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内田樹さんの「関東大震災から100年 朝鮮人虐殺について考える」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.1399

責任を引き受けるとは、ひとりひとりの死者たちが、どういう歴史的文脈の中で、どのように死んでいったのか、それをできるだけ具体的に詳細にわたって語り継ぐということです。

 

 

2023年8月21日の内田樹さんの論考「関東大震災から100年 朝鮮人虐殺について考える」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

『月刊日本』から標記の件でインタビューをされたので、採録。

 

― 今年は朝鮮人虐殺100年の節目の年です。内田さんはこの歴史をどう受け止めていますか。

 

内田 朝鮮人虐殺は「わが国の歴史の暗部」です。関東大震災の地震や火災で多くの人々が亡くなり、生き残った人々もパニック状態にあった。そういう状況で「朝鮮人が井戸に毒を入れている」「放火している」などという流言飛語が飛び交った。そして、自警団を組織した人々が朝鮮人や中国人や日本人を寄ってたかって刀や竹やりで殺した。混乱の中での出来事ですので、犠牲者の正確な数は分かりませんが、おそらく千人から数千人に及ぶと言われています。

 なぜこんな非道なことが起きてしまったのか。原因は日本人の側の罪の意識だと思います。1910年に韓国を併合してから、朝鮮総督府は1919年の三・一運動などの独立運動を暴力的に弾圧してきました。日本に出稼ぎに来た朝鮮人たちにも日本人は非人道的で差別的な扱いをしてきた。ですから、日本人は「朝鮮人は日本人を恨んでおり、機会があれば復讐するに違いない」という不安を抱いていた。自分たちがこれまで朝鮮人たちに向けてきた憎々し気な顔を鏡に映して、それを他人の顔だと思い込んで恐れをなしたのです。これまで穏やかな共生のうちに暮らしていたら、「朝鮮人が襲ってくる」というような妄想が生まれるはずがありません。

 排外主義における憎しみの対象は具体的な「個人」ではなく、抽象概念としての「集団」です。どの国でも、排外主義や民族差別が激しいのは、外国人が住んでいない地域です。個人的な付き合いがあれば、外国人を「集団」ではなく「個人」として見ます。個人として付き合っていれば、善人と悪人の比率も、賢者と愚者の比率も、どの民族も変わらないということがわかる。だから、固有名において外国人とかかわることができる人は暴力的な排外主義イデオロギーには簡単には染まらない。関東大震災でも、固有名を持った朝鮮人たちとの人間的かかわりがあった人たちはしばしば彼らを守る側に回りました。虐殺に加担したのは、「朝鮮人」というものを集団としてしか扱うことを知らない人たちです。

 排外主義的暴力が発動する条件は二つあります。一つはどれほど暴力をふるっても相手から反撃される可能性がないこと。もう一つは攻撃される対象が有徴的であること。

 朝鮮人は日本の植民地人民ですから第一の条件を満たしていましたが、もう一つの有徴性は微妙でした。というのは、日本人と朝鮮人の場合は外見で区別がつかないからです。ですから、関東大震災のときは、区別するために言語が使われました。自警団は誰何をした人に「『十五円五十銭』と言ってみろ」と迫り、語頭の濁音が発音できない人たちを「朝鮮人」として殺しました。

 同じようなことは、台湾の1947年の二・二八事件でも行われました。この時は台湾人が中華民国人に対して「日本語を話してみろ」と迫って、話せない人を殺した。この二つの事件は「日本語運用能力が虐殺の根拠になった事件」として忘れてはならない出来事です。

 

― 昨今の日本では嫌韓感情や排外主義が高まり、韓国人をはじめとする外国人差別が表面化しています。

 

内田 朝鮮人虐殺について、たしかに現代人に直接の刑事責任はありません。しかし、私たちにはかつて日本人が犯した罪については、それを償う倫理的な責任がある。責任を引き受けるとは、ひとりひとりの死者たちが、どういう歴史的文脈の中で、どのように死んでいったのか、それをできるだけ具体的に詳細にわたって語り継ぐということです。

 葬式で会葬者がひとりひとり故人の思い出を語り合うことが供養するということです。ただ、合掌して、「お悔み申し上げます」と言って済ませることはできない。具体的に何があり、どう死んだのか、それを語らなければ供養にはなりません。『平家物語』も『吾妻鏡』も『太平記』も、ひたすら人々がどう死んだのかを詳細に語ります。死者たちの事績を、レディメイドの基準に基づいて顕彰したり、断罪したりすることよりも「どう生き、どう死んだのか」を詳細に語ることの方が優先する。死者を供養するというのは、お経を上げたり、線香や供物を捧げることよりも「具体的にどう生き、どう死んだのか」を語り継ぐことの方が優先する。

