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今の日本の総理大臣はもう「属領の代官」でしかありません。政権維持のためには、アメリカに朝貢して、ホワイトハウスから官位を「冊封」されるのが最も手堅いと信じている。
2024年12月16日の内田樹さんの論考「農を語る(中編)その1」をご紹介する。
どおぞ。
「対米自立」という気概の喪失
内田 「対米従属を通じての対米自立」というトリッキーな国家戦略が60年代までの自民党政治にはあったと思います。アメリカからの国家主権の回復、北方領土と南方領土(沖縄)の奪還がわが国の最優先目標であることについては、60年代ぐらいまでは左右問わずに国民的な合意がありました。けれども、ある時点から誰も「対米自立」を口にしなくなった。
藤井 それを言うと「アホか」という雰囲気になってきましたよね。特に現政府与党関係者達の中で対米自立を主張すると「藤井さんは青いな。中国や北朝鮮に対抗するためにはアメリカとうまくやらなきゃいけないじゃないか」と言われてしまいますから。中国や北朝鮮に対抗するためにはアメリカの「奴隷」であることが必要であり、「奴隷」と言うのが嫌だから「同盟」と言うんですよね。だから「日米安保」を「日米同盟」と言い始めるわけです。少女売春を「援助交際」や「パパ活」と呼ぶのと同じですよ(笑)。日米同盟でも何でもないものを日米同盟とか言い出したことと、農業を守るという気概がなくなってきたことが完全に一致していますよね。
内田 文脈としては全く同じです。農業は国の基幹産業ですから、農業に手を突っ込んでくると激しい反米世論が巻き起こる可能性があった。だから手を触れなかった。けれども、日本の政治家から対米自立の気概がなくなったのを見てとってから対日戦略が一気に粗雑で、露骨になってきた。そういう感じがします。
藤井 誰か司令官がいて日本の隷属化を進めているというよりも、徐々に空気としてそう変わってきたということでしょうね。
内田 今の日本の総理大臣はもう「属領の代官」でしかありません。政権維持のためには、アメリカに朝貢して、ホワイトハウスから官位を「冊封」されるのが最も手堅いと信じている。
藤井 大岡昇平の『俘虜記』という小説がありますが、それと一緒ですね。この小説ではアメリカ人の若い将校がフィリピンの捕虜収容所を管理しているのですが、その収容所の捕虜達の中から一人日本人のリーダーを選ぶんです。勿論とくに明確な基準も無く適当に選ぶ。とはいえ、何の権限もなくて実際には若いアメリカ人が全部仕切っていて、ここで道徳の退廃がどんどん進んでいくという話です。大岡は最後にこれが日本なのだと書いています。つまりその収容所のリーダーが日本の総理大臣だということを、アメリカと戦った大岡は我々戦後日本人に伝えようとしたのだと思います。でも、そういう気概が本当になくなりましたね。
内田 戦後生まれの僕たちは実は主権国家の国民であった経験がないんです。親たちの世代までは大日本帝国の臣民だった。敗戦で帝国は滅びましたけれど、その国運を決定したのは自分たち自身です。他国に指示されたわけじゃない。でも、敗戦で国家主権を失った。そのことの喪失感の深さは戦後生まれの僕たちにはたぶん想像が及ばないと思うんです。彼らには「戻るべき原状」のイメージがあった。「国家主権の奪還・国土の回復」という言葉にリアリティーを感じることができた。でも、僕たちにとってその文字列はしだいに空語になりつつある。
藤井 サンフランシスコ講和条約で主権を取り戻したことにはなっていますが、「なんちゃって主権」でしかないですからね。沖縄のことも放置していますし。
内田 僕は子供の頃「日本国憲法は我々日本国民が作った」と教えられました。子どもですから、教えられるままそうなのかと思っていましたが、ある時期からそんなわけないということに気がつきました。これはほんとうに罪が深いと思うんです。日本人の自己認識の出発点は「われわれは主権国家の国民ではない」という欠落感でなければならないのに、まるで戦争には負けましたが、すぐに国家主権は回復しましたみたいな作話をした。
藤井 そうですそうです。僕もそうでした。ですが実際には国会の公式文書の中にも憲法がGHQによって押し付けられたという経緯が載っているくらい、明白な事実なわけです。なのにそれを子供の頃は知らなかった。でも、今の子供たちも押し付けられたということを知らないでしょうね。
内田 どういう歴史的経緯で日本国憲法が起草されたのかについての国民的合意がないんです。誰がどの条項をどういう意図で書き込んだのかについては諸説があって、どれも決定的ではない。憲法のある条項がどういう議論の末に決定され、なぜこの文言が採択されたかについては、条項そのものの当否とは別のレベルで「歴史的事実」として確定されていなければならないと思うんです。条項の適否についての議論はその先の話です。どうしてこんな条項が書かれたのかについて決定的なことを誰も知らないというところで憲法を議論できるはずがない。
日本の政治家はアメリカを怖がり過ぎている?
藤井 そうですね。昔の自民党、あるいは昔の社会党とかの政治家はそれなりにこういうことを議論していたと思います。しかし、今の政治家は派閥の論理の中で日和見して、どちらについたら得をするかということばかりに頭を使っていて、基本的な教養がなくなっていますよね。
内田 安倍晋三は原爆を落とされてからポツダム宣言が押し付けられたという程度の歴史認識でしたからね。こういう基礎的な事実を知らない人間が憲法について重要な決定を下すというというようなことはあってはならない。
藤井 今回の総裁選でも小泉進次郎氏が典型ですが、そういうことに関心がある人が少ないですよね。立憲民主党も先日代表選がありましたが、そういう議論をどこまで認識しているのか疑問です。
内田 認識していないと思いますね。立憲民主党も何とかして政権交代を実現したい。でも、政権与党であるためにはホワイトハウスから「属国の代官」として適格であるという許諾状を交付されないといけない。総理大臣としての適格性の最優先の根拠が「ホワイトハウスからの承認」であるというのはまことに悲しい話です。
藤井 実際には都市伝説的な部分もありますよね。要するに怖がり過ぎているということです。アメリカ人は、こちらがフェアであれば"That's make sense"(道理にかなっている)と納得してくれますから。核武装の問題に関しても、ちゃんと筋を通せばこちらの言い分をある程度は聞くはずですよ。なのに、進次郎みたいにポエムを言っていたら絶対に無理ですが(笑)。
内田 僕もそう思います。
藤井 場合によっては暗殺が起こることもあるでしょうし、実際にCIAはこれまで途上国で何度もそういうことをやってきましたが、G7の一角である日本でそう簡単にはできないはずです。だから、アメリカと対抗するために一番大事なのは、右だろうが左だろうが普通にロジックを展開してフェアに"make sense"できるような議論をすることだと思います。
内田 そうですね。アメリカといっても別に一枚岩ではありません。日米同盟に関してもさまざまな意見が併存している。日米安保条約を廃止した方がいいと言う人もいるし、在日米軍基地を撤収すべきだと言う人もいる。「日米同盟基軸」を言い立てている人たちはジャパン・ハンドラーの代理人ですから、彼らと異なるアメリカ国内世論を決して紹介しない。でも、トランプが大統領になったら、日米安保条約廃棄の「ブラフ」は仕掛けてくる可能性がありますよ。
藤井 トランプもホワイトハウスに入ったことで説得されて意見を変えたとは言われていますが、そう言い出す可能性は十分にありますよね。