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内田樹さんの「学校図書館は何のためにあるのか?」(その1) ☆ あさもりのりひこ No.1409

レヴィ=ストロースは親族を「存続するために存在する集団」であると定義しました

 

 

2023年9月9日の内田樹さんの論考「学校図書館は何のためにあるのか?」(その1)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

こんにちは、今ご紹介いただきました内田でございます。こうやって見回すと、みなさんまだ顔真っ白なのに、講師一人が顔真っ黒に日焼けしておりまして(笑)、誠に申し訳ない。みなさんはまだおそらくギリギリまで学校あって、遊びに行っている暇なんかないと思うんですけど、僕は海水浴に行ってまいりまして、3日間、京丹後。海がきれいなんです。

 僕は凱風館という道場をやっているんですけども、毎年凱風館海の家というのをやっておりまして、旅館一棟貸し切りにするんです。10人以上滞在したら一棟貸し切りにしてくれる。そこでみんなで泳いだりご飯食べたりお酒飲んだりおしゃべりしたりということをやってるんです。

 武道の道場なんですけれども、作った時のコンセプトは「昭和の会社みたいなもの」です。僕の子どものころ、昭和20年代30年代ぐらいの日本の会社って終身雇用で年功序列だったんで、疑似家族的で穏やかな雰囲気だったんです。いろいろな職種の人がいるけれども一つの家族みたいな感じで。みんなでハイキングに行ったり、山登りしたり、海の家行ったり、麻雀やったり。うちにも会社の人たちがよく遊びに来て、一緒にご飯食べていました。それを見て、「ああこういうのっていいな」と子ども心に刷り込みがありました。

 でも、日本の企業はそれから終身雇用と年功序列をやめて、成果主義と能力主義になってしまった。もう就職してから定年まで一つの会社に勤めるという雇用形態ではなくなって、会社が疑似家族的な社会的な機能を失ってしまった。地縁社会が崩壊し、血縁社会が崩壊し、疑似家族だった会社もなくなり、よるべなき都市の市民たちは原子化・砂粒化していった。そういう状況の中で、もう一回、昔みたいな手触りの優しい、緩いコミュニティを作ってみたくなりました。地縁血縁共同体だと、生まれたときにそこに組み込まれていて、ずっとそこから出られない。そうではなくて、好きな時に入ってきて、いたいだけそこにいて、去りたかったら去っても別に構わない、そういう緩い中間共同体が必要だと思ったんです。出入りは自由だけれども、いる限りは、きちんとメンバーシップを守って、相互支援・相互扶助する。

 40代50代になると、家族もだんだん高齢化してくる。親が亡くなると、独身の人だと配偶者もいないし、子どももいない。親類縁者ともあまりかかわりがない。ある意味天涯孤独という人は結構いまは多いんです。その人たちにとって疑似家族的な共同体はやっぱりあった方がいいんじゃないか。

 じゃあ、どうやったら疑似家族的な共同体をゼロベースで作っていけるだろうか。ただ集まると楽しいっていうだけじゃ持続しない。僕は合気道の道場やっていますが、これは教育共同体です。だから、持続することを義務づけられている。ただ楽しく集まって稽古しているというだけではなく、僕が師匠の多田宏先生から教えて頂いた武道の技術と思想の体系があり、それを今度は僕が後続世代にパスする。弟子は師から受け継いだ道統を次に伝える義務があるわけですから、この道場共同体は継続することが最も大事です。

 レヴィ=ストロースは親族を「存続するために存在する集団」であると定義しましたけど、その定義に従えば、道場共同体も、あるいは宗教共同体も教育共同体も、次世代に継承する知識や技術を伝えるものであるなら、一種の親族であると言ってよいのではないかと思うんです。

 最初のうちは、一緒に稽古して、休みの日にはみんなで遊びに行けばいいやと思っていました。だから、海の家やろうとか、スキーに行こうとか、ハイキングに行こうとか、聖地巡礼に行こうとか、馬に乗ろうとかいろんなことやりました。だから、凱風館は「部活」がいくつもあるんですよ。スキー部、ハイキング部、聖地巡礼部、修学旅行部、滝行部、乗馬部などなど。僕はなるべく「部活」にはフル参加するようにしています。

 

 合気道とは別に寺子屋ゼミというものもしています。これは大学院の社会人ゼミの延長で、僕が退職したあとも授業をして欲しいというゼミ生たちの要望を受けて開いたものです。70畳の道場に座卓を並べて、30人くらいでゼミをしています。

 そのゼミで、何年か前に、ある女性のゼミ生が「お墓について」という発表をしたんです。その方は50代の女性だったのですけど、自分は両親のお墓を守っている、両親の供養はしているし、自分もそこに入ることができるのだが、私の供養は誰がすると考えると先行きが不安になってきたという話をしたんです。

 それを聴いたときに驚きました。初めてでしたから、「私の供養は誰がしてくれるのか」という文字列を耳にしたのは。お墓の問題って、ふつうは「墓じまい」とかいう先代までのお墓についてのものだと思っていたけれど、その人にとっては自分のお墓の問題だったんです。

 これは男と女ではかなり違います。男はそういうことをあまり言わない。うちの父親は死ぬ前に「坊主を呼ぶな、お経あげるな、戒名つけるな、遺骨は海と山に撒け」と言ったんです。そういうこと言う男ってけっこう多いんです。でも、母と兄と相談して、「どうする?」「無視無視」って()。結局、お坊さん呼んで、お経あげてもらって、戒名も付けました。骨は少し分骨してもらって散骨だけは遺言通りにしました。駿河湾に行って海に撒いて、兄と山に登って撒いてきました。

 男の方は割とそんな感じなんです。死んだ後の墓の心配なんかあまりしない。でも、女の人は「死後の自分」にかなりリアリティがある。「夫と同じ墓に入りたくない」「姑と同じ墓に入りたくない」とかいう怖いことをおっしゃる女性の方がその時に何人も出てきて、「この人たちは死んだ後も生きてるつもりでいるんだ」と思ってちょっと驚きました。死んだ後も半分くらいは生きていて、個性や人格も一定期間は持続すると思っているんだな、と。だから、死んだ後の自分に対して、ある程度持続的に関心を持ってくれたり、コミュニケーションを試みたり、そういうことを求めている。 

 それを聴いて、なるほどそれが供養ということなのかも知れないと思いました。50年も100年も供養してくれというのではないのです。でも、死んだらすぐ忘れられるのは困ると。死んだ後も、しばらくの期間はみんなの記憶に残って、何かことあるごとに話題に上って、あの人はこんな人だったよねとみんなが懐かしそうに語って欲しい。

 黒澤明の『生きる』っていう映画がそうでしたよね。映画の中ほどで主人公は死んでしまって、残り半分はお葬式のシーンなんです。お通夜にきた参列者が「渡邊課長は実はこれこれこんな人でした」と一人ずつ証言してゆく。その証言の断片が積み重なって、凡庸な小役人に見えた渡邊課長が実はなかなかの味のある人物であったということがだんだんわかってくる。あれが供養というものの本筋かなという気がしました。別に褒め称えるとかしなくていいんです。「みなさんご存じないかもしれないですけれども、私はあの人のこういう面を知っています」とエピソードを語ってゆくことで、人物の立体を仕上げてゆく。それを供養というのかなと。