のものと見込まれているのはドライバーです。自動車が自動運転に切り替わるのは時間の問題です。アメリカではトラックやバスのドライバーが300万人います。この人たちは自動運転に切り替わると、職を失います。馬車から機関車・自動車に切り替わった時でもそうでした。技術革新があるとそれ以前のテクノロジーで食っていた人たちは職を失う。でも、馬車が機関車や自動車に切り替わるまでには、かなりの時間がかかりました。その間に、転職先を探すことができた。馬具屋がカバン屋に商売替えするくらいの時間の余裕がありました。でも、今度の自動運転への切り替えは非常に短い時間で大量の雇用が消える。

 これを「AIが導入されると失業するような職に就いていた本人の自己責任であるから、政府は関与しない」というわけにはゆきません。規模が大きすぎますから。この大量の失業者を連邦政府・州政府は生活支援し、再教育し、再雇用の道を保障しなければなりません。そのための議論はすでにずいぶん前から始まっています。アメリカはこのあとも生産年齢人口が増え続ける唯一の先進国です。日本や中国のような人口減リスクと直面する気づかいが当面ありません。そんなアメリカでさえ、テクノロジーの進化に伴う雇用環境の変化について「最悪の事態」を想定して、対応策を考えている。日本政府が人口減に対処するより、はるかに真剣に考えています。