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内田樹さんの「統一教会、安倍国葬について他」(その1) ☆ あさもりのりひこ No.1246

「ネトウヨ」と言いますけれど、別にこの人たちは「右翼」じゃないですよ。あれは何と言うか、大日本帝国に漠然とした郷愁を感じているレイシストだと思います。

 

 

2022年9月12日の内田樹さんの論考「統一教会、安倍国葬について他」(その1)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

あるネットメディアからインタビューを受けた。もう公開されているので、少し長い別ヴァージョンをあげておく。

         

―これから安倍系右翼はどうなると思いますか?

 

内田 おっしゃっている「安倍系右翼」という言葉の定義を僕は知らないのですけれど、言いたいことは何となくわかります。それが「安倍晋三という個人の求心力やカリスマ性に依存して存在感を発揮していた政治勢力」という意味でなら、その人たちはこの事件をきっかけに力を失い、弱体化すると思います。

 実際に安倍元首相の死後、彼の庇護下でこれまで「いい思い」をしてきたネット論客たちはいまほぼ沈黙状態にあります。どういうスタンスでこの事件に向き合って良いのかについての組織的な合意形成ができていないのでしょう。もともと安倍晋三個人が手作りしたネットワークですから、ハブが不在になると、合意形成のための場も、ルールもない。代わりを務めることのできる人がいない。ですから、このまま弱体化して、存在感が希薄になってゆくことになると思います。

 自民党清和会も組織的危機を迎えると思います。清和会は統一教会との癒着議員が圧倒的に多いので、当分は誰もメディアの前に出てゆくことができない。出てゆけば批判の十字砲火を浴びることがわかっている。次の派閥領袖の座を狙っていた荻生田政調会長も統一教会との親密な関係が暴露されてしまって身動きが取れない。細田博之前会長はセクハラ疑惑とセットで追い込まれていて、これも人前に出て、「えらそうなこと」を言える立場にない。

 そもそも安倍元首相の党運営の基本方針は、自力では国会議員になれないほどに非力な人間を党の丸抱えで当選させ、執行部に絶対に逆らえないイエスマンを揃えてトップダウンの「安倍一強体制」なるものを作り上げることでした。執行部に逆らうことのできるほどの気骨と見識のある政治家を組織的に排除してきたわけですから、党内に今回のような危機的状況に対応できる人材がいないのも当然だと思います。

 

―安倍さんを「嫌韓」と思っていた勢力は、実は安倍さんが反日的な韓国の団体と親しかったと判明し、「親韓」にすら見えかねない。

 

内田 安倍元首相の韓国に対するスタンスは、ネトウヨの感情的な「嫌韓」とはかなり異質なものだったと思います。彼の場合は感情的な「嫌韓」でも「親韓」でもない、もっと複雑なものです。とりあえず彼にとって優先するのは、国と国との関係じゃなくて、誰が自分の味方で、誰が敵かということです。自分に反対する人間は自国民であっても敵だし、自分を支援する人間は隣国の人間でも味方である。そういう人のことを「ナショナリスト」とは言いません。

 

―岸首相のころから韓国とは反共で提携してきたわけですが。

 

内田 僕の遠い親戚に平野力三という人がいました。戦前は農村組合の活動家で、戦後は社会党の片山哲内閣の農相を務めた政治家でしたが、彼のオフィスに朴正煕大統領からの贈り物の金と翡翠の置物が飾ってありました。どうして社会主義者のはずの人が朴大統領と繋がりがあるのか訊いたら「君らには分からないことがいろいろあるんだ」と笑っていました。反共主義の日韓ネットワークはかなり幅広く、奥の深いものであることだけは分かりました。

 朴正煕は日本の陸軍士官学校の出身で、関東軍に配備された後に満洲国軍中尉で終戦を迎えています。大日本帝国の軍人的エートスがかなり深く浸み込んでいる。ですから、大日本帝国への回帰を夢見る日本の右翼と体質的に親和性があっても不思議はありません。ただ、韓国民に根強い反日感情を配慮して、親日的と解されかねない言動についてはきびしく自制していたのだと思います。1965年の日韓基本条約については韓国内ではこれを「売国的」な条約だとして、激しい反対運動があったわけですけれど、朴大統領は強行採決した。おそらく、条約が締結された場合に見返りとして巨額の政治資金の提供を日本側が大統領に約束したからでしょう。

 でも、こういう日韓の権力者間のアンダーグラウンドのつながりについては、当時の日本人たちはほとんど知らなかった。もちろん野党やメディアの調査力が弱かったということもありますけれど、おおかたの日本人は日本と韓国が複雑なパワーゲームをしているという事実そのものに興味がなかったか、興味がないふりをしていた。

 韓国の最初の大統領李承晩は日韓併合時代はアメリカにいて、現実の日本人との交渉経験のなかった人物です。ですから、李承晩の対日政策は非常に敵対的、硬直的なものでした。それに比べると、朴正煕の対日政策はもっとリアルで複雑なものだったと思います。でも、李承晩から朴正煕へのシフトによって日韓関係がその後どういうふうにねじれてゆくのかを理解していた人は、両国のインターフェイスにいた一握りの「フィクサー」たちを除くと、日本の一般国民の中にはほとんどいなかったと思います。事情は韓国でも同じでしょう。日韓の両国民ともが日韓の権力者の間には入り組んだ利害関係があるというような話は知らなかったし、知りたくもなかったんだと思います。

 

―嫌韓となっている戦後生まれの世代と違って、直に韓国人を知ってるし、親近感もあったのではなでしょうか?

 

内田 日本人は35年間朝鮮半島を領土にしていたわけですから、岸や朴の世代でしたら、半島や満州で一緒に仕事をした人は両国にたくさんいたはずです。庶民レベルでしたら植民地での国民同士の間の親密な交流や葛藤を描いている文学作品は存在します。でも、政治家同士、官僚同士、軍人同士の親密な交流や敵対や葛藤については、ほとんど情報がない。

 戦後の日本人は自分たちが朝鮮半島で何をしてきたのかについて口を閉ざしていましたし、一方の韓国は、80年代まで軍部独裁下にありましたから、そもそも言論の自由がなかった。宗主国民と植民地人の間の交流や葛藤が文学の素材としてであれ、歴史研究としてであれ、韓国内には存立する条件がなかった。ですから、日本人も韓国人も、戦前から戦後にかけて、両国間でどういうかけひきがあったのか、正確な情報を持てないで今日にいたってしまった。日韓関係をめぐる言説がつねにつよいイデオロギー的バイアスがかかるのは、「情報の欠如」が最大の理由だと思います。

 

―ネトウヨ世代は、そうした状況を理解していない。

 

 

内田 「ネトウヨ」と言いますけれど、別にこの人たちは「右翼」じゃないですよ。あれは何と言うか、大日本帝国に漠然とした郷愁を感じているレイシストだと思います。