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内田樹さんの「『アメリカは内戦に向かうのか』バーバラ・F.ウォルター」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.1362

これはかなり衝撃的な事実である。アメリカは「いつ内戦が始まってもおかしくない国」になったのである。

 

 

2023年4月1日の内田樹さんの論考「『アメリカは内戦に向かうのか』バーバラ・F.ウォルター」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 原題はHow civil wars start 「どのようにして内戦は始まるのか」。アメリカのことだけを論じているわけではない。「内戦論」である。さまざまな国におけるこれまでの内戦を統計的に分析して、どういう条件が整うと内戦が始まるのかを解説する。

 これまでの世界各地の内戦を分析する箇所での筆致は学術的で抑制的である。しかし、ひとたび話題がアメリカに及ぶと、文体がいささか感情的になってくる。学術的な書き物の場合、筆者が個人的な恐怖や不安をあらわにすることはふつうしない。個人的感情を抑えて論文は書かれなければならないと大学院では教える。もちろん筆者ウォルターも大学教師だから、そういうルールは熟知しているはずである。でも、内戦の切迫が彼女の自制心を乱している。「アメリカにおける第二の南北戦争勃発の危険性に危機感を募らせるようになった」(21頁)からである。

 でも、私はそのことをこの書物の瑕疵だとは思わない。むしろこの「学術的抑制が効かなくなるほどの恐怖」をリアルに伝えてくれたという点がこの本の手柄ではないかと思う。

 日本にいるとなかなか実感できないが、2021年1月6日のトランプ支持者たちの連邦議会乱入はアメリカ市民たちの「法の支配」への信頼を深く傷つけた。現職の大統領が自動小銃で武装した市民に向かって、ホワイトハウスを守るために「今命をかけなかったら、この国は滅亡するぞ」と獅子吼して、連邦議会攻撃を指嗾したのである。

 

 ポリティ・インデックスという指標がある(この本に教えてもらった)。ある国がどの程度民主的か、専制的かを点数評価する。完全な民主主義政体を+10、完全な専制政体を-10として、21段階で評価する。例えば、ノルウェー、ニュージーランド、デンマーク、カナダなどは+10である。これらの国では、国政選挙が公正に営まれ、特定のマイノリティの差別・排除がなされず、政党は国民の意思を適切に代表している。-10は北朝鮮、サウジアラビアなど。国民には為政者を選ぶ権利がなく、為政者は法に縛られることなく、やりたい放題のことができる。

 ポリティ・インデックスが+6から+10の国は「完全な民主主義国家」とみなされ、スコアが-10~-6は「専制国家」とみなされる。そして、その中間に一する+5~-5のスコアの国は「アノクラシー(anoracy)」と呼ばれる。

「アノクラシーでは、国民は多くの場合選挙を通して民主的統治に関与するが、他方で権威主義的な政治権力の多くを手中に収める大統領などが現れることもある。」(38頁)

 アノクラシーは「半民主主義(semi-democracy)」、「部分的民主主義」、「ハイブリッド民主主義」とも呼ばれる。

 ある国がアノクラシーになる仕方は二つある。民主政が崩れて専制政治に移行する過程と専制政治が崩れて民主政に移行する過程である。

 この概念が注目されるようになったのは、政治的不安定をもたらし、内戦が始まるきっかけとなるのは、貧困、民族的多様性、不平等、腐敗などよりも、その政体がアノクラシー・ゾーンにいるかどうかだということが統計的に明らかになったからである。

 つまり、どれほど国が貧しくても、エスニックグループに分断されていても、貧富の格差が大きくても、政治腐敗が進行していても、その国が完全な独裁制であれば、内戦は起きにくい。それよりはむしろ政体が流動化したときに内戦は起きる。

「内戦リスクの最も高い国は、最貧国でも不平等国でもなかった(...)。民族的・宗教的に多様な国でも、抑圧度の高い国でもなかった。むしろ部分的民主主義の政治社会において、市民は銃を手にし、戦闘に手を染める危険性が高かった。」(40頁)

 独裁者が倒され、専制政治が終わり、社会が民主化に向かう...という状態を私たちは端的に「よいこと」のように思いなしているけれども、それはどうやら間違っていた。現実には、国が民主化してゆく過渡期に-5~+5の「アノクラシー・ゾーン」に入ったときに、最も内戦リスクは高まる。イラク、リビア、シリア、イエメン、ミャンマーがそうだった。

 その逆のケースもある。民主主義国家が専制国家に「退行」するときも内戦リスクは高まる。ハンガリーがそうだし、ブラジル、インド、そしてアメリカもいまポリティ・インデックスのスコアが下降している。

 アメリカは2021年1月6日の連邦議会へのトランプ派の乱入時点で、ポリティ・インデックスが+7から+5に下降した。「アノクラシー・ゾーン」に踏み入ったのである。

「かくしてアメリカは2世紀ぶりにアノクラシー国家へと変貌した。(...)私たちはもはや最も伝統ある一貫した民主主義国家にはいない。」(183頁)

 これはかなり衝撃的な事実である。アメリカは「いつ内戦が始まってもおかしくない国」になったのである。

 その変化に不安を感じているアメリカ市民もいるだろうし、そんなのは誇大妄想だと笑い飛ばしているアメリカ市民もいるだろう。でも、アメリカがアノクラシー・ゾーンに入ったことは学術的事実である。

 とりあえず、この事実を重く受け止めるアメリカ市民にとっては、喫緊の政治的課題は「どうやって内戦を回避するか」というものになる。

「今後アメリカの課題は、有権者が自らの民主主義が適切に機能し、またそれが身の安全に資すると確信しうるか否か、そして政治指導者の手によってそのための防護柵を再構築しうるか否かにかかっている。」(185頁)

 これから先アメリカが内戦に向かうのを食い止めるために何ができるか?

 こういうタイプの問いを前にしたときに、アメリカ市民にはとりあえず参照することのできる書物がある。『ザ・フェデラリスト・ペーパーズ』である。

『ザ・フェデラリスト・ペーパーズ』は、独立戦争で勝利した後、アメリカ合衆国憲法の批准に至るまでの時期に書かれた85編の連作論文である。筆者はアレクサンダー・ハミルトン、ジェームズ・マディソン、ジョン・ジェイの三人。

 合衆国は13の植民地が集まってできた。13州は独立戦争前からそれぞれに固有の憲法を持ち、行政組織を持ち、軍を持つ独立した政治単位であった。独立後、それまで州の持っていた権限をどこまで連邦に委譲し、どこまで州に残すか、それをめぐって11年間にわたる激烈な論争が展開した。フェデラリストたちは州の権限を剥奪して、強大な連邦政府をつくることをめざしたのだが、その最大の理由は「内戦に備えて」だった。

 

 独立直後のアメリカ合衆国はイギリス、フランス、スペインというヨーロッパ列強に加えてネイティブ・インディアンとの軍事的対立リスクを抱えていた。仮にこれらのうちのどれかと戦闘状態に入った時に、戦争の主体は誰になるのか。もし、州政府が軍事的な独立を望むのなら、州政府はとりあえず単独で外敵に対処しなければならないことになる。