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内田樹さんの「ロシアとウクライナについてのインタビュー」(後編) ☆ あさもりのりひこ No.1155

軍事力の優位を頼って他国に干渉した国は結果的には国際社会からの信頼を失い、ゆっくり国力が衰微してゆくんです。

 

 

2022年4月5日の内田樹さんの論考「ロシアとウクライナについてのインタビュー」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

― 確かに「止める」とは言えないですね。そしたら、負けたことになってしまうので。メンツ丸つぶれですからね。

 

内田 今もロシア政府は国内向けには「ずっと勝ち続けている」と言っています。キエフからは撤兵していますが、それはキエフ周辺での軍事目的は完遂したので、次は戦略的により重要な東部地区に兵力を移動しているという話にしてある。帝国陸軍が「退却」を「転進」と言い換えたのと同じです。その嘘を信じているロシア国民もまだ沢山いるはずですから、どこかで「これで面子が立つ」というだけの戦果を得れば、できるだけ早く停戦協定に応じようとするでしょう。

 その辺はゼレンスキ―も分かっていると思います。ロシアの「面子が立つ」程度の「おみやげ」を与えた場合にウクライナが失うものと、ロシア撤兵によってウクライナが得るものを天秤にかけて、戦況を見ていると思います。

 それにいくらプーチンが「面子が立つまでだらだら続けるぞ」と決意していても、ロシア軍に通常兵器だけで戦争をこれ以上続けるだけの体力が果たしてあるのかという問題があります。士気が低く、軍装も貧しく、軍紀も弛緩しているし、兵站も脆弱であることが暴露されてしまいましたから。

 ソ連解体の時のソ連軍の腐敗を描いた『ロード・オブ・ウォー』という映画がありました。ニコラス・ケイジがウクライナ人の武器商人を演じているんですけれども、ソ連解体の時に、当時の将官たちが兵器庫にある武器を武器商人に横流しをするというエピソードがかなり嫌味に描かれていました。戦車も武装ヘリも地対空ミサイルも、どんどん武器商人に売り払って私腹を肥やす。その旧ソ連の武器がその後世界中の紛争地やテロで使われた。あれに類することは現実にあったんだろうと思います。

 だから、今もロシアは兵站がうまく行っていないと言われていますけれど、単に輸送が停滞しているというだけじゃなくて、弾薬庫にあるはずの弾薬がないとか、格納庫にあるはずのヘリコプターがないとか、厨房にあるはずの糧食がないとか、そういうレベルでのロジスティックスの破綻が実は起きているんじゃないでしょうか。今シベリアの方から兵を呼び寄せたり、シリアから義勇兵を呼んだりしてますけれど、それだけ兵力が手薄だということですから。

 

― 第二次大戦の日本みたいに、国家総動員とかするでしょうか?

 

内田 4月に入ると徴兵を始めるようですけれど、数週間ぐらいの訓練でいきなりウクライナ戦線に送り出すというのは無理じゃないですか。今は兵器テクノロジーが進化していますから、練度の低い兵隊を戦場に送り込むのは虐殺されに行くようなものですから。

 

― より未熟な兵が行くだけですからね。

 

内田 ロシア兵の死者が増えると、国内でも厭戦気分、反戦感情も醸成される。だから、ウクライナの泥沼化はプーチンも避けたい。でも、面子が立つまでは戦争を止められない。プーチンもそのジレンマに苦しんでると思います。

 誰が調停役を引き受けられるかはわかりません。トルコとかが仲介すれば、ある程度プーチンの顔を立てる落としどころを探るでしょうけれども、アメリカは別に仲介役の国を懸命に探しているようには見えません。だって、プーチンが失脚した後、中央政府のハードパワーが失われて、国内が混乱して、群雄が割拠する内戦状態になって、ロシアが2流国、3流国に落ちぶれてゆく...というのがアメリカにとってはベストの展開だからです。本音を言えば、アメリカはウクライナにはもっと戦争を続けて欲しいと思っているはずです。ウクライナという「やすり」を使ってロシアの国力をがりがりと削ってゆきたいと思っている。たぶんアメリカ政府はウクライナ国民の命のことなんかあまり配慮してないと思いますよ。

