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内田樹さんの「『「意識高い系」資本主義が民主主義を滅ぼす』書評」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.1375

「ウォーク資本主義(woke capitalism)」とは聴き慣れない言葉である。本書はこの「聴き慣れない言葉」の意味をていねいに教えてくれる。でも、説明されても「ああ、『あのこと』ね」とぽんと膝を打つという人はあまりいないと思う。woke capitalism は日本にはまだ存在しないからである。

 

 

2023年5月10日の内田樹さんの論考「『「意識高い系」資本主義が民主主義を滅ぼす』書評」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

『「意識高い系」資本主義が民主主義を滅ぼす』(カール・ローズ、庭田よう子訳、東洋経済新報社、2023年)の書評を東洋経済オンラインに寄稿した。

 

「ウォーク資本主義(woke capitalism)」とは聴き慣れない言葉である。本書はこの「聴き慣れない言葉」の意味をていねいに教えてくれる。でも、説明されても「ああ、『あのこと』ね」とぽんと膝を打つという人はあまりいないと思う。woke capitalism は日本にはまだ存在しないからである。

 

 wokewake (起こす、目覚めさせる)という他動詞の過去分詞である。「目覚めさせられた」という意味だが、60年代からアフリカ系アメリカ人の間では「人種的・社会的差別や不公平に対して高い意識を持つこと」という独特の含意を持つようになった。そういう意味で半世紀ほど使われたあとに、意味が逆転した。

 意味を逆転させたのは「政治的に反動的な信念を抱く人々」である。彼らは差別や不公平に対して「高い意識を持つ」というプラスの意味を反転させて「誤った、表面的な、ポリティカル・コレクトネス的な道徳性」(19頁)をふりかざして大きな顔をする「いやなやつら」というネガティヴな含意をこの語に託したwokeに「意識高い系」という訳語を当てた訳者のセンスはすばらしい)。たしかに、「意識高い系」のセレブたち(レオナルド・ディカプリオとか)が気候変動サミットにプライベートジェットで乗りつけるさまを見ていると、「彼らの政治的信念の信憑性、少なくともその一貫性についてはシニカルにならざるをえない」のもわかる。(19-20頁)

 

 アマゾンの元CEOジェフ・ベゾスは「気候変動がわたしたちが住むこの惑星に与える壊滅的な影響と闘うため」の基金に100億ドルを寄付した。政治的にはまことに正しい行為である。だが、その一方で、アマゾンはありとあらゆる手立てを講じて納税を回避している。「2010年から2019年までの間に、アマゾンは9605億ドルの収益を上げ、268億ドルの利益を蓄積したが、納めた税金は34億ドルだった。(...)2018年に、アマゾンは110億ドルの利益を上げたにもかかわらず、アメリカで法人税をまったく払っていない。2019年の利益は130億ドルだったが、実効税率はわずか1.2%だった。」(165頁)

 アマゾンがフェイスブック、グーグル、ネットフリックス、アップル、マイクロソフトなど「法人税逃れのならず者たち」の中でも「最大の悪党」と呼ばれても「驚くには当たらない」と著者は書いている。(166頁)

 

 NFLのスター選手コリン・キャパニックは2016年に試合開始前の国歌斉唱を拒否し、膝をつくというパフォーマンスによって、「アフリカ系アメリカ人の権利を求める公然たる不屈の政治的アクティヴィズム」(202頁)のシンボルとなった。彼はインタビューに対して「黒人や有色人種を抑圧する国の国旗に誇りを示すために立ち上がるつもりはありません」とその行為を説明した。彼はそのシーズンの間国歌斉唱のたびに膝をついて、全米に賛否の論争を巻き起こした。支持者たちからは「新しい公民権運動の顔」と称され、ドナルド・トランプは「あのクソ野郎を今すぐにフィールドから追い出せ」とNFLのオーナーたちを煽った。

 その結果、NFLはキャパニックの行動を「自分たちの商業的利益にならない」と判断して、次のシーズンに彼と契約するチームは一つもなく、キャパニックは早すぎるリタイアを迎えることになった。