 さきの戦争でも、吉田満の『戦艦大和ノ最期』や大岡昇平の『レイテ戦記』は兵士たちがどう生き、どう死んだのか、感傷も毀誉褒貶も廃して、それだけを抑制的に描きました。彼らはそれが死者の供養になると思ってそうしたのだと思います。死者たちは祭神として祀られることよりも、どのような痛みや苦しみのうちに、あるいはどのようなかすかな希望を抱いて死んだかを証言してもらうことを望んだ。吉田や大岡はそう信じた。

 しかし、明治維新以来150年、多くの人びとが「国のため」という理由で非業の死を遂げましたけれども、彼らを供養するために何をなすべきかについてはいまだに国民的な合意はありません。

 上皇陛下も天皇陛下も、戦争の死者たちの「慰霊の旅」を象徴天皇の本務として引き受けてきました。それは実際に死者たちが眠っている場所まで行って、国籍にかかわりなく、その死を真率に悼むというものでした。これは立派な行いだったと思います。でも、その祈りから漏れてしまう人たちもいます。例えば、在日コリアンの死は誰が弔うのか。近現代史の中で、日本と朝鮮の狭間に落ち込んだ人たちです。そこで死んだ人たちを供養する責任は日本人にあるのか、韓国・朝鮮人にあるのか。確定的ではありません。でも、だからといって彼らを供養する仕事をその直系の子孫である在日コリアンだけに委ねるわけにはゆきません。彼らを「どの国にも属さない人」にした歴史的責任は日本人にあります。僕たちにもまた彼らを供養するつとめがあると思います。

 韓国ではこの10年ほどの間、李氏朝鮮末期から日韓併合期を舞台にした映画やドラマが次々と製作されています。『ミスター・サンシャイン』や『密偵』など、どれも完成度の高いものでした。これまで描かれることの少なかった時代を集中的に描くことによって、「弔われざる死者たち」を改めて供養しようとしている。僕にはそのように見えます。

 Apple TV+で昨年配信された『PACHINKO』というドラマがあります。釜山沖の影島で日韓併合の少し後に生まれ、結婚して1930年代に大阪に移り住んだソンジャという女性とその一族の歴史を描いた作品です。在日コリアンが主人公ですから、ドラマは途中からは日本が舞台になり、登場人物の多くは日本語を話します。作中では関東大震災における朝鮮人虐殺も殺される側の視点から描かれます。すぐれたドラマだと思いましたが、それ以上に「どうして、この原作を日本人がドラマ化しようとしなかったのか」考え込んでしまいました。

 原作は韓国系アメリカ人の女性作家ミン・ジン・リーの同名小説で、ニューヨーク・タイムズの2017年のベスト10に選ばれた作品です。日本が舞台になった作品がアメリカで高く評価されるというのは、かなり珍しいことです。日本でも話題になっておかしくはない。しかし、日本では2020年に和訳が出ましたが、メディアではほとんど取り上げられることがありませんでした。僕がネットでドラマを観たのは2022年の5月ですが、その時点でWikipediaで「PACHINKO」と検索したときに出てきたのはあのゲーム機のことだけでした。ドラマで日本人を演じたのも日本人の俳優ではなく、北米の日系人俳優でした。なぜ、これほど興味深いドラマに日本のメディアは無関心を装うのか。

 近年の日本社会では「歴史の暗部」を直視するどころか、自国の歴史には恥ずべき過去などなにもないと言い募る歴史修正主義がはびこっています。毎年9月1日に都内で行われる関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式に、歴代都知事は追悼文を送付していましたが、現職の小池百合子知事は2017年から送付を取りやめています。知事はその理由を「何が明白な歴史的事実か確定していないから」としています。体験者が証言する「さまざまな内容」は信用に値しないから「明白な事実」が確定するまでは何もしない、と。

 しかし、タイムマシンで過去に遡ることができない以上、「明白な歴史的事実」が確定するということは不可能です。僕たちは「蓋然性の高い過去」までは語り得るけれど、「明白な歴史的事実」は語り得ない。しかし、「何があったか確定できない」以上、検証の努力もしないし、謝罪もしないし、供養もしないというのは、歴史的虚無主義という他ありません。

 

 誰も神の視点から歴史を俯瞰することはでないというのは事実です。しかし、個人の資格においてなら証言することはできる。そして、その証言を集団として集積することが「歴史を語ること」につながる。