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内田樹さんの「安倍暗殺事件とその背景」 ☆ あさもりのりひこ No.1209

安倍元首相は統一教会の広報誌である『世界思想』の常連であり、21年9月にはドナルド・トランプ米元大統領とともに統一教会系団体のイベントにビデオレターを送り、統一教会に正当性を与える有名人の役割を演じてきた。元首相はこのような正統性獲得工作の重要なアクターだったのである。

 

 

2022年7月21日の内田樹さんの論考「安倍暗殺事件とその背景」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

この号では参院選の総括を求められている。だが、投票日の二日前に安倍元首相が銃撃を受けて殺害されるという事件が起きた。捜査の過程で容疑者の母親が統一教会の信者であり、犯行動機が統一教会と自民党の久しい癒着にかかわることが分かった。今回はこの事件の意味について書きたいと思う。現在の日本の目を覆うほど悲惨な政治状況の意味も、それでいくらかは明らかになるだろう。

 

 統一教会問題は20年前くらいまではメディアで繰り返し取り上げられた。「霊感商法」や合同結婚式についてのニュースを私は食傷するほどテレビで見せられた。だが、ある時期から「統一教会」という文字列をメディアで目にすることがひどく少なくなった。さすがにこれだけ社会問題になると、教会の社会的影響力も低下し、活動も停滞してきたのだろうと私は漠然と思っていた。私と同じように感じていた人は多いと思う。まさかこれが「統一教会は安全な団体だ」という長期的・組織的な世論形成工作の「成果」だとは思ってもいなかった。そして、銃撃事件は、この「世論形成工作」にかかわった人たちへの殺意にまで至る深い怨恨が存在していたという(私たちがそこから目を背けるように工作されていた)事実を開示したのである。

 

 改めて説明するまでもないと思うが若い読者のために記しておくと、統一教会(Unification Church)は1954年に韓国ソウルで文鮮明(1920-2012)によって設立された宗教団体である。文はみずからを「再臨したメシア」と称し、激烈な反共主義によって、各国の右派政治家たちとつよい結びつきを持った。KCIAの支援を受けて設立され、当時の韓国政府の政治的目的を達成するための組織であったと後年に米下院の調査委員会では報告されている。

 日本では1964年に宗教法人の認可を受けた。学園紛争が拡大し始めた1968年に文鮮明は岸信介、児玉誉士夫、笹川良一らと図って国際勝共連合を設立して、左翼の動きに対する対抗政治勢力を組織化しようとした。学生組織「原理研究会」が全国の大学で展開した布教活動を記憶している人はまだ多い。

 文自身はその後米国に活動拠点を移して、企業活動と布教活動を行ったが、世界各地での続発する洗脳や信者の家庭崩壊のため、危険性の高い「カルト」とみなされていた。下院で調査委員会が召集されたことからも、82年に文鮮明が脱税容疑で18か月の実刑判決を受けたことからも、米政府のこの組織に対する警戒的なスタンスは知れる。

 その一方で、統一教会は有名人をゲストスピーカーに招くことで「カルト」ではなく、正統的な宗教組織であるという印象を与えるべく懸命に努力してきた。ブッシュ父、フォードという二人の元大統領やゴルバチョフも統一教会がらみのイベントに招かれている(ブッシュはのちに講演料8万ドルの原資が日本の信者から詐取したものではないかと指摘されて慈善団体に同額を寄附している)。

 安倍元首相は統一教会の広報誌である『世界思想』の常連であり、21年9月にはドナルド・トランプ米元大統領とともに統一教会系団体のイベントにビデオレターを送り、統一教会に正当性を与える有名人の役割を演じてきた。元首相はこのような正統性獲得工作の重要なアクターだったのである。

 

 容疑者の犯行動機はまだ不確かであるが、母親が教会に多額の献金をしたために家が破産し、家庭崩壊したことから統一教会に深い恨みを抱いていたということまでは供述している。最初の標的は文鮮明の後を継いだ妻の韓鶴子総裁だったが、警護が厳しくて近づけず、安倍元首相に標的を切り替えたらしいと報道されている。

 統一教会は韓国で設立され、活動は全世界にわたるが、その主たる資金源は日本である。日本の「霊感商法」の売り上げと信者からの献金は統一教会の富の70%に達すると『ワシントン・ポスト』は報じている。

 統一教会や関連団体のイベントに顔を出し、講演をしたり、祝辞を述べたりした政治家たちが日本には多くいる。彼らは世界的なカルト活動の原資が日本で集金されていた事実を知りながら、教会の活動があたかも「公認」のものであるかのような印象を作り出す工作に加担していたことになる。そして、その見返りに秘書や選挙運動でのボランティアの提供を受けていたのである。

 安倍元首相の死後に明らかにされたこれらの事実を前にして、私はここに日本の政治がここまで劣化した原因の一つがあると感じる。

 第二次安倍政権では、総理大臣自身をはじめ、統一教会あるいは系列団体の支援を受けている議員が閣僚に多数入閣していた。だが、全国霊感商法対策弁護士連絡会によると、統一教会はこの30年だけでも、霊感商法による被害件数3万4537件、被害総額1237億円という大規模な事件を引き起こしている。そして、弁護士連絡会は政治家たちにこの事実を示して、統一教会の活動に加担しないように繰り返し懇請を続けてきたのである。

 これから後、かかわりのあった政治家たちは「そんな危険な集団とは知らなかった。世界平和を希求しているおとなしい宗教団体だと思った」という言い訳をするつもりだろう。だが、その遁辞は許されるものではない。もし、本当に統一教会は人畜無害な団体だと信じて、弁護士たちの訴えを退けたのだとしたら、それほどまでに世の中のできごとに無知な人間たちに国政を議する資格はないし、逆に、危険な集団だと承知した上で、政治的に利用価値があると判断して、その活動を支援していたのだとしたら、そのことについて政治責任をとらなければならない。常識的にはそういうことになる。

 しかし、この常識が日本では通用しないだろう。政治家たちはおそらく誰一人無知を恥じて辞職することも、政治責任をとって辞職することもないと私は思う。

 

 自民党は当初、徹底的な緘口令をメディアに命じて、「統一教会」の名が表面に出ることを避けようとした。しかし、もう遅い。政府がコントロールできるのは新聞とテレビだけで、週刊誌やネットを抑えることはできない。

 では、この先、元首相の死と統一教会の関連を自民党はどう説明する気だろう。死者は戦後最長の在職期間を誇り、「安倍一強」と謳われた元首相である。その業績を顕彰し、その死を悼むためには、それが「予想もされない偶発的なものだった。恨みを買ういかなる理由も思いつかない」と言い続けるしかない。だが、それは「深い恨みを持つ人が少なからず存在することが周知されている組織と久しく親密な関係を続け、それを誇示してきたこと」について、政治家自身も政府も警察もまったく危機意識を持っていなかったと認めることを意味する。

 それでも、解党的危機を回避するためにはそういう説明を採用するしかない。だから、これから先政治家たちは「統一教会が危険な団体だとは知らなかったし、その活動に加担することがどんなリスクを意味するかもまったく知らなかった」と口を揃えて言うだろう。免責を手に入れるために無知を装うのはたしかに有効な手立てである。幼児に政治責任を問う人はいないからである。だから、これから後、私たちは「私は世間のことにはまったく疎い」と公言する人たちが政策決定する国で暮らすことになる。亡国的な風景という以外にこれをどう形容すればよいのか。

 

 参院選の歴史的意味について書く紙数がなくなってしまった。それについてはまた次号。