 ところが、2018年9月NFL開幕直前に、キャパニックは「何かを信じろ、たとえすべてを犠牲にすることになっても#Just do it」というツイートを上げた。Just do it はナイキのスローガンである。そして、その後ナイキは「ドリーム・クレイジー(とことん夢みろ)」という大規模な広告キャンペーンを展開した。TVCMのナレーションを担当したのはキャパニック。彼は「どんな障害があっても、自分の夢を追いかけよう」と呼びかけた。(201頁)

 トランプは激怒し、このキャンペーンのせいでナイキは「怒りとボイコットのせいで息の根を止められるだろう」と予言した。同時に、トランプは、キャパニックの「非愛国」的ふるまいのせいで、アメリカ人たちはフットボールの試合をテレビで観ることを止め、それがNFLに莫大な損害を与えるだろうとも予言した。

 この時トランプは図らずもアメリカにおける右派の三つの伝統的立場を明らかにした。一つは「伝統的な愛国者は国旗国歌に敬意を示すべきである」、一つは「資本家は雇用している労働者を支配できる」、一つは「ある種の政治的主張は経済リスクを伴う」である。愛国心、労使関係、政治的主張と商業的利益の関係、三つの大きな論件をトランプはキャパニックの一件で前景化してみせた(わずかな語数で問題の本質を明らかにできるという点でたしかにドナルド・トランプは一種の天才である)。

 これに対してナイキは「正反対の商業的・政治的論理」(209頁)を掲げてるトランプと全面戦争に入ることを選択をした。

「愛国的であるとはどのような行為のことを指すのか」、「労働者は資本家に対してどのようにして自分たちの権利を守るべきか」。この二つはいわば「近代的な」問いである。さまざまな人がこれまでそれぞれの知見を語ってきた。でも、第三の問いは違う。これは近代においてはたぶん一度も(マルクスによっても、ウェーバーによっても)立てられたことのない問いである。それは「政治的に正しくふるまうことは、そうでない場合よりも多くの経済的なベネフィットをもたらすか?」である。 そして、2018年にナイキはこの問いに「政治的に正しい方が儲かる」という答えを出してみせた。

 ナイキの「ドリーム・クレイジー」キャンペーンは最終的に大成功を収めた。「大手企業がキャパニックのアクティヴィストとしての大義を支援することに、感銘を受けた左派の人々もいた。(...)揺るぎない政治的信念を持つ人と関わるリスクは十分に報われた」のである。(212頁)このキャンペーンの後、ナイキの株価は5%上昇し、時価総額は60億ドル増加したからである。

 

 だが、これをwoke capitalismの圧倒的勝利と見なしてよいのだろうか。これに対して著者はいくつかの留保をつける。

 一つはアマゾンにおける脱税と同じように、ナイキは「スウェットショップ問題」を抱えていたからである。

 sweat shop とは「搾取工場」、低賃金労働者が違法な労働条件で酷使される工場を意味する。90年代にナイキの製造工場の非人道的な低賃金と過酷な労働を扱ったドキュメンタリー映画が公開された時、それは世界的なスキャンダルを引き起こした。ナイキは労働条件の改善を約束したが、いまだ十分には実現していない。

 もう一つの留保は、キャパニックがナイキのスポークスパーソンに選ばれても「アメリカの黒人の不安定な生活は少しも変わらないという事実が覆い隠されている」ことである。(220頁)

 ただし、この指摘は「あら探し」に類するものと言ってよいと思う。一人のアクティヴィストはナイキからいくばくかの経済的利益を得たが、アフリカ系アメリカ人全員は同じような恩恵に浴していない、だからこんな運動に意味はないというのは言い過ぎである。進歩というのは斉一的に実現するものではない。少しずつランダムになされるものだ。

 

 そして、もう一つナイキの勝利に対しての留保がある。これがこの本の核心である。それはナイキがキャパニックのアクティヴィズムと歩調を合わせたのは、それによって得られる商業的利益をめざしたからだというものである。ナイキは商業的利益やブランドイメージの改善を得られる見込みがあったので、キャパニックの政治的主張を利用した。「企業が自分たちの利益のために、他者が作り出した流行に乗っているだけではないかと問うべき理由は十分にある。」(221頁)