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内田樹さんの「村上春樹と上田秋成」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.1157

地下二階に降りた人々はそこで「古代の闇」のうちに踏み入ることになります。そして、それを「引き継ぐ」。

 

 

2022年4月13日の内田樹さんの論考「村上春樹と上田秋成」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

2017年の4月に台湾の淡江大学の「村上春樹研究センター」に招かれて「村上春樹の系譜と構造」というタイトルの講演をした。全文はのちに『街場の芸術論』に収録された。

 先日、ある新聞から映画『ドライブ・マイ・カー』についてインタビューをされたときに、この映画の主題も「傷つくべきときに十分に傷つかない人間が引き受けることを拒絶した負の感情は悪霊になる」ということだったという話をした。記事は短いものなので、それだけでは説明が足りないと思うので、ここに講演中の関連部分を再録しておく。

 

 村上春樹は小説を書くという行為についてほとんど排他的に「穴を掘る」という比喩を使うとさきほど申し上げました。でも、別の比喩も使います。それは「地下二階」あるいは「井戸の底」におりるという比喩です。地下室の下に別の地下室がある。

 

「人間の存在というのは、二階建ての家だと僕は思っているわけです。一階は人がみんなで集まってごはん食べたり、テレビ見たり、話したりするところです。二階は個室や寝室があって、そこに行って一人になって本を読んだり、一人で音楽聴いたりする。そして、地下室というのがあって、ここは特別な場所でいろんなものが置いてある。(...)その地下室の下にはまた別の地下室があるというのが僕の意見なんです。それは非常に特殊な扉があってわかりにくいので普通はなかなか入れないし、入らないで終わってしまう人もいる。ただ何かの拍子にフッと入ってしまうと、そこには暗がりがあるんです。(・・・)その中入っていって、暗闇の中をめぐって、普通の家の中では見られないものを人は体験するんです。それは自分の過去と結びついていたりする、それは自分の魂の中に入っていくことだから。でも、そこからまた帰ってくるわけですね。あっちに行っちゃったままだと現実に復帰できないです。」(『夢を見るために・・・』、98頁)

 

 作家とは地下二階に降りて、そこからまた帰ってくることのできる特殊な技能を具えた職能民であるというのが村上春樹の考え方です。けれども、「そういうこと」ができるのは別に物語を書く人に限られません。「自分の過去」に遡り、「自分の魂の中に」入り、そこで見聞きしたことを物語ることを本務とした人はたくさんいます。すべてのシャーマンたちがそうです。稗田阿礼のように口碑を口伝する人たちもそうですし、ホメロスのように叙事詩を暗誦する吟遊詩人たちもそうですし、「民族精神(フォルクスガイスト)」を称揚する作家たちもそうです。彼らがしていることは一言で言えば、死者たちと出会うことです。死者たちからの「贈り物」を受け取ることです。それは必ずしも心安らぐ経験ではありません。

 

「たとえば、『海辺のカフカ』における悪というものは、やはり、地下二階の部分。彼が父親から遺伝子として血として引き継いできた地下二階の部分、これは引き継ぐものだと僕は思うんです。多かれ少なかれ子どもというのは親からそういうものを引き継いでいくものです。呪いであれ、祝福であれ、それはもう血の中に入っているものだし、それは古代まで遡っていけるものだというふうに僕は考えているわけです。(...)そこには古代の闇みたいなものがあり、そこで人が感じた恐怖とか、怒りとか、悲しみとかいうものは綿々と続いているものだと思うんです。(...)根源的な記憶として。カフカ君が引き継いでいるのもそれなんです。それを引き継ぎたくなくても、彼には選べないんです。」(同書、115頁)

 

 地下二階に降りた人々はそこで「古代の闇」のうちに踏み入ることになります。そして、それを「引き継ぐ」。その闇から戻ってきて、それを物語る。そこでの経験は学術的な説明を受け付けるものではありませんし、主題的に論じることもできません。ただ物語るしかない。「そこで人々が感じた恐怖とか、怒りとか、悲しみとかいうもの」は、いまも連綿と引き継がれて、現に私たちの感情生活を形成し、私たちのコスモロジーの梁をかたちづくり、私が世界を見る仕方そのものをかたちづくっているからで。「古代の闇」はそのまままっすぐ「現代の闇」に繋がっています。闇の中に踏み入った者はそこで何を見ることになるのか。

 

「暗闇に侵入したあなたはそのとき恐ろしくなるでしょうが、また別のときにはとても心地よく感じるでしょう。そこでは、奇妙なものをたくさん目撃できます。目の前に形而上学的な記号やイメージがつぎつぎに現れるんですから。それはちょうど夢のようなものです。無意識の世界の形態のようなね。けれどもいつか、あなたは現実世界に帰らなければならない。そのときは部屋から出て、扉を閉じ、階段を昇るんです。(...)僕にとって、この空間の中にいるのはとても自然なことで、それらのものはむしろ自然なものとして目に映ります。こうした要素が物語をかくのをたすけてくれます。作家にとって書くことは、ちょうど目覚めながら夢を見るようなものです。それは、論理をいつ介入させられるとはかぎらない。法外な経験なんです。夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです。」(同書、156-157頁)

 

 この箇所を読んだときに、多くの読者は『騎士団長殺し』の後半で「私」が雨田具彦のいる老人養護施設の床に穿たれた穴から潜り込んでいった「メタファー通路」での経験を思い出すことでしょう。あるいは『海辺のカフカ』でカフカ少年が踏み込んでゆく「森の中核」での経験を。そこに描かれている一連の説明不能のものは、作家が文学的効果を狙って技巧的にしつらえた装飾的なミスティフィケーションではなく、おそらく作家が「目覚めながら見た夢」なのだと思います。それが何を意味するのかは書いている作家自身わからない。それが何を意味するのかを知りたいからこそ作家は書いている。そういうことだと思います。

 この闇の中に下ってゆき、また戻ってくる物語、「冥界下り」という物語もまた、人類の歴史と同じだけ長い系譜を有するものです。でも、ここでは日本の近世文学以降に時代を限って、その系譜をたどってみたいと思います。