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内田樹さんの「子どもに将来の夢を語らせてはいけない」(後編) ☆ あさもりのりひこ No.1148

子どもたちに「将来、何になりたいの?」というようなことをうかつに訊くものじゃないと思います。

 

 

2022年3月30日の内田樹さんの論考「子どもに将来の夢を語らせてはいけない」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

――むしろ「内田樹」というあり方を確立されている人という印象がありました。

 

 全然違いますよ。「自分らしい生き方」なんて僕は興味ないんです。とにかく勉強すること、人にものを教えてもらうことが好きなんです。専門家に話を聞く時には、口をぽかんと開けて、ひたすら聴いています。人の話を自分の手持ちの知識の枠組みに落とし込んで「ああ、それなら知っている」と思うことはできるだけ自制する。話の中の自分がこれまで知らなかったことに注目して、「それについて、もっと教えてください」とお願いする。

 だから、誰からでも話を聞きます。たまたましばらく一緒に時間を過ごすことになった人からでも、できるだけ「僕の知らない話」を聞き出します。以前、僕のゼミの卒業生の結婚式に呼ばれた時に、隣に座ったのが新婦の上司の方でした。貴金属業界の方でしたけれど、「最近、貴金属業界の景気はどうですか?」と水を向けたら、30分くらい実に詳しく業界動向を話してくれました。途中で先方がふと我に返って「あの、こんな話、面白いですか?」と訊いたのですけれど、「すごく面白いです」とお答えしました。本当に面白かったんです。

 

――その蓄積が論考の土台になっているのですね。

 

 別に話のネタを仕込むつもりで話を聴いてるわけじゃないんです。ほんとうに興味があるんです。僕が知っていることはごく限られています。でも、人の話を聞くとい「自分が何を知らないのか」についてはだんだんわかってくる。ところどころが「前人未到」なので白く抜けている「暗黒大陸の地図」を作図しているようなものです。人の話を聴きながら、おのれの無知を可視化しているんです。

 だから、僕がいまいろいろな形で発信しているのも「知を授ける」という趣旨のものではありません。僕自身これまでさまざまな先生に就いて、知識や技術を授かってきたわけですから、今度はご恩返しにそれをできるだけ多くの人にお伝えする。先人から受け取ったものを後から来る世代に「パスする」という感じです。

 

――分野を問わず学び続ける姿勢はどこから生まれるのですか?

 

 純粋な好奇心というよりはむしろ「これを知らないと世界の成り立ちや人間の本質がわからない」という切迫感に追い立てられて勉強してきたように思います。大学院では反ユダヤ主義のことを集中的に勉強していたのですが、それは紀元前から続く反ユダヤ主義というものをどうして西欧文明は清算できなかったのか、その理由を知りたかったからです。この世にはさまざまなレイシズムがありますけれど、最も歴史が古く、規模が大きく、残忍なのは反ユダヤ主義です。なぜ人間はある種の集団に対して、これほどの憎しみを抱くのか、それを理解しなければ、怖くて生きられないという切迫感が動機だったと思います。

 

――なぜ、自身を「壊す」という勉強を重視するのですか。

 

 勉強するのは自我を強化するためではありません。逆です。自己解体・自己刷新のために勉強するんです。自分が知っていることを人に誇示するのって、まったく意味がないと思うんです。だって、自分がもう知っていることなんだから。そんなことをしても自分の成長には1ミリも資するところがない。そんな暇があったら、自分が知らないことについてもっと勉強して、自分を壊してゆきたい。自分を固めてしまったら、新しいことを学べなくなるでしょう。絶えず変化し、より複雑なものになってゆくというのは生物の本質なんですから。

 

――人生の早い段階からキャリア形成を意識させる教育観とは対照的だなと感じました。

 

 いまはもう中等教育から自分のキャリアについて精密な「キャリアプラン」を子どもに作らせていますね。将来どういうところに進学して、どういう資格を取って、どういうところに就職して・・・ということについての具体的な見通しを、できるだけ早い段階で決定させようとしている。僕はそんなことはしてはいけないと思います。だって、中学生の子どもが知っている職業なんて、本当にごくわずかでしょう。実際には子どもたちがその名前も知らないような無数の職業が存在する。そして、かなり高い確率で、子どもたちが今はその名も知らない職業にいずれ彼らは就くことになる。

 アメリカでの研究によると、今年小学校に入学した子どもたちの65%は大学卒業後には「今はまだ存在しない職業」に就くんだそうです。そうだろうと思いますよ。今の子どもがなりたい職業の第1位は「ユーチューバー」だそうですけれど、20年前にはそんな職業存在しなかったじゃないですか。

 だから、子どもたちに「将来、何になりたいの?」というようなことをうかつに訊くものじゃないと思います。先日、ある中学校の講演で「子どもに『将来の夢は?』というような質問をうかつにしないように」という話をしたら、親たちも先生たちもかなり驚いていました。でも、子どもに将来の夢をうっかり語らせてはいけない。あまり深い考えなしにであれ、一度「将来...になりたい」というようなことを口にしてしまうと、子どもにとってそれが呪縛になって、自分の人生を限定してしまうリスクがあるからです。でも、子どもたちはこの世の中にどれほど多様な仕事があるかほとんどぜんぜん知らないわけです。その時点でうかつに「自分の夢」を語らせると、子どもたちはそれ以外の可能性を視野から遠ざけてしまうかも知れない。子どもたちにはできるだけ開放的な未来を保証してあげることの方がずっと大切だと思います。

 

――社会の先行きが見えず、しっかりした将来設計がない不安という意識もあるのでは?

  

 今の子どもたちが将来どんな仕事に就くことになるかなんて、誰にもわかりませんよ。だから、「しっかりした将来設計」なんか立てることはできないと思います。人が仕事に就くときって、だいたいは向こうから声がかかるものなんです。「ねえ、ちょっと手を貸して」と言われて、つい「いいよ」と返事をして、気がついたらその道の専門家になっていたということって、実際によくあるんです。別にその仕事が「将来の夢」だったわけでもないし、自分にその適性や能力があるとも思っていなかったけれど、他にやる人もいないみたいだから、じゃあ自分がやるかというふうにして人は「天職」に出会う。僕自身これまでやってきた仕事はだいたいそうでした。気がついたら、教師になって、翻訳家になって、物書きになって、武道家になっていた。

 

――キャリアの可能性を広げるためにも、常に心を開いた状態にしておくことが大事だと。

 

 そうですね。僕は仏文の助手を8年間やっていました。でも、たいして仕事なんてないんですよ。電話番とコピーとりくらいで。でも、せっかく「やるかい?」と言われて「はい」と即答して始めた仕事ですから一生懸命やりました。だから、就職が決まって辞めるときには、先生たちから惜しんでもらえました。研究成果で褒められたわけじゃなくて、幹事役が評価された。「内田君は本当に宴会の仕切りがうまかった」って。

 

 でも、それだって侮れないもので、僕が関西で就職できたのも、大学院に集中講義にいらした関西の大学の先生の接待を命じられて、一週間、毎晩院生たちを引き連れて先生を接待したせいなんです。その先生が僕の研究業績なんかよく知らないまま「宴会の座持ちがよい」点を高く買ってくれて、「うちの大学に来ないか」と呼んでくれたんです。あの時に「集中講義の先生の接待なんか僕の仕事じゃありません」と断っていたら、その先はなかったわけで、人生先に何があるかなんてほんとうにわからないです。