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内田樹さんの「アメリカと中国のこれから『月刊日本』ロングインタビュー」(その3) ☆ あさもりのりひこ No.1272

雇用条件のよいところを探すアジアの若者にとって、もう日本は韓国より中国よりも魅力がなくなっている。

 

 

2022年11月21日の内田樹さんの論考「アメリカと中国のこれから『月刊日本』ロングインタビュー」(その3)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

―米中覇権争いでは経済力や軍事力の競争に加えて、「民主主義vs.専制主義」など価値観の競争も行われています。

 

内田 国力を決定するのは、軍事力や経済力のような「生の力」だけではありません。むしろ、国際社会における「指南力」だと僕は思います。「人を集める力」「人を惹きつける力」と言ってもいい。これは目に見えない力ですから、数値的に比較することはできません。でも、広々とした風通しのよい世界像を提出できる国、海外の人たちから「あの国で暮らしたい」と思われている国は、長期的には高い国力を期待することができます。

 ソ連や中国はかつて「理想の国」だと思われていた時期がありました。世界各国に「スターリン主義者」や「毛沢東主義者」がいて、自国の国益よりも、ソ連や中国の国益を優先的に配慮する方が世界にとって「よいこと」だと信じていた人たちが何百万人もいた。その「あこがれ」が軍事力・経済力以上にソ連・中国の国際社会におけるプレゼンスを基礎づけていた。でも、今、「プーチン主義者」や「習近平主義者」を国外に見出すことはまずありません。そういう人たちが自国の世論を形成し、政治決定に影響を及ぼして、ロシアや中国を側面から支援するということはほとんどない。

 この点ではアメリカの方にアドバンテージがあります。かつての「自由の国」という輝きは失せましたけれども、それでも、「アメリカにはチャンスがある」と信じている人たちが世界中にいて、アメリカはそういう人たちを歓待するシステムが一応は整っている。移民によってできた国ですから、「異邦人を歓待すれば、いいことがある」という成功体験はアメリカ人の種族の思想のうちに書き込まれている。それを忘れて「アメリカ・ファースト」などということを言い出したせいで、ここまで国力が衰微したということに気づいているアメリカ人も少なからずいるはずです。現に、21世紀に入ってから、ノーベル賞の化学・物理・医学生理学部門で受賞したアメリカ人の38%が移民出自でした。アメリカの科学技術上の優位は世界中から才能が集まってくるという開放性に担保されている。

 だから、プーチンや習近平がトランプの復権を切望するのは当然なのです。海外からの移民を「災い」とみなすような人々が政権の座にあれば、アメリカの国力はひたすら衰退することを彼らは知っているからです。

 今中国は「中国標準2035」や「千人計画」で海外から優秀な人材を集めようとしています。でも、このやり方では超一流の才能は集められないと思います。本当に創造的な才能は処遇や賃金よりも、自分の研究を世界中に発表できる権利、世界の科学者たちと自由に意見交換できる権利の方を最も重んじるはずだからです。ノーベル賞級の学者が「あなたの研究成果は政府機密なので、自由に発表することはできない」という条件を突きつけられて、「待遇がいいから」という理由で中国に行くということはあり得ません。

「中国の論文数がアメリカを抜いて世界一になった」と報道されましたけれど、自然科学のノーベル賞受賞者はアメリカのほうが桁違いに多い。21世紀に入ってからだけでアメリカは77人が受賞していますが、中国は2015年に抗マラリア薬を発見した一人だけです。この研究環境では超一流の才能は「待遇がいいから中国に行く」という選択はしないでしょう。それよりは知的により刺激的な環境を選ぶはずです。

 そもそも知的イノベーションを担うのは気質的に「統制を嫌う人間、管理になじまない人間」です。あらゆる手立てを使って国民を監視している中国に創造的な才能が「魅力を感じる」ということがあるかどうか。これは気持ちの問題ですから、断言はできませんけれども、僕は難しいと思います。

 ご存じの通り、2027年から中国は急激な人口急減局面に入ります。ですから、「人を集めること」は国家的急務です。生産年齢人口が激減しますから、もちろん労働力が要りますけれど、それ以上に科学技術上のイノベーションをもたらす才能を集めなければならない。

 歴史的に見れば、高度の中国文明を慕って、アジア全域から人が集まったという時代は何度もありました。中華皇帝の発する「王化の光」に浴そうと、辺境の民が唐土めざしてやってきた。それを歓待して、豊かな下賜品を与えて国に戻した。そのようにしてかつて中国はグローバルな指南力を発揮して、大国の地位を維持してきました。果たして習近平が過去の成功体験を思い出して、「歓待の国」をめざして国を作り替えることを決断するかどうか。僕は可能性は低いと思います。それなら、香港や新疆ウイグルですでに実践していているはずだからです。香港には700万人、新疆ウイグルには2500万人の中には中国の未来を担い得る「有為の人材」が何万人もいるはずですが、習近平は彼らの市民的自由を弾圧し、国民監視を強化することで、彼らが中国を捨てて、海外に可能性を求めることをむしろ促進してしまった。自国民にさえ見捨てられる国が海外から「有為の人材」を集めることができるでしょうか。

 

 でも、この課題は日本でも同じなのです。すでにアジアでは少子化が進む日本、中国、韓国、台湾の間で人材の争奪戦が始まっています。でも、日本は経済力が衰微していますから、もう待遇上のメリットはない。雇用条件のよいところを探すアジアの若者にとって、もう日本は韓国より中国よりも魅力がなくなっている。この状況で日本がなお人を集めようと思ったら、「異邦人を歓待する国」になるしかない。日本社会は市民的自由と人権を尊重し、異邦人を同胞として歓待し、できる限りの政治的権利を保証するという国際的評価を得る。それが「人を集める」力になります。「歓待の国」という評価され得られれば、多少賃金が安くても世界から人は集まります。自然は温和だし、治安はいいし、ご飯は美味しいし、芸能でも観光でも豊かな資源があります。あとは「歓待」の気持ちだけです。要するに僕たち自身の手で日本を「感じの良い国」にする。身も蓋もないような結論かもしれませんが、日本復活の処方箋はそれしかないと思います。