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日本の武道の最大の特徴は、武道の術技の向上と宗教的成熟との間には相関関係があるという仮説を採用していることだと思います。
2023年12月28日の内田樹さんの論考「「武道的思考」について」(その1)をご紹介する。
どおぞ。
朴先生からこんな質問を頂いた。韓国のYuYu出版社から出す本のためのQ&Aの一つ。今回は「武道的思考」についてだった。
-内田先生がお書きになった『 武道的思考 (ちくま文庫) 』と、『 武道論: これからの心身の構え( 河出書房新社)』そして『私の身体は頭がいい (文春文庫)』という本をとても面白く拝読いたしました。
こういう素晴らしい論考を僕一人だけで読むのがもったいないと思い、先生が考えていらっしゃる「武道的思考の真骨頂」を韓国の読者にぜひお伝えいしたいと思ったことがありました。
それでいくつかの出版社に翻訳出版の提案をしてみましたが「武道的思考ってなんですか」と言われてキッパリ断れてしましました。たぶん韓国人にとっては「武道的思考」ってなじみの薄い言葉だからなんでしょうね。
このエピソードを奇貨として韓国の読者に「武道的思考の神髄」についてぜひ教えていただければ幸いです。
それから、その「武道的思考」が先生の生き方に及ぼした影響についても聞かせてくださればと思います。
なんと、そうなんですか。「武道的思考」って韓国では日常語彙に登録されていないんですか。なるほど。そうかも知れないですね。日本の武道は宗教的なものとの関係が深いんですけれども、それはなかなか理解されにくいかも知れません。せっかくですので、この機会に日本の武道の「精神性」についてちょっと解説をしてみたいと思います。
日本の武道の最大の特徴は、武道の術技の向上と宗教的成熟との間には相関関係があるという仮説を採用していることだと思います。つまり、武道の技量が向上してゆくと、宗教的な深みを獲得する。逆に、宗教的な修行を積むと、武道の術技に上達する。この二つは一つの人間的成長の二つの現れである、と。
スポーツの場合はそんなことは言われません。たしかに高度のパフォーマンスを達成できるアスリートは総じて自制心が強く、あまり感情的にならず、政治イデオロギーであれ信仰であれ、あまりのめり込むことがない傾向にあります。当然だと思います。というのは、そういう要素はすべて「対人関係のトラブル」を引き起こす要因になるからです。あちこちで人と喧嘩したり、批判したりされたり、恨んだり恨まれたりするリスクを適切に回避できるアスリートは、すぐに感情的になって人を怒鳴りつけたり、政治イデオロギーやカルトを宣布したりするアスリートよりは、高いパフォーマンスを発揮する確率が高い。
と言ってすぐに前言撤回してしまうのも申し訳ないのですが、そのような「市民的な抑制」が身体的パフォーマンスの発揮にとってプラスになるということは、スポーツの世界では必ずしも常識ではありません。むしろ、天才的なアスリートの中には、市民的な常識を平気でふみにじるようなタイプの「型破り」の人がたくさんいます。
自分は例外的な存在なのだ。「ふつうじゃない」んだということを誇示することはアスリートだけでなく、俳優やミュージシャンにも見られます。「オレはただものではないよ」という印象を進んで広めることによって、「ただものではない自分」を創り上げてゆく。
デビュー直後のビートルズや、ソニー・リストンとの対戦前のカシアス・クレイのインタビュー映像見ると、彼らが「オレたちは世間の常識なんかぜんぜん気にしないぜ」ということをアピールするために必死であることがわかります。もちろん、それが有効だと直感しているからそうするのです。「とんでもなく傲慢な態度」をとれば、失敗したときにめちゃくちゃに叩かれるに決まっている。だから、絶対に失敗できない。そうやって自分を追い込んで、爆発的なパフォーマンスを達成する。その機制は理解できると思います。
だから、スポーツにおいては、すべてのアスリートに「紳士たれ」とか「市民的に成熟しろ」とか「宗教的深みを求めろ」というようなことは、あまり推奨されることはありません。もちろんアスリートの中にも、ディセントな人や、「成熟した大人」や、篤信の人はいます。でも、「そういう人だったからアスリートとして大成した」というふうに相関関係を見ることをふつうはしません。それは「犬が好き」だとか「料理が上手」とかと同じような個人的エピソードに過ぎない。