 

― エゲツナイ話ですね。

 

内田 もちろんアメリカ国民の中には個人的心情として「ウクライナかわいそう」と思っている人もたくさんいるでしょうけれど、アメリカ政府は国益最優先ですから、むしろウクライナの戦争があと二三か月続いて泥沼化して、ロシアがぼろぼろになるのを待ちたいんじゃないでしょうか。ここで早期停戦してしまうと、条件によってはプーチンが国内向けに「勝利宣言」をして、政権にとどまることになりますから。

 アメリカとしてはプーチンに「勝った」とは絶対に言わせたくない。ロシア国民の目にも明らかな「敗戦」に追い込みたい。そのためには戦争が続いて、ロシアの人的損耗が増え続け、ロシアの国際社会における地位が果てしなく低下することが望ましい。

 

― あと23ヶ月で終わるのでしょうか?

 

内田 わかりません。プーチンはジレンマに追い込まれていて、ほんとうに切れるカードが手詰まりになっていますから。だから、核兵器を使って人類滅亡するというシナリオだってあり得るんです。

 

― 人類滅亡するんでしょうか?

 

内田 わかりません。でも、核兵器や生物兵器・化学兵器を使った時点でプーチンはもう負けです。それはロシア軍は通常兵器ではもう勝てないということを国内外に認めることですから。「ロシア軍は弱い」ということが周知されると、このあともう隣国に対しても強権的な外交ができなくなる。だから電撃作戦で開戦二日でキエフを占領して、傀儡政権を立てるというシナリオが破綻した時点で、もうプーチンは負けていたんです。

 仮にウクライナが早期停戦を求めて、領土問題で妥協しても、それはロシアの実効支配を追認しただけで、ロシアがこの戦争で新たに得たものは実質的にはゼロです。そのみすぼらしい戦果と引き換えにロシアが失ったものはあまりに多い。兵員兵器の損耗だけでなく、国際社会における威信を失い、経済制裁で市民生活も深い傷を負った。SNSも使えないし、Googleも使えないし、スタバもマクドナルドもない文化的後進国になってしまった。「ずいぶん間尺に合わない戦争をした」と市民は思うんじゃないですか。

 長いタイムスパンで見ると、ロシアはこれから「滅びの道」を歩むことになります。これは確実です。ウクライナ侵攻の電撃作戦が失敗した時点で、もうそれ以外の選択肢はなくなりました。

 ロシアはこれまで天然資源を売って外貨を稼いできましたけれど、ヨーロッパ諸国は今後ロシアと取引しない方向に動いています。海外からの投資も止まりました。国債の格付けはデフォルト寸前まで下落した。一方のウクライナは西側諸国から手厚い支援が期待される。ロシアは中国が支援するでしょうけど、長期的に見ると、ウクライナの方がロシアより「豊かな国」、場合によってはロシアより「強い国」になる可能性がある。

 

― 終わったあとロシアで劇的なことが起きそうですね。

 

内田 アメリカもそうでしたけれど、軍事力の優位を頼って他国に干渉した国は結果的には国際社会からの信頼を失い、ゆっくり国力が衰微してゆくんです。

 

― そういうところで戦争へのブレーキがかかるようにしないと。

 

 

内田 そうです。自称「リアリスト」たちは、軍事力や財政力のような「なまの力」が大きい方が非力な国をいいように支配し統制できると思っているようですけれど、それは違います。それとは違うレベルで国際社会のモラルサポートを獲得できるだけの「大義名分」が必要なんです。剥き出しの「自国益追求」だけのための戦争をする国は支援者を国際社会の中に見出すことができない。逆に、弱小な国でも道徳的なインテグリティがあれば、長期的には「なまの力」の強い国を圧倒することができる。それは先の大戦でも、ベトナム戦争でも、アフガン戦争でも、われわれは学習したんじゃないですか。大義のない戦争を始めると国を亡ぼすことになる。その教訓をロシアの没落という事実を通じて国際社会はいま学びつつあると思